夏祭りは楽しかった。
鹿野君の甚平姿は格好良かったし。
美味しいものは食べれたし。
満足!
まぁ、ここに権弘がいればもっと満足なんだろうけどなぁ。
なんて思うと、鹿野君に失礼だから想いは埋めておく。
「楽しかったね」
「うん!」
鹿野君の言葉に思い切って返事する。
「じゃあ、花火も終わったし、帰ろうか」
鹿野君はそう言って、道路側の道を歩き出す。とうに空は暗くなっていて、水色の腕時計を見ると、白い短針は八を指していて、長身は四を指していた。
そうだ。今気付いた。
鹿野君は、来るときも帰るときも、ずっと道路側を通っていた。ふと、鹿野君の顔を見ると、真顔だ。
鹿野君の真顔は、初めて見る。
いつもは笑っているか、ぼぉーとしているときの表情しか見ていないので、こういう表情は新鮮。目を惹かれる。
ふと、鹿野君がこっちを向く。あたしは急いで目を逸らす。
見てたの……。ばれたかな……。
「暗いねぃ」
鹿野君が、いつものニコニコの声で言う。その声を聴いて少しほっとする。
見られていたの判っていたら恥ずかしいからね。
「うん。暗い」
あたしがそう言った瞬間、左足がずるっと滑り、体勢を崩す。
「ひゃっ」
「大丈夫!?」
鹿野君が急いであたしの手を引くと、左足に走るような痛みがでる。
「いっつー……」
左足を見てみると、少し赤くなっている。滑らしたところを見てみると、微妙に溝ができていた。
「大丈夫? 歩ける?」
鹿野君が、膝をついてあたしの足を撫でる。
「うん。大丈夫大丈夫」
あたしはそう言って、立ち上がるとやっぱり痛みが走る。思わずその場に座り込んでしまった。
「ちょっと腫れてるよ」
確かに、鹿野君の言うとおり、足首に熱をおびてきた。
「歩いたら、悪化するね」
鹿野君はそう言うと、あたしの前で腰を下ろす。
「えっ?」
「乗って。背中に。おぶってあげるよ」
目の前にドンッと立ち塞がった鹿野君の姿を見ると、少し切なくなる。胸が痛い。なぜか判らないけど、悲しくなった。
「いいよ。自分で歩く」
強がって足を踏み出したけれど、左足は力を入れると強く痛む。また体勢を崩してしまう。
「はい。もうだめ。乗りなよ」
鹿野君はそう言ってまたあたしの前に立ちはだかる。
少し考えて、鹿野君の背中に顔をうずくめる。甚平から畳の匂いが香ってくる。
「あたし。重いから」
「軽いよ。マドは」
鹿野君はそう言って、あたしを背負って歩き出す。
鹿野君の背中に体を預けて家路を帰る。
「もう、直接帰っていいんだよね」
「……うん」
鹿野君の首元に鼻が行くので、首元の匂いが判ってしまう。サッパリしていてしつこくない優しい匂い。そんな鹿野君に背負われていると思うと、恥ずかしくなると共に、落ち着く。権弘と一緒にいるような感覚。
体を鹿野君の背中に預けて心もさえも預ける。
やっぱり、鹿野君は鹿野君だ。権弘はこういうことをしてくれるとは思えない。
そうだ。思い出した。
何で髪を短くしたのか。
権弘が短いのが好きって言ったからか……。
やっぱり、どんなことでも権弘が原動力だったのかな。
その後、鹿野君は何も言わず、あたしを家まで送ってくれた。
少し、悲しげな顔をしていたけれど、あたしには鹿野君の気持ちがわからなかった。
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