月曜の朝、わたしが教室に入ると、リンちゃんが鏡音君と話をしていた。見た感じだと、前よりもリンちゃんは打ち解けてきているみたい。……やったわ! クオにはお前の作戦全然効果なかったじゃないかとか言われたけど、なんだかんだで距離は縮まっていたのね。
 わたしがリンちゃんにおはようと声をかけると、鏡音君は自分の席に戻って行った。もう少し話をさせておいてあげた方が良かったかな。でも、声をかけないと、それはそれで不自然に思われちゃうしね……。さてと。
「リンちゃん、鏡音君と何話してたの?」
 多分まだ世間話の類だろうけれど、一応確認しておかなくっちゃ。
「あ……えっと……オペラの話」
 リンちゃんからは意外な答えが返ってきた。オペラかあ……わたしは、バレエは好きだけど、オペラは苦手。出てる人が、やたら年くってたり太ってたりするのが、ちょっとね。バレエの方が見ていて綺麗だもの。やたら横幅のあるおじさんが王子様ってのは、わたしには受け入れがたい。そのおじさんが、愛の苦悩を切々と歌うとなるともっと……。
「オペラ? 鏡音君ってオペラに興味あったの?」
 少なくともクオは、わたしがバレエを見ていても全然興味を示さない。だからこの答えは、わたしにはびっくりだった。
「鏡音君が好きなミュージカルが、オペラを現代劇に翻案したものだったの。だから、ちょっとその話を……」
「ふーん、そうなんだ……」
 共通の話題があるのはいいことだわ。あ、そうだ。次の作戦、ここで実行しちゃえ。まずは怪我の状態の確認だわ。
「あ、ねえ、リンちゃん。そういえば、足はどうなの?」
「一週間後には全快するでしょうって、言われたわ」
 一週間後ね。そういえば、一週間後には中間テストが控えている。ふむ、タイミングとしてはなかなかね。
「一週間後かあ……中間テストよね。勉強してる?」
 頷くリンちゃん。リンちゃんはなんだかんだで、いつも学年十番以内には入っている。すごいと思うのだけれど、リンちゃんはそう感じていない。中間どころのわたしとしては、そうは思えないのだけれど。
 さてと、作戦実行よっ。いい時はいい流れを引き寄せるものだから。
「ねえ、リンちゃん。考えたんだけど」
「何?」
「中間テストが終わったら、どこかにぱーっと遊びに行かない?」
 リンちゃんと遊びに行くのは、実はかなり久しぶりだ。八月に、二人でバレエの公演を見に行って以来。もちろん、家にはもっとちょくちょく遊びに来ているんだけどね。リンちゃんのお父さんはやかましいので、行き先にも難癖をつけてくるのだ。
 でもね、思うんだけど、黙っていればバレないわよ。まず、わたしの家に来てもらって、それからお出かけすればいいんだわ。お父さんには、一日わたしの家にいましたって言っておけばいい。仮にわたしの家に電話で確認を取ったところで、わたしのお父さんもお母さんも「一日、こっちで娘と一緒にいました」と言ってくれるわ。
「遊びに行くって、どこへ?」
「わたしは遊園地がいいな」
 リンちゃんが訊いてきたのでそう答える。リンちゃんは困った表情になった。……このままだと断られる。そう思ったわたしは、リンちゃんの手をつかんだ。
「ねえ、行こっ。きっと楽しいって」
「えーっと……」
 リンちゃんは悩んでいる。こういう時は、押すに限る。
「わたし、リンちゃんと一緒に遊園地に行きたいなあ」
「…………」
 リンちゃんは困った表情で視線をさまよわせているけれど、断りの言葉は口にしない。……つまり行きたいんだわ。もう一押し。
「高校生活の思い出作りにいいと思うの。リンちゃんは行きたくない?」
「あ……あの……ちょっと、考えさせて……」
 それが、リンちゃんの答えだった。もう少し言葉をかけようとした時、始業のベルが鳴る。ああもう、邪魔しないでよ。わたしはリンちゃんに「考えておいてね」と強く言って、自分の席に戻った。


