ルシフェニア王国の三英雄の一人、エルルカ=クロックワーカーは街を歩いていた、単なる退屈しのぎに、ただ目的も無く、フラフラと街を歩いていた、そんなエルルカを街の人はジロジロと見ていた。
三英雄としての実力も兼ね備え、的確に国の住人達にアドバイスもしている、おまけにその美貌で人を引き付けている、憧れの目線で見る民もいれば、少し不気味な目線で見る民もいる、だがエルルカにとってそんな事はどうでもよかった。
民に話しかければ他愛のない会話で盛り上がったり、時には求婚を求める貴族や王族もいるが、そういう者は相手にしないのがエルルカ、民からは「気まぐれな魔導士」や「マイペースな女性」と認識されている。
「・・・えっ・・・エルルカさん!」
暗い小道から自分を呼ぶ声がした、その小道を見ると、影に隠れる様に立っている男の子がもじもじしていた、見た目からして八歳から十歳くらいだろうか、エルルカはその男の子に近づく。
「・・・何か用?」
「・・・・・話を聞いてもらってもいいですか?」
男の子に誘われて、エルルカは城の近くにある小さな橋、ヴーチュー橋に来た、男の子は近くにあったベンチに座ると、何かを言いたい雰囲気で唇を噛んでいた、エルルカは小さくため息をつきながら質問をした。
「私に何か用なの?」
エルルカがそう尋ねると、男の子は重い口を開いて小さな声で話し始めた。
「・・・・・僕の学校の・・・L・A学校の・・・僕と同じクラスの・・・シュウを懲らしめてください!」
「・・・・・は?」
男の子は立ち上がって再び話し始める、しかし先ほどの怯えた表情ではなく、まるで何かを
決意したかのような鋭い表情をしていた。
「・・・シユウの親はこの国の政治家さんで、シユウは跡取りらしいんです、で もそれを言い訳に学校ではやりたい放題なんです、自分が気に入らなくなった 人はとことんいじめて学校に来させないようにして、飼育小屋で飼っていたウ サギさんにも餌をあげなかったり、お尻を蹴ったりして、もう数羽も死んでる んです。
僕達は先生や校長先生に何度も言ったんだ、『シユウを怒って』って、でも先 生達はシユウの悪さを知っているのに注意しないんだ、僕のお父さんやお母さ んに時々シユウの悪口を言うと、何故か怒るんだ。
ある日、僕の好きな女の子のタヨマちゃんっていう子が、僕に言ったんです、 『シユウのお父さんやお母さんに、シユウのわがままを怒ってほしいってお願 いする』って、でもその次の日からずっと、タヨマちゃんは学校に来なかった んだ。
先生達に聞いたら、他の国へ引っ越したらしいんだ、僕はその話を聞いてすぐ にタヨマちゃんの家に行ったよ、でも僕がタヨマちゃんの家に行った時には、 兵士さん達がタヨマの家を壊していたんだ。
僕はびっくりして兵士さん達に話を聞いたんだけど、『危ないから』って言わ れて追い出されちゃったんだ。」
「・・・・・。」
「僕はもう一度先生達に話を聞こうと思って学校に戻ったんだけど、学校の花壇 で男の先生達が何かを話していて、僕は隠れてそれを聞いたんだ、しばらく話 を聞いたら、それがタヨマちゃんの話だって分かったんだ。
タヨマちゃんはあの日シユウのお父さんとお母さんに、シユウを怒ってほしい とお願いしたらしいんだ、でもシユウのお父さんとお母さんは『息子はそんな 事する子じゃない!』って怒られちゃったんだ。
でもタヨマちゃんはあきらめなかったんだ、タヨマちゃんのお父さんは兵士さ んだから、タヨマちゃんはお父さんにシユウの事やシユウのお父さんやお母さ んに怒られた事を話したんだ。
タヨマちゃんのお父さんはその話を聞いて、シユウのお父さんよりも偉い人に 話をしたらしいんだ、きっとその人なら分かってくれると思ったんだ、でもそ の偉い人もタヨマちゃんのお父さんの話を聞いてくれなかった。
それで、その話を聞いたシユウのお父さんは怒って、タヨマちゃんと家族の家 に行って、すぐにこの国から追い出されちゃったんだ、タヨマちゃんの家の全 部のお金とかは全部シユウの家族に横取りされたんだ、だからタヨマちゃんは 何も持たないまま国から追い出されてしまったんだ。」
エルルカには分かった、シユウの親の事、最近異様なスピードで出世して、王宮でもあまり良い噂を聞かない、パシケオ政治家だと思った、パシケオ一家は少し前まではごく普通の一家だったのだが、突然政治家として活動を始めた。
とある有名な政治家の見習いだったのだが、最近になってその政治家の名を借りて出世した、噂だともうその有名な政治家は亡くなっているのだが、パシケオ政治家はその事実を隠し、恰もその有名な政治家が発言している様に、パシケオ政治家が実権を握っているらしい。
それからはパシケオ一家が管理している地域のための税金を横流しにしたり、土地代が払えない住民には暴力や自分の屋敷でタダ働き、最近では王宮の貴族になろうとしているらしく、エルルカも危険視している政治家だ。
そして昨日、突然一人の兵士が職を辞めて他国に行ったらしく、一昨日まで普通に業務をこなし、引っ越しの事なんて一言も言っていなかった、彼はとても正義感の強い人で、国の見回りも毎日欠かさず行い、どんな小さな問題でも一生懸命に解決する兵士だった。
