月曜日、登校してきたわたしは、リンちゃんの席が空なのに気がついた。……いつも、わたしより早く来るのになあ。お手洗いにでも行っているのかな。
自分の席に座って、わたしはぼんやりしていた。普段はリンちゃんとお喋りしている時間。ちょっと手もちぶさた。
結局、始業のベルが鳴る時間になっても、リンちゃんは来なかった。お休み? 心配になったわたしは、昼休みにリンちゃんにメールを送った。ついでにクオに、お昼を一緒に食べないかともメールしておく。
リンちゃんからもクオからも、すぐに返事がきた。リンちゃんからは「一度登校したんだけど、貧血で倒れて早退したの。連絡しなくてごめんね」と。クオからは「いいぜ。中庭で待ってる」と。リンちゃんに「大丈夫? 無理しちゃダメだからね」と返信してから、わたしは自分のお弁当と水筒を持って、中庭に向かった。
クオはもう来ていて、ベンチの一つに座っていた。わたしは手を振って、クオの方へと駆け寄り、隣に座った。
「今日は振られたのか?」
それが、クオの第一声だった。どういう意味?
「振られたって?」
「巡音さん。お前、いつも昼は一緒だろ」
どうしてクオはいつもいらないこと言うのかしら。
「クオ、振られたって言い方はないでしょ。リンちゃんはね、今日は学校休んでるの。具合が悪いんだって」
単なる体調不良ならいいけどね……リンちゃんのことは、色々と心配。プライバシーのこともあるし、クオに話すわけにはいかないけど。
クオは頷いて、お弁当箱を開けて箸をつけた。クオのお弁当箱、いつ見ても大きいなあ。わたしのお弁当箱の倍くらいある。なんであんなに食べられるんだろう。
「具合が悪いって、風邪か何か?」
「貧血だって」
「それ、病気か?」
クオはそんなことを言い出した。わたしはクオの額を軽く叩いた。貧血を甘くみないでほしいわ。
「あのねえ、あれ、辛いんだからね」
「経験したことあるような口ぶりだな」
「わたしだって、貧血になったことぐらいあるわよ」
倒れるほどひどいのじゃなかったけど。
「血の気多いのに?」
誰がよっ!
「もう、クオってば! 女の子はね、色々と大変なの」
クオって、どうしてこうデリカシーないのかしらね? 困ったもんだわ。
この日は、クオは部活があったので、わたしは先に帰った。演劇部の活動って、結構長いのよね。一人で待っていても退屈だし。
今日は家庭教師の先生が来ない日。……でも、宿題出てたな。先にやっとこうっと。あ、わたしもクオも、家庭教師の先生に勉強を見てもらっているの。やっぱり、学校の授業だけだと不十分だからね。一体一で教えてもらう方が、効率はいいし。
宿題を終わらせたけど、クオはまだ帰って来ない。わたしは居間のテレビをつけて、音楽チャンネルにあわせた。あ、最近いいなと思った人が出てるわ。
テレビを見ていると、クオが帰ってきた。
「あ、クオ、お帰り」
「おう、ただいま」
「ねえクオ、今ね……」
わたしは見ていた番組の内容について、クオに話し始めた。でも、そんなに話さないうちに、クオがわたしをさえぎった。
「ミク、ちょっといいか?」
「何?」
「お前、ガラスって言われて何を連想する?」
クオは、突然そんなことを訊いてきた。いきなりどうしたのかしら。うーん、ガラスねえ……。
「ガラスの靴!」
やっぱこれでしょ。
「それって『シンデレラ』だよな」
「決まってるじゃない」
他に何があるというのよ。それにしても、クオったら、なんでいきなりこんなこと言い出したのかしら。……もしかして。
ねえ、クオ。憶えてる?
「もしかしてプレゼントの話?」
期待を込めてわたしはそう訊いてみた。でも、クオの返事は……。
「……なんでそうなるんだよ」
だった。しかも心底呆れた表情で。……何よそれは!
「クオのバカ!」
わたしはそう叫んで、クオにクッションを投げつけた。ぼふっという音がする。そのままわたしは居間を飛び出すと、自分の部屋に駆け込んだ。部屋のドアを閉めると、机に駆け寄り、ジュエリーボックスを取り出す。わたしは箱の蓋を開けた。三段重ねのジュエリーボックスの、一番下の層の、区切られたスペース。そこに入っているものを取り出す。
金色のチェーンの先に、ガラスの靴が下がったペンダント。子供のお小遣いで買えるお値段のものだから、安っぽい。でも。
あれはわたしが小学生の時だった。ガラスの靴が欲しいって言ったら、クオがお土産屋さんで買ってきてくれたの。すごく嬉しくて、ずっと大切にするって言った。
「……バカ」
なんで、くれた方は忘れてるのよ。言ってくれたらこれ見せて「今でも大事に持ってるのよ」って、言おうって思ったのに。クオのバカバカ!
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