「さー、晩ごはんの支度するわよ。今日のメニューはシチューにロールパン、ポテトサラダにオレンジゼリーね」

メイコお姉ちゃんの号令一下、私たちはそれぞれ動き出した。

「カイトはスーパーに行ってロールパン買ってきて。リンはオレンジゼリーの係ね。ミクとレンは私と一緒にポテトサラダ作るわよ」

いつもながら、メイコお姉ちゃんの役割分担は適切だ。
適材適所って言うのかな。誰に何ができて、何ができないのか、ちゃんと分かってるって感じ。

「姉さん、私は？」

手を挙げて尋ねるルカお姉ちゃんに、メイコお姉ちゃんはおたまを手渡した。

「今、ストーブにシチューをかけているわ」
「ええ」
「ごはんの時間まで、かき混ぜてなさい」


うん。
すっごい適材適所。



／



というわけで、お姉ちゃんは２時間くらいシチューをかき混ぜていた。
でもその甲斐あって、コトコトおいしそうに煮えている。

「もういいんじゃない？　味見してみたら？」
「そうね」

お姉ちゃんはおたまで少しだけ小皿によそい、ペロリと舐める。

「ん～……」
「どう？」

私が尋ねると、お姉ちゃんは真剣な顔で答えた。


「すごく熱いわ」


いや、熱さは見なくていいから。



／



近所の薬局がポイントサービスデーだったので、お姉ちゃんとリンちゃんと３人で買い物に行った。
店内では白衣を着た薬剤師さんが、忙しそうに働いていた。
それを見て、ふとお姉ちゃんが言った。

「そういえば……薬剤師さんって、具体的には何をする人なのかしら？」

リンちゃんがすかさず答える。

「薬局で働いてるんだから、薬を売る人なんだよ。言うなれば薬の売人」
「薬の売人！？」
「そうそう。薬のことなんて何も知らない素人に、変な名前の成分が入った薬を売りつけるんだよ。特に病人やお年寄りを狙って」
「そんな、ひどい！」


……困ったことに。
なにひとつ間違ったことは言ってないんだよなぁ。



／



平成２２年。
ついに我が家にも、衛星テレビがやって来ました。

「えっと、このパラポロアンテナを屋根の上に固定して……」
「パラボラアンテナ、ね。お姉ちゃん」

お姉ちゃんは説明書と首っ引きで、悪戦苦闘しています。
でも、せっかく頑張ってる所に悪いんだけど。
やっぱり電器屋さんを呼んだ方が良いんじゃないかなぁ？

「大丈夫よ、私に任せて。……で、このコードでパロポロアンテナとテレビを接続する」
「パラボラアンテナだってば」

お姉ちゃんは「そうね」とうなずいて、リモコンに電池を入れた。

「そして最後に、リモコンでパラパラアンテナの初期設定をすれば準備完了。簡単ね」


あ～。
もう何アンテナでも良いよ。



／



「お姉ちゃん。もし生まれ変われるとしたら、何になりたい？」
「そうね。色々あるけど」

お姉ちゃんは、ほんわりと笑いながら答えた。

「編み物が得意なおばあちゃんになりたいわね」


それって、生まれ変わる必要ないよね？



／



明日はお姉ちゃんと２人でサイン会なんだけど。
今回が初めてのお姉ちゃんは、ファンとの接し方について悩んでいた。

「う～ん。とにかく笑顔を忘れずに、相手に合わせて話せば大丈夫だよ」

私はそうアドバイスする。
中には変な人もいるけど、うまくかわす術を身につけるのも、アイドルとして大事なことだからね。

「笑顔と……相手に合わせる、ね。分かったわ」

お姉ちゃんは大真面目な顔で、コクコクうなずいていた。


当日――――


「とおやまななです。きりんさんがすきです」

お姉ちゃんの前には、お母さんに手を引かれた小さな女の子。
お姉ちゃんは早速、満面の笑顔を浮かべて答えた。

「めぐりねるかです。うたうのがすきです」


……いや、相手に合わせろとは言ったけどさぁ。



／



おかげさまで、お姉ちゃんもデビュー１周年。
色んな所からお祝いが届く中、レン君がプレゼントを持ってやって来た。

「ルカ姉ぇ、おめでとう。これプレゼント」
「わぁ、ありがとうレン。とっても嬉しいわ」

大事そうに両手で受け取るお姉ちゃん。
その満面の笑顔に、レン君は照れくさそうに横を向いた。

「それで、だ。あ～……その、何だ」
「？」

赤くなりながら、何とか必死に言葉を続けようとしている。
そっか、そういえばレン君って……。が、がんばれレン君、私がついてるよっ！
私が手に汗握って見守っていると。

「え～っと……ああくそ、うまく言えねえや。参ったな……」

ガシガシと頭をかくレン君。
するとお姉ちゃんは何を思ったのか、えへんと胸を張った。


「参ったかー」


いや、お姉ちゃん。
そこイバるところじゃないから。










　巡音ルカの 『めぐりすぎ注意だと言い続けて１年が空しく過ぎた』

　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい