その施設は、大きなドームとそれを繋ぎ合わせる通路だけで作られており、どうやら間に合わせで急に立てられた仮設基地のようだった。ただの広大な空き地に、わざわざこんなものを建て上げたのだろうか。
敏弘さんと別れた後、空軍の制服の人は「どうぞこちらへ。特殊作戦作戦指揮官と技術主任までお取次ぎいたします。」と言ったきり、しばらくは無口で私達の前を歩いていた。私と博貴も制服の人の背を追いかけ、殺風景な施設の中を歩いてく。こんな状況が今までにも何度かあったけど、どうにも慣れない。この冷たい雰囲気と変な薬のような匂いで、肌がそわそわして落ち着かない。
それに、これからどんな任務が待ち受けているかと思うと、余計に……。
大きな鉄製の扉の前に着くと、制服の人は懐からカードを取り出し、扉の隣に備えられた端末にかざした。すると高い電子音が鳴り響き、扉は低いモーター音を響かせながら左右に開かれた。
その瞬間、私は扉向こう側にあるものを見て息を呑んだ。そして、二人よりも早く部屋の中に足を踏み入れ、何かの研究室のような部屋の中央に置かれた、黒く巨大な『それ』の目の前まで歩み寄っていた。
漆黒に輝く人型のそれは、忘れるはずもない、私にとってのかつての『翼』だった。
「これって……。」
「日本防衛空軍技術研究団製の新型AGFスーツさ。」
「!」
突然、背後から何処かで聞き覚えのある声がして、私ははっとその方向を振り返った。そこには、背の高い白衣を着た男の人が、ニヤニヤした顔で私や博貴を見ていた。その顔は、ハンサムだけども何か悪巧みをしているような人相で目付きも鋭く、少なくとも、良い印象の人じゃない。
だけど、この人とは、何処かで出会ったことがある……? 何故だろう、思い出せない。かなり昔のことかもしれない。
「貴方は……ランス・ウォーヘッド!」
博貴は驚いたような声を上げ、動揺しているようだった。そうだ、私も博貴もこの人を知っている……。
「よっ。ひさししぶりだねぇ。網走博貴博士……。あー、あんたはご苦労。下がっていいよ。」
「はっ。」
その人は癖の強い口調で言うと、制服の人達は頭を下げ、部屋を後にしていった。
「さぁて……ひさしぶりだなぁ、FA-1……。」
彼は見下した目線で言った。それは、私のもう一つの名前だ。
「……その名前は、私は好きじゃない……。」
私は、やはり前に会ったことがあることを確認する前に、咄嗟にそう答えていた。この名前で呼ばれると、私が兵器という認識をされていると思い、嫌でしょうがない。
「好きじゃない、だって?」
すると、ランスという男の人は訝しげに言って首を傾げると、少し腰を折って私の顔を覗いた。
「かつての日本海沖で起こった興国事変に、核ミサイル発射施設制圧任務。そして九ヶ月前のテロリズム鎮圧。どの事件でも、この『FA-1』という名の戦闘用アンドロイドの戦績が事態の解決に最も貢献し、軍でもクリプトンでも最も注目を集めているんだぞォ? いや、それだけじゃない。あらゆる分野、世界からお前さんの情報は引っ張りだこになり、またあんた自身を研究の為に欲している連中も少なくない。お前が一度戦場に出れば、何百何千という連中がモニター越しにお前を見てる。まるでスポーツのスター選手だ。お前さんは俺のいる世界じゃ英雄扱いなんだよ。」
そう語る声はやけに饒舌だった。褒めているつもりなのかもしれないけど、私にとっては、全然褒められている気分じゃなかった。皮肉も込めてるんだろう。
「そんな訳がない。」
私は、また反射的に呟いていた。
「私も、ナノマシンも、アンドロイドも、強化人間も……沢山の命が奪われる原因になった。どんな技術でも、結局は人殺しの道具……どれもこれも戦いにしか使われなかった。それらがなければ誰も死ななかった。だから、違う。そんなものを英雄と呼ぶのは間違ってる……。」
「ハァン?」
彼は呆れたような声を上げて、不思議そうに首をかしげた。
制服の人から、息を飲むような音が伝わった。私の言っていることは、そんなにおかしいだろうか。しかしこの人から見れば、私は兵器で、しかも戦うことを望まない兵器……考えてみれば確かにおかしい。私を人間として見てくれる博貴とは全然違う。
「軍に関わるなら、これで最後にしてほしい……。」
その人は、訝しげな表情で、それも何か異様なものを見るようなに眼で私の言葉を黙って聞いていたが、次の瞬間、口許をいびつに曲げて、笑みを漏らした。
「クフッ……ククククッ……アッハハハハ!!」
「……。」
その人は、噴きだすのを必死に堪えながらも、肩を震わせ、身を反り返してて大笑いしていた。
私はどういうつもりなのだろうと思って、取り敢えず黙ったまま、その人がまた何かを言い出すのを待った。でも、それを待たずに博貴が彼の前に詰めよった。
「ウォーヘッドさん……! 貴方は知らないかもしれませんが、ミクは自ら戦いを望むような子じゃない!」
「それがおかしいっつってんだよ。」
ランスという人は、まだ笑いながら博貴に答えた。
「博士も知ってるだろ? 俺は全部見てたよ……! 興国事変といいテロ鎮圧任務といい、人間では到底不可能な戦績をドカドカ挙げといて、今更『もう最後にしてほしい』だァ?! 全く、生みの親に似て平和主義なこった!! 俺が軍で量産品の開発にありつけたのも、こいつのおかげだよ!」
この人の言うとおり、私は今までに何度も軍の作戦に参加している。その中では、やむを得ず人の命を奪うこともあった。あのテロが起こった時も、絶対に殺しなんかたくないと、心に決めていたのに……例え自分から望まない事だったとしても、してしまったことは、変えられない。
私の目の前には、昔の記憶が映像のように蘇っていた。微かに鳥肌が立ち、胸が締め付けられた。
「ま、俺としちゃお前さんの過去だの好き嫌いだのはぶっちゃけどうでもいい……ミッションに差し支えなけりゃな。俺も科学者としてこの任務で新しいスーツの運用データを採取する役目を軍のお偉方から仰せつかってるワケだ。で、お前さんの大好きな博士もバイタルチェック要因としてこの作戦に参加してもらう。そしてお前さんは、この後こいつを着て、このあと基地に着陸するTC-38アンドロイド用戦術輸送機に搭乗してもらう。詳細はブリーフィングはその後だ。いいな?」
「それで……それで開放されるなら。」
私が呟くように言うと、ランスは表情を一変させてニヤリと笑った。
「へへ、嫌がっている割には、従順なもんだ……まんざらでもないってか? ともかく時間がねぇ。速ぇとこ試着してもらって、調整を済ませてもらわないと。いいな?」
私は、何も言わずに頷いた。振り返ると、博貴が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫。きっと、簡単に終わるよ。」
「ああ……そうだね。」
その様子を見ながら、ランスがふんと鼻を鳴らした。
「よーし、隣の部屋にインナースーツを用意させている。早いとこ着替えて来な。あんまりモタモタしてると覗いちまうからな?」
「ちょっと、冗談が過ぎます!」
博貴がまた顔をしかめて言った。私の着替えなんか覗いて、なにかいい事があるのだろうか?
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