 昼休みや放課後、言葉を尽くして説得してみたけれど、リンちゃんから承諾の返事を引き出すことはできなかった。とはいえ、「一日考えさせて」と言ったということは、脈があるということ。
 わたしは家に帰ると、おやつを食べてから自分の部屋に戻った。テスト前だから、勉強しなくちゃ……。
 勉強を始めてすぐ、携帯が鳴った。手に取る。あ……リンちゃんからだ。
「もしもし、リンちゃん?」
「あ、ミクちゃん。あのね……遊園地のことだけど、行くことにしたから。お母さんが、行ってもいいって」
 リンちゃん、お母さんに相談したのか。でもまあ、行ってくれる気になったのはいいことだわ。やったやった。
 あ、そうだ。リンちゃんの着る物をどうにかしなくちゃ。
「良かったあ! じゃあリンちゃん、中間が終わったらまず服を買いに行こうね」
「え……ミクちゃん、服って?」
 電話の向こうから、リンちゃんのびっくりした声が聞こえてくる。だって、リンちゃんのワードローブって確か、ぞろぞろ長い服ばかりだったはず。可愛いことは可愛いのだけれど、はっきり言って機動的じゃない。
「リンちゃんの外出用の服って、動きやすいものが一枚も無いでしょ? 特にボトムはスカート系しかなかったわよね? 遊園地みたいなところに行くのには向いてないの!」
 ……あのお父さんのことだから、きっとリンちゃんのスカート丈も規制してるんだわ。
「心配しなくても、最近はパンツやジーンズだって、おしゃれなのや可愛いのがたくさんあるから。あ、靴もいるわね」
 結構歩くから、しっかりした靴じゃないと辛い。ブーツかタウンウォーク用か。幸い、どっちも可愛いのが最近はたくさん出ている。
「上から下までぜーんぶ選んであげるから心配しないで。パンツ類よりミニスカートにタイツかレギンスの組み合わせの方がいいかな? 絶対可愛いわよ」
 一度くらい、リンちゃんにミニスカート履かせてみたかったのよね。
「あの……ちょっと、それは……」
 リンちゃんの引きつった声が聞こえて来た。そんなに固くならないでよ。絶対似合うから。
「わかってるって。それはさておき、中間テストが終わったら、その足でショッピングに直行よっ!」
 テストの日は午前だけだから、最終日なら買い物に行く時間はたっぷりある。わたしは明るくそう言って、電話を切った。最大の関門である、「リンちゃんを誘う」はクリアしたわ! 次に進まなくちゃ。
 わたしは自分の部屋を出て、クオの部屋へとダッシュした。「作戦はうまく行ったわっ!」と叫びながら、ドアを開けて中に飛び込む。机の前に座っていたクオが、びっくりした顔でこっちを見た。……あ、ノックを忘れてたわ。
「作戦って、なんの」
 気のない声でそう言うクオ。ちょっと、忘れたとは言わさないわよ。
「もちろん、例の遊園地作戦よっ! 今日リンちゃんに持ちかけてみたら、中間テスト明けに一緒に遊びに行くことで話がついたわっ!」
 クオは「で?」とでも言いたげな表情でわたしを見ている。自分の役割忘れてないでしょうね。
「そういうわけだからクオ、鏡音君を誘う方お願いねっ!」
 こういう時は、はっきり言うに限るわ。クオ、時々鈍いから。
「そうかそうか。わかったから、それじゃあな」
 クオはやる気のない口調でそう言って、こっちを追い払う仕草をした。もう! これは、今すぐわたしの目の前でかけさせないと。
「クオ、今すぐ鏡音君に電話かけてってば」
「はあ?」
「だって、鉄は熱いうちに打てって、昔から言うじゃない」
 思い立ったらすぐやらないとね。
「お前、俺が今何やってんのかわかる?」
 クオはそう言って、机の上のノートや教科書を指差してみせた。あ、クオも勉強してたのね。
「テスト勉強?」
「わかってんじゃねえか。あのな、俺はテスト勉強で忙しいの」
 そう言ってまたしっしっと手を振るクオ。う~、それはそうだけど、でも、電話かけて予定確認するのなんて数分で済むじゃないの。それにさっきも言ったけど、クオの勉強が終わるまで待っていたら、クオは頼まれたことを忘れてしまうわ。
「え~、だってクオ、やるって言っときながら、やってくれなかったりするし」
「俺がいつそんなことをした」
 むっとした表情で、そう言ってくるクオ。ちょっと、それも忘れてるわけ?
「この前、クオが本屋に行ってくるって言うから一緒に雑誌頼んだら、『OK、買ってくるよ』って答えておいて、結局自分の分だけ買って来たじゃないの」
 次の日に、自分で本屋に行く羽目になっちゃったわ。
「だから今度は目の前でやってもらうの! でないとクオ、やらないでしょ? そうこうするうちに、鏡音君が他に予定入れちゃったら困るし」
「あ~わかった、わかった! かけりゃいいんだろ、かけりゃ!」
 クオは携帯を取り出して、電源を入れた。乱暴な言い方がちょっと引っかかるけど、かけてくれる気になったんだからいいか。そんなことを考えながらわたしがクオを見守っていると、クオは不意に携帯を操作する手を止めた。
「ミク、ちょっと出ててくれ」
「え~、なんで~?」
「お前が聞いてると思うと話しづらいんだよっ!」
 わたしは廊下へと追い出されてしまった。……クオ、意外と神経質だったのね。変なこと鏡音君に言わないといいけど。
 しばらく廊下でクオの電話が終わるのを待つ。部屋の中からクオの「んなわけあるかあっ! ミクが絶叫マシンに乗りたいって言ってんだよっ!」って絶叫が聞こえてきたけど、何言われたんだろう。ちゃんと誘い出してよね、クオ。
 やがてドアが開いて、クオが出てきた。
「それでクオ、結果は?」
「OKだとさ。その代わり、四人で行くことは事前に説明したぞ。男二人で遊園地なんざ行きたかねえって言われたから」
 よしっ! 作戦成功っ!
「それはいいのよ、来てくれれば! これで絶対上手く行くわ! クオありがとうっ!」
 わたしは感謝の意を込めてクオに抱きついた。あれ……クオ、赤くなってる。力が強すぎたかしら?
 さてと、服のことも考えておかなくちゃね……わたしとしてはミニスカートをお薦めしたいところだけど、リンちゃんの性格を考えると難しいかなあ。下にタイツかレギンスでも履けば、下着が見えるようなことはないんだけどね。そもそもこの季節、何も履かなかったら寒くて歩けないわよ。
 わたしはあれこれと頭の中で計画を考えながら、自分の部屋へと戻った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第十八話【ミクの奔走】

 ミクは、どうやらこれを見たらしいです。
 http://www.youtube.com/watch?v=VOF_tOX8iEc

 最初に映ってる人が「愛に苦悩する王子」です。え? そう見えないって? うーん、まあ、オペラ(特にイタリア物)だとよくあることなんですよね。
 ちなみに王子役をやっているのは、お亡くなりになられた世界三大テノールの一人、ルチアーノ・パヴァロッティ氏です。

閲覧数:1,094

投稿日:2011/10/04 18:42:51

文字数:4,281文字

カテゴリ:小説

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