兵士達の噂によると、とある政治家に目をつけられて、全財産を没収された挙句に、国から追い出されてしまった、恐らくその追い出された兵士の一家の娘が、タヨマという名前なのだろう、あの兵士には自慢の一人娘がいる事もエルルカは知っていた。
「もう僕達も我慢の限界なんです!この国から追い出されたタヨマちゃんのため にも、学校のためにも、この国のためにも!シユウやそのお父さんやお母さん を懲らしめるべきです!だからお願いです!エルルカさんの力を使って、シユ ウと家族を・・・!」
「・・・・・。」
エルルカはじっとその男の子の目を見た、その男の子の目はまっすぐにエルルカを見ていた、そしてしばらくの間沈黙が続き、エルルカはため息をついた、すると男の子の表情が一気に明るくなる、恐らく承諾してくれると思ったのだろう。
「駄目よ」
「・・・・・。
・・・・・え?」
男の子の目から一気に光が消えたように感じた。
「私の魔法は、あくまで『ルシフェニア王国』や国の責任者のためにしてあげら れる事、私情で魔法は使えないし、私は人を困らせたり、傷つけたりするため に魔法を使いたくないの、魔導士は私にとって誇り高い仕事だから。」
エルルカはそう言い残して、城へ向かって歩く、もう今の時刻は5時を過ぎている、夕日で川はオレンジ色に光り、仕事から家に帰る人や、夕食を買って家に帰る人が行きかっている、エルルカもその群衆の中に入って行く。
「・・・・・英雄のくせに!!!」
男の子はエルルカに向かって大声で吐き捨てた、その言葉に驚いた周囲の人々は一斉にエルルカと男の子の方を見た、男の子の顔は真っ赤になり、歯を食いしばりながらエルルカを睨みつけていた、エルルカは振り返り男の子を冷たい目線で見ながら言う。
「・・・・・笑わせるわね、私自身が『英雄です』だなんて今の今まで一言も言 わなかったわ、勝手に周りの人達がそう呼んでるだけ、『英雄』だからって何 でもできると思われて、『英雄』だからって何でもしてもらえるなんて思われ ても迷惑だわ。」
そう言ってエルルカは城へ帰った、エルルカの後ろではガヤガヤと人の声がしたのだが、エルルカは振り返らずにスタスタと歩いて帰った。
それから数日後、新聞にはとある記事が載っていた
「ルシフェニア王国のシュレッド川で男児の遺体
遺体はパシケオ政治家の御曹司
今月10日、『川で子供が浮いている』と住人から巡回兵へ連絡があり、兵が 駆けつけると、川で浮いて亡くなっている男児を発見、兵が遺体を引き上げ調 査したとこ ろ、パシケオ・シユウ君(7)である事が分かりました。
シユウ君には目立った外傷は無く、川で溺れて多量の水を飲んで溺死したとさ れています、シユウ君の両親はルシフェニア王国を代表する、パシケオ政治家 であり、この事件を受けてパシケオ政治家の一家は悲しみに暮れています。
パシケオ政治家の話によると、シユウ君は9日の夕方、母親に『学校に忘れ物 を取りに行ってくる』と言って家を出て、夜になっても帰らないシユウ君を心 配してお手伝いさんを学校に向かわせましたが、学校に残っていた先生の話に よると『シユウ君は来ていない』と言ったそうです。
シユウ君は忘れ物を取りに学校に向かう途中で、川をのぞき込んで足を擦らせ てそのまま川に落下したと思われます、シユウ君が川に落下した地点は分かっ ておりませんが、夕方頃で川端が暗かったため、発見が遅れたと思われま
す。」
しかしエルルカは見ていた、9日の夕方頃、あの男の子と話したヴーチュー橋の辺りを再び散歩していると、2人の男の子が橋の上で何かを話していた、エルルカが隠れてその男の子を見ると、片方はこの前エルルカに相談を持ち掛けた男の子、そしてもう片方は、パシケオ政治家の御曹司だった。
そしてしばらく話をしていた途端、その男の子が御曹司の背中を押した、ヴーチュー橋から川までの距離は正確には分からないが、子供から見たら十分高い距離だ、御曹司は吸い込まれるように川に落ちる。
御曹司は泳ぎが苦手だったのか、バタバタと水の中をもがく事しかできなかったようだ、御曹司は橋の上にいた男の子に助けを求めていたのだが、驚きと恐怖で声が出なかったのか、とにかく橋の上の男の子に向かって手を振るしかできなかった。
しかしあの男の子は御曹司を助けずに、不気味な笑みを浮かべながら溺れている御曹司を見下ろしていた、そして御曹司が川の底へ沈んで消えていくまで、男の子は笑みを浮かべていた、そして足早に足音をたてないようにどこかへ行ってしまった。
余談だが、我が子の葬式と埋葬が終わった後すぐ、パシケオ政治家は亡くなった御曹司を生んだ妻とは離婚、パシケオ政治家には愛人が数人いたので、妊娠した愛人の一人と再婚した。
そして元妻は自責の念に押しつぶされてしまい、皮肉にも元旦那と愛人の再婚式の日に、我が子が命を絶ったシュレッド川に飛び降りて自らも自殺した、だが理由は我が子の死だけではなかった。
元妻は元旦那やその親族に相当攻め立てられたらしく、「お前はパシケオ一家の歴史に泥を塗った」と言い訳をして元妻に莫大な借金を背負わせたらしい、結局御曹司を川に突き落とした男の子は罪に問われなかった。
あぁ 罪深い
彼も 私も
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