ドン、と重い音が森の奥に轟いた。
 音の後には、抉られた地面。爆発系の術の痕跡。
 そこだけ緑の衣を剥がれた大地をじっと見つめて、少年が一人、唇を引き結んでいた。黒色のシャツに銀のタイを締め、肩にはシャツより更に濃い黒のケープを纏う、『庭(ガーデン)』で学ぶ生徒の制服姿だ。
 しばし険しい表情で考え込んでいた少年は、やがて目を閉じ、小さく息を吸って、再び呪文を唱え始めた。



 呪文をなぞる時、薄く閉じた瞼の裏に描くのは。
 怒り、とか。悔しさ、とか。――否。憤り、と。呼ぶのが一番近いのか。

 オレは今、『庭』と呼ばれる術士の育成機関に身を置いている。置かされている。
 望んだわけじゃない。かつては『塔』の術士は羨望の的で、その養成機関である『庭』もまた憧れの地であったというけれど。世界が緩やかに崩壊を始め、わけのわからない魔物まで現れて脅かされている今、才ある者が術士となる事は選択肢の一つではなく、義務だ。
 義務、だ。町と村の中間みたいな、便利なあれこれは無いけどのどかな土地で、オレ達は暮らしていたのに。見出されて、『庭』に連れて来られて。ただひたすらに魔術を学び、習得する日々を送らされている。
 術士となる才を持つ者は多くはないから、扱いは悪くない。寮では個室を与えられ、寝具も衣服も柔らかく清潔で、食事だって質も量も充分だ。不平を言うなんて許されない空気が、当たり前に満ちている。
 だけど。
 だけど、なぁ、羨ましいって言うなら代わってやりたいよ。本当に羨ましいって言うんなら、代わってやるよ。
 術士って言ったって、どんなに強力な魔術が使えたって、身体は生身の人間で。あんなわけのわからないものと戦わされて、大怪我したり死んじまったりする事だって当然あって。
 羨ましいか? 自分が、家族が、そんなところに向かわなきゃならない、こんな立場。羨ましいのか!?

「ッォォオッ――!」
 苛立ちを爆発させるように呪文節の最後の一音を発すれば、身体の内で魔力がうねるのを感じる。のたうつそれはどろりと熱く不快だったが、耐えられないほどじゃないから気にしない。
 魔術を行使する時は心静かに、と学園では教えるけれど。だけどオレは知っている。感情を昂らせて制御の手綱を緩めた方が、魔力は溢れて強く発動するんだ。精密な制御を必要とする高等術式には向かないだろうが、攻撃系の術だったら、

「駄目だよ、レン君」

 ふいに呼びかけられてぎくりと振り返ると、森に溶け込む緑の髪を揺らす小柄な姿が目に入った。
「駄目だよ。習ったでしょう? 術を使う時は気持ちを落ち着けていないと」
「習ったよ。けど、いいんだ。この方が、」
「強い力が使える。知ってるよ、それは、w」
 「――ワたしも、知ってるよぉ? わたしも、s」
 「――ソう、身に、覚えがある。同じことを、していたよ。そs」
 「――シて、ほら、ね。こんな風に、なっちゃった」
 ゆらゆらと、さざ波立つ水面に映る影のように趣を変えながら、彼女は話し。そうして、哀しげに、優しげに、奇妙に透き通る微笑を浮かべた。
「ミク姉……」
「ね。駄目だよ。レン君は、私みたいになったら駄目」

 ミク姉は、快活で朗らかで、賑やかな姉だった。
 オレ達の暮らしていたところはのどかだったけど、世界そのものが滅びに向かうこの時世、どうしたって空気は重く澱みがちで。そんな中で、ミク姉はいつも溌溂としていた。花壇の蕾が開いたといっては喜び、パンケーキが上手く焼けたといっては浮かれていた。
 だけどもう、あの頃のようにはミク姉は笑わない。笑うことだけじゃない、怒ることも泣くことも、ミク姉はいつでも素直に、ストレートに出してくる人だったのに。
 まるでフェアリーテイルの住人になってしまったように、薄い膜が間に存在しているかのように、今のミク姉は何処か遠い。こうして、目の前に居ても。いつでも儚く微笑んでいるようで、泣き出したいような風にも見えて、此処ではない何処かを眺めているようでもあって。遠く、危うい。
 いつの頃からかこんな風になってしまった彼女を、誰もどうにもできなかった。何が原因なのかも判らず、ただそっとしておくしかなかった。
 その原因を、ミク姉は把握していたのか。感情を昂らせ魔力を煽り、無理に引きずり出すような遣り方を彼女もしていて、そしてその所為で、と?
 ――だけど。

「悪ィ、ミク姉。それでも。――それでも、少しでも強い力が使えるんなら、オレは」
「リンちゃんをまもるために? いm」
 「――マは、あの子の方が強いものね。だかr」
 「――ラ? また増員がかかった時に、あの子が」
「っあぁ、そうだよ! 魔物討伐とか言って駆り出されたりしねぇように、そんな事になったらオレが代わりに行けるように、オレの方が強くないとダメなんだよっ!」
 見透かされると自分が酷くガキ臭く思えて、強く叫んだ。叫ぶと癇癪でも起こしたようで、ますますガキ臭く思えて、悔しかった。
 悔しかった。大した魔力も突出した才能も無く、ただ『ちょっとは魔術も使える』程度でしかないこと。いっそ術士の才など皆無なら他の道で出来る事を探すことも考えられたろうに、なまじ一応は使えるばかりに半端なことになっている。
「リンだけじゃない、カイト兄だって……『最強』とか言われて最前線ばっかり放り込まれて、いつか帰ってこなくなるんじゃねぇかって、オレも一緒に戦えたらって思うんだよ! オレはメイコ姉やルカ姉みたいに研究成果上げてバックアップなんかできねぇし、だったらやっぱり無理矢理にでも強くなるしかねぇだろう! ミク姉の事だって……守ってやりたかったよ……」
「……優しい子だね、レン君。だけど、だから、s」
 「――ソれなら、尚更。私と同じ事になったら駄目だよ。わt」
 「――タしが、してしまったように。今レン君にさせているみたいな、そn」
 「――ンな、顔を。もう皆にさせたらいけないよ」
 やはりゆらゆらと、薄く笑んで話すミク姉に、オレは知らず拳を握り込んでいた。その内容、考え方は確かにミク姉なのに、言葉が、声が持つ色が違う。こんな、淡い存在ではなかったのに。

「あ」
 不意に、ミク姉が呟いた。ぴくりと何かに反応したその刹那、翡翠の瞳にかつての光が戻った気がして、オレもはっと目を瞠る。
「――あぁ。駄目だ、また、掴めなかった――」
 耳をそばだてていた彼女がぽつりと漏らし、ふらふらと視線を彷徨わせて息を吐いた。
 零れ落ちてしまった何かを探すようなその姿は既に遠く、紗に隔てられたものに戻ってしまっていたけれど。何故だか、ひどく印象深く灼きついた。

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希求 -響奏曲・Interlude-

イントロも終わらないうちから間奏曲って何だよと思いつつ。
なんか浮かんじゃったんです。ごめん兄さんw(←主役なのに放置中)

そしてさらっと会話だけで終わるつもりが、書いても書いても終わらなかったよ。
レン君、どれだけ喋りたかったの(モノローグだけど)
折角だから乗っかって、色々と垣間見えるようにしてみましたが。

ミクはかなり実験的な感じですが……アペンドをイメージしてます。
今回の話は本気で思いつくままにやっちゃってるので、自分でも吃驚しながら書いてたり←

閲覧数:215

投稿日:2011/05/19 22:19:18

文字数:2,755文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • とかこ

    とかこ

    ご意見・ご感想

    現在UPされてる全投稿・全作品補完しました(^▼^)制服把握!
    アペミクさん、消失しちゃったのかと思いました。
    「こんな風に、なっちゃった」ってどういう事なのー!?どきどき><;
    切り替え?やゆらゆら定まらない存在感、はかなげできれいだけど、壊れちゃったみたいでちょっと怖いなぁ…。
    妖精みたいで、すごく透明感があるんだけど、森の中から、っていうのも。
    童話に出てくる森は魔女や狼が住む、人間の住む村と違う世界(異界)なんだよっていうのを児童文学の授業でやってとても萌えたのですが(笑)このミクさんは丁度、そういう、世界の狭間を彷徨ってるような、危うい印象を受けました。
    続きが気になります!^▽^

    2011/05/27 17:58:23

    • 藍流

      藍流

      >とかこさん
      おぉ! 何かいい感じに汲み取っていただけてるー!
      定まらない存在感、とか、まさにそんな感じで! ありがとうございます?^^
      ミクは感情の波が常に揺らめいている不安定で不確定な感じと、世界から僅かに存在がズレてしまった……というようなイメージで書きました。
      世界の狭間を彷徨う、っていうのは凄く的確ですね!
      そして(アペンドの6種をイメージして)話す端からゆらゆらと色が入れ替わってしまう感じ。
      多重人格とかではなくて、レンも言うように考え方とか人格的なものは変わってないんだけど、それを言葉や態度に出した時の現れ方が違うというか(本来のミクと違う+ゆらゆらとブレる)

      >続き
      (゜Д゜)
      続く、という意識すらなかった……←
      何故か浮かんだシーンをそのまま切り取って書いたので、前後とか全く考えてませんw
      この辺はメインルートにも絡んでこないからなぁ……。
      もしまた何か浮かんだら書くかもしれません^^

      2011/05/27 21:27:14

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    兄さん放置プレイ中ww

    どうもsunny_mです!!
    なんか格好良いのが来た!!とまたもや興奮がウナギ登りでどうしましょう。的な、そんな感じですw
    レン君が、なんか悩める感じが、なんかもう…!という感じで(興奮しすぎて言葉にならない)
    ミクも、なんかふわふわしてる感じが、なんかもう…!!(やっぱり興奮しすぎて以下略)
    そして垣間見るあれこれも、なんかもうもう…!!(いまだに興奮以下略)

    実験的な感じ、とても面白いです^^
    アペンド!!と、やっぱり大興奮中。
    もうね、喜びのため息しか出てこないですよ(笑)

    ではでは!

    2011/05/19 23:16:13

    • 藍流

      藍流

      >sunny_mさん
      www 放置中ですw 告知にしか出てないよ兄さん!
      ……ごめんorz 頑張るからアイスピックはヤメテ……←

      興奮していただけて嬉しいです!
      格好良いですってよ、良かったねレン!(覚えのある台詞だw)
      レンは私の言う事なんかひとつも聞かず、予定外にシリアスぶっちぎりでどうしようかと思いましたが←

      ミクもふわふわ感、出てましたか! 良かった^^
      アペンドの、切り替えの表現に悩んだんですが……あんまりごちゃごちゃ書かず、ご想像にお任せ!コースにしてみましたw

      この話はイントロ1話でがくぽが(可哀想な事になってw)魔力暴走しかかったところで、ふっと浮かんだのですよね?。
      感情が魔力制御に影響するなら、それを逆手に取るのもアリだろう!と。でもそれはやっぱり、諸刃の剣なのですよ……。

      そんなこんなで、突発ネタでしたw
      コメントありがとうございましたー!

      2011/05/20 00:45:48

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