Prhythmatic ※二次創作



1.
「今ここにある希望はきっと、僕だけのモノじゃないから」
「え?」
 そう聞き返した僕に、彼女は「だから僕はさ」と続けた。
「重ねた愛が言葉になって、誰かの元へ届くよう、祈るの」
 初めて出会ったその日に、彼女が気負うことなくさらりと告げた言葉。それがまだ、僕の耳に残っている。
 正直、それを聞いた直後の僕の感想は「なに言ってんだこいつ」だった。
 だけど、彼女は気取ってるわけでも悦に入ってるわけでもなくて……ただ、本当に思っていることを口にしただけって感じだった。
 当時、僕は彼女の言葉を内心バカにしていた。
 僕と同じく、彼女はまだ学生だったけれど……もう自らの夢に向かって踏み出していて、僕よりもよっぽど遠くを見ていたというのに。
 ……僕は羨ましかったんだと思う。
 純粋にまっすぐに、自分の望むことに全力投球していた彼女のことが。
 初音未来。
 アイドルとしての芸名は初音ミク。
 一応、高校一年生の頃からその名前は知っていたし、遠目に見たこともあった。けれど、ちゃんと話をしたのは二年生になり、同じクラスになり、たまたま隣の席になってからのことだった。
 彼女はあの頃から有名人だった。
 まだテレビに出るほど有名だったわけではないが、彼女は動画サイトでかなりの再生数を誇る本物のアイドルだったのだから。
 ……むしろ、だからこそ僕は彼女と話をすることなんてないだろうと思っていた。
 同じ学校だとして、クラスメイトだったとして、それでも僕にとっては、彼女は雲の上の人だったのだから。
 これは、僕と初音未来の二人の……そんな、幸福な物語だ。


◇◇◇◇


「ね、奏クン」
「なに? 初音さん」
 後ろの席の僕の方へと振り返ってくる初音さんは、僕が返事したとたんに口をへの字に曲げる。
 小顔のわりに大きな瞳にふっくらとした唇は、実際に見てみると以外にバランスがいい。単純に美人と言える要素なのだろうが、はっきりとした表情や快活な雰囲気もあって、美人だからといってとっつきにくさはない。
 アイドルとしての彼女は長い髪をツインテールにしているそうだが、いまの彼女はポニーテールにして、後ろの高い位置で一つにまとめていた。
「ボクが親しみを込めて名前で呼んでるっていうのに、なんで君は名字で呼んでくるのかな?」
「それは、敵を増やさないためだね」
「敵?」
「そう。わかりやすく言うなら、アイドル初音ミクの熱狂的ファンに恨まれないように、だね」
「なにをそんな大げさな」
「大げさなことはないよ」
 ややあきれ顔の初音さんに、僕は大真面目に返す。
「僕が初音さんと親しく話しているだけで疎ましく思う人もいるんだよ。それものめり込めばのめり込んだだけね。あそこにいるべきなのは自分の方なのに、声をかけてもらえるのは自分のはずなのにって」
「いやいや……考えすぎだって」
「仮に僕が初音ミクの熱狂的ファンだったとしよう。重度と言ってもいいくらいの。そして、ライブ外で……学校で初音ミクと親しく話している男子生徒がいるのを知ったら?」
「う、うん」
「僕がそんな立場なら……僕はそいつを殺すね。三回は殺す」
「え、マジで……?」
 僕の真剣な表情に、初音さんはドン引きだ。だけど、男子が初音さんと仲良くなるには、そんな奴らと相対する覚悟がいるものだと思う。たぶん。
「まあそんなことはどうでもいいけどさ。それで……初音さんが見たいのは数学の宿題? それとも物理化学の宿題?」
「あう。バレてる……」
 初音さんは僕の質問にバツが悪そうにうつむく。
「りょ、両方です……」
 初音さんがか細い声でつぶやく。……僕はまあ、たぶんそうだろうなと思っていたけれど。
 アイドルの忙しさというはいまいち想像ができないのだけれど、それでも学生との両立は大変だと思う。宿題をやる余裕が無かったとしても驚かない。
 僕は机に出していたノートとプリントを数枚、彼女に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ふおおお! さすが奏クン! ありがたやありがたや。奏クンから後光が差して見えるよ……」
 初音さんは目を輝かせてノートとプリントを受け取ると、両手を合わせて僕を拝みだした。
「やめてやめて。僕じゃなくても貸してくれるだろうし、後光なんて差してないから」
「それがそーでもないんだなあ」
 僕の背後から声。
 振り返ると、僕の後ろの席に座る加藤成政がスマホのライトを点灯させていた。
 その様子に、初音さんは思わず吹き出してしまう。
「んな物理的な後光があるかよ」
「いや、後ろから照らしている以上、後光は後光だと思うね」
「とんでもねぇ屁理屈だ」
「なんだよ。奏を聖人にしてやろうという俺の粋な心遣いを無下にするなよな」
 やれやれ、みたいな態度の成政に、初音さんも同調してくる。
「そうだそうだー」
「え? 初音さんは成政の味方をするの? うーん、そうか……じゃあ仕方ないけれど、ノートとプリントは返してもらおうかな……」
「あ、嘘だってば奏クン! 加藤君、そういうのは良くないよ」
「初音さんの変わり身が早すぎる」
「宿題を人質に取られたらそりゃね」
 僕の貸したノートとプリントを胸に抱いて、初音さんは悲しそうにつぶやく。
「奏……お前まさかそんな奴だったなんて!」
「シクシク……僕は奏クンに身も心も支配されてしまっているんだ……」
「初音さんを泣かせるなんて、卑劣な奴だな、奏は!」
 成政がクラスに響き渡るくらいには大きな声でわめく。クラスメイトたちがギョッとしたようにこっちを見てくるのがわかった。最悪の形で注目を集めている。なんてこった。
「バカやめろ、妙な誤解を生むようなこと言うんじゃない!」
「加藤君……そうだよ。奏クンは悪くなんかないんだ……。僕が……僕が悪いんだからそんな風に言わないで……」
 目を伏せ、目元を拭いながら気丈にそう言う初音さんは……どう考えても逆効果で、間違いなく確信犯だ。
 周囲のクラスメイトから僕への視線は、当然ながらとても冷たい。
「うう……二人がいじめる……」
「そんなことないってば、奏クン」
 顔をあげ、ケロリとした表情で初音さんが言う。うんまあさっきのは当然演技だろうとは思っていたけれど、だからって態度を翻しすぎじゃないか?
「そうだぞ。どこがいじめてるって言うんだ」
「二人のそういうとこが、いじめてるって言うんだよ」
 僕は口をへの字に曲げてつぶやく。
「まあ、いいけどさ