ゆっくりとキャノピーが上がっていく。俺はヘルメットを脱ぐと顔の汗を拭った。
何か不吉な予感がする……体が緊張で張り詰めていた。あのような不可解な事件はこれまで起こったことがなかった。
タラップを使わずに機体から飛び降りると、足音が地下格納庫中に響いた。俺は格納庫の出口に向かって歩きだしながら、俺はこれまでの経験を整理しこれから非常事態に発展する可能性を考えていた。
誰の声にも反応しない未塗装の機体。RF-15。日本防衛空軍の機体は今まで幾度となく操縦してきたし、全ての種類も知っている。だがあんなものは見たことが無い。
かといって、あの機体を興国のものと疑うのは早すぎる。では一体どこの誰が何の目的であんなものを差し向けたのだろうか。今の俺には、想像すらできない。あの時起こった現象が、余りにも不可思議すぎたのだ。だから今は、この俺にこれからいかなる状況なるのか、予想すらできない。
そのことが余計、胸の中で焦燥と緊張を生んだ。
「舞太ー!」
「みくちゃーん!!」
そんな俺の心境などと対照的に、朝美は早速仲が良くなったミクとお喋りに夢中だ。呑気なものだ。と、俺は密かに溜息をつく。
最も、彼らにはそれで良いのかもしれない。戦闘用として生み出された彼らには、この先どうなろうと、状況も任務も、疑問の対象では無いだろう。 むしろ俺の方が、いつも何かにつけて深く考えすぎてしまうという性格のせいで、自分の胸中に余分な感情を生み出してしまう。
「おい二人とも。早くブリーフィングルームに行かないと。少佐が待ってるよ。」
「はーい。」
俺が呼び止めようとしたとき、気野が二人に声を掛けた。二人は子供のような返事をすると、気野とともにブリーフィングルームに向かっていった。
そんな姿を見て、俺はもう一度ため息をつきたくなったが、それも隣にいた麻田に先をこされていた。
「……あれこれ考えてもしょうがないしな。何も知らない、何も疑わないってことも何だが、煮え切らんものをいつまでも抱えるのも、良くない。」
麻田は完全に、俺の気持ちを察していた。付き合いが長いせいか、それとも俺の心境というのは、思いのほか顔に現れるものなのだろう。
「そうだな……。」
一言呟くように答え、俺は麻田とともに地下駐機場の冷たい床を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇
巨大なディスプレイには一枚の写真が映し出されていた。例の機体のものだ。
「この機体、塗装こそ日本防衛空軍のRF-15だがAWACSに報告した通り何のナンバーやマークもなかった。おそらく、興国側の偵察機だろう。しかしだ……。」
少佐は一度口を閉じた。
「興国は、F-15を運用していませんよ。」
そこに麻田が口を挟んだ。
「そうだ。だから日本の機体と偽装するためにどこかの闇兵器ディーラーから買い取ったものを偵察機用に塗装したものというのが有力な説だな。そうでなくとも、不正な手段で入手した可能性が高い。その証拠がこれだ。」
少佐がリモコンを操作すると新しく写真が表示された。
「この機体には偵察機が装備している各種偵察装備が一切装備されていなかった。それに偵察仕様に改造する場合取り外されるバルカン砲はそのまま残されていた。つまり塗装を施しただけのただのF-15なんだよ。ところがだ。」
少佐がまた一息おいた。
「こいつを見てくれ。」
また新たに写真が表示された。それは航空機用ヘルメットに入った奇妙な機械だった。
「どうやらコックピットには偵察用カメラを搭載したマネキンを搭乗させていたようだ。機体の破片の調査で、遠隔操作で飛んでいた無人機ということが分かった。奇跡的にこれは形があるままで回収できた。」
「それで私が呼んでも何も言わなかったのか……。」
と、今度はミクが呟いた。呑気な様子に見えたミクだったが、意外にも少佐の話は真剣に聞いていた。
「しかしだ、ひとつ疑問がある。何故空中で突然爆発させたかだ。」
「させた?」
予想外の発言に俺は少佐に問いかけた。
「あの機体には各所に爆薬が仕掛けてあったんだよ。そしていかにもエンジントラブルで故障したかのように見せかけ空中で爆発させた。まったく持って意味深な行動だ。」
少佐はそれから少し話を変えた。
「ちなみにさっきの偵察カメラだが記録媒体の類は内蔵されていなかった。その代わりにデータリンク用の装置が内蔵されていた。」
重い緊張の空気がブリーフィングルームを包んだ。
「ミク。一番敵に知られたくないものを知られてしまったな……。」
「・・・・・・。」
「とにかくだ。この基地の周辺の事も知られてしまった可能性がある。しかもミクを見られた以上、敵はどんな行動に出るか分からん。これからは厳重警戒態勢を敷く。ソード隊以外にも、ダガー隊、ブレード隊にもスクランブル要員を決める。特にお前達は任務以外のときにスクランブル待機室に待機させる。いいな。」
「はいっ。」
俺達は一斉に返事をした。
「これでデブリーフィングを終了する。以上、解散!」
俺達は敬礼してブリーフィングルームを去ろうとした。
「隊長。少し残っていてくれ。」
「はい。」
皆が去り、静まり帰ったブリーフィングルームに俺と少佐が残った。
「これを。」
少佐が差し出したのは一枚の光学メモリーカードだった。
「何ですか。これは。」
「司令からお前にお使いをさせるように命令された。」
◆◇◆◇◆◇
「はぁ……。」
部屋に戻った私ははまずベッドに腰掛けて、今日起こったことをもう一度思い出してみた。突然燃え上がった。敵。わたしたちのことを偵察しに。そして少佐のあの言葉。
『敵はどんな行動に出るか分からん』
この先何が起きても、敵なら、倒さないと。そうして倒し続ければ、いつかひろきといっしょに家に帰ることが出来る。敵がいなくなれば、平和になって、ひろきとずっといっしょになれるんだ。でもそうしたらもう飛べないが、ひろきといっしょにいられるほうがずっといい。
今日はもう遅い。ずいぶん暗くなってから基地に帰ったんだ。今は十時。
私はベッドに横たわろうとした。
「!」
突然、部屋の出口のブザーが鳴った。ひろきかな。どうしたんだろう。こんな時間に。
「ミク……いるか。遅くてすまないが、用がある。」
あれは隊長の声だ。私に何の用だろう。
「ああ・・・いいぞ。はいって。」
わたしは隊長を部屋に入れた。
「で、何のようなんだ。」
「司令からの命令で、お前にプログラムのインストールを頼まれた。」
そういうことはほとんどひろきがやるはずだ。なぜ司令は隊長に頼んだのだろう。
「ん、分かった。じゃあ準備をしよう。」
わたしは机の上のパソコンという機械の電源を入れた。そしていつもひろきが使って いるケーブルを隊長に差し出した。
「これを、背中に……。」
わたしはイスに座った。
「ああ。」
それを受け取ると隊長はなにかの紙を見ながらパソコンを使いだした。
「これでよし。ミク、これはどこに接続するんだ。」
「ちょっとまって。」
わたしは制服の上着を脱ぎ始めた。
「え、……ミク?」
隊長は驚いたように声を出した。
「私の背中のところにつなぐところがあるから。」
「ああっミク。その……背中を出してくれるだけでいい。」
隊長は今度はあせったような風に言った。
「どうかしたか、隊長。」
「いや、なんでもない。」
隊長は私の背中のソケットのカバーをはずしてケーブルをつなぐと持ってきた何枚かのCDをパソコンに入れた。
「では、始めるぞ。」
「わたしは少し、眠るからな。いつもそうなんだ。
「……わかった。」
パソコンでカチッという音がした瞬間、目の前が真っ暗になった。
◆◇◆◇◆◇
「終わったぞ。」
隊長は私の背中からケーブルを引っこ抜いた。背中にびりっとした感触が走って、私は思わず声を上げた。
「ひゃんっ?! た、隊長! もう少しゆっくり抜いてくれ。」
「ああ、すまない。とりあえず、これで俺の用は終わりだ。遅いときにいきなりきて、悪かったな。じゃあな。」
「隊長。」
「ん?」
「お……おやすみ。」
わたしは隊長にそんな言葉を言っていた。その後姿が、ひろきに似ていたから。
「おやすみ。ミク。」
隊長は少しだけ笑ってそう言って、私の部屋から出て行った。
わたしは電気を消し、スーツのまま手首のソケットに充電器のケーブルをつなぐと、そのままベッドに倒れこんだ。
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