目的の店は、町の中心からやや北西に位置していた。夕方へかけて、落ち着きを見せ始めた街の中、僕はケイから告げられた住所へと歩みを進めている。石壁に挟まれた細い路地はくねくねと曲がったり枝分かれしていたりと、危うく迷ってしまいそうだったけど、どうにか僕は指定された店に辿り着くことが出来た。
バー『リリィ ベル』。それがケイから告げられたミーティング場所だ。
扉に取り付けられた擦りガラスから漏れる、ぼんやりした淡いオレンジ色の光を眺め、僕は緊張と不安が入り混じった複雑な心境を自覚していた。
あれから、何度となくミクに連絡をしようとしたけど、結局彼女は電話に出てくれなかった。仕方なく、ミーティングの日時と場所を留守電に残してくるしかなかったのだ。
この扉の向こうにミクはいるだろうか。来てくれるんだろうか。
ざわざわした気分を落ち着けようと、呼吸を整えて腕時計に目を落とす。約束の時間の二十分前。少し早く来すぎたかもしれない。
しかし、ここで突っ立っていたところで埒があかないのも事実なので、少しの躊躇いのあと、僕はリリィベルの扉を開けた。
店内には少なくない人数のお客さんがいた。右手のカウンター席はまばらにだけど数人の男女が座ってお喋りしている。左手にはテーブルを挟んでソファが向かい合わせに置かれていて、そのセットが全部で四つ並んでいた。
その内の二つが人で埋まっている。一番手前と一番奥。一番奥にいる男女の中に、僕はケイの姿を見つけた。ケイの他には、一人の女性と二人の男性がいて、仲良く話し込んでいる。あれがおそらくケイの演奏仲間なのだろう。
そこに、ミクはいなかった。
やはりという気持ちと、少なからぬ落胆が混じった、浅い溜め息が漏れる。もしかしたら、と思ったのだけど、そうそう期待通りにはいかないみたいだ。
……いいや、まだ分からない。
俯きかけた僕は、目を閉じて微かに首を振った。
来ないと決まったわけじゃない。あと二十分もあるんだから。
そう言い聞かせて、店の奥に向かった。
リリィ ベルの真ん中には太い石柱が立っていて、丸っこい、下部が花開いたような形の間接照明が上から下までずらりとかけられている。同じような照明が、店内の天井から吊られた鎖に鈴生りになっていて、まるで鈴蘭の花のようだった。
暗めの穏やかなオレンジの明かりが、気持ちが落ち着くくらいの丁度良い光量で店内を照らしている。
「よう、来たな」
凝った造りになっているなと思っていると、ソファに座るケイが僕の姿を認めて声を掛けてきた。
「一人か?」
店の入り口が見える位置にいるケイは、店内をさっと見回して言った。ミクは一緒じゃないのかと聞きたいのだろう。僕は苦笑した。
「うん。一応、場所と時間は伝えたんだけどね」
「そうか。まあ座れよ」
特に気にする風でもなく、対面のソファを示すケイ。僕は促されるまま、三人掛け程度の大きさのそれに腰掛けた。
「紹介しよう。まず、クリスティーナはお前も知ってるよな?」
ケイの隣に座る女性を指して、ケイは言った。ケイの横には、彼と昼食を食べた店でキーボードを演奏していた、あの金髪の女性が座っていた。
「クリスティーナよ。クリスって呼んで。よろしく、カイト」
「よろしく、クリス」
差し出された白く細い手を握る。ジーンズに薄手のセーターという動きやすい服装のクリスは、全体的にほっそりしていてモデルのようだ。あごのラインで揃えられたショートヘアが活発な印象を与える。
「こっちはニッキー。ギタリストだ」
簡潔に言って、ケイは僕の隣に座る男性に手のひらを向けた。
「ニックでいいぜ。よろしくな」
痩身痩躯のニックが握手を求めてくる。タイトなデニムパンツを穿き、赤色のシャツに深緑のジャケットを羽織った、どこか鋭い印象の男だった。男性にしては綺麗でしなやかな手を握って、僕は笑みを浮かべた。
「はじめまして、ニック」
「はじめまして。あんたの曲、読んだよ。良い感じだ」
「ありがとう」
うなじ辺りで縛った黒い長髪をちょっと整えて、ニックはとても嬉しいことを言ってくれた。
「んで最後に、そっちのでっかいのがドラムのグレイグ」
ニックの向こうの人物をケイが指差す。示す先で、長身のケイよりも頭一つ分は大きな男性が立ち上がった。
「グレイグ・アッカマンだ」
下手なアスリートよりも筋骨隆々のスキンヘッドの男だ。黒いワイシャツに赤い厚手のジャケットを着て、青系のジーンズを穿いている。
「よろしく」
握手すると、ごつごつとした感触が伝わってきた。手もすごく大きい。さぞかしパワフルな演奏をするんだろう。
「よし、これで紹介は済んだな。あとは、ヒロインの登場を待つだけだ」
ケイが茶化すように場を締める。時刻を確認すれば、あと十分ほどで待ち合わせ時間になるところだった。
十分前になっても、ミクは姿を現さない。これは、望み薄だろうか。もしミクが来なかったら、せっかく集まってもらったケイ達に申し訳ないな。
「そうしょげた顔すんなって。大丈夫だ。こいつら皆、事情は把握してるんだから」
心配そうな表情になっていたからだろう。ケイが慰めるように言った。
「少しくらい遅れたって構いやしないさ。なぁ?」
同意するようにクリスらも頷く。
傷ついた一人の少女のために、こうして人が集まってくれている。それがありがたくて、頼もしくて。ミクにこの場に居て欲しいという想いが一層強くなった。
皆、君の力になってくれるよ、ミク。だから、おいで。
今は姿の見えない少女に向けて、僕は心の中で呼びかけた。
怖がらないで。こっちにおいで、と。
けれど、無常にも時は過ぎる。黙して待つ皆の気持ちを裏切るように、刻限は残すところ一分となってしまった。
各々、汗の浮いたグラスを傾け、諦めの雰囲気が場を支配し始めたころ。僕の携帯電話が着信音を響かせた。
緩んだ空気が引き締まる。思わず、皆が皆、顔を合わせた。
もしや、断りの電話だろうか。不安に駆られてケイの方を見ると、彼は真剣な瞳で僕を見つめていた。
逃げるな。そう言っているようだった。
「もしもし?」
その力強さに押されて、僕は恐る恐る電話の向こうに声を掛けた。すると、
『すみません、カイトさん! 迷ってしまって、少し遅れてしまいそうです。本当にごめんなさい!』
開口一番に、そんな言葉が飛んできた。張り詰めていた緊張が一気に解けて、僕は大きく安堵の溜め息を吐く。
そして、固唾を呑んで見守るメンバーに向け、ぐっと親指を立てて見せた。
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はるまきごはん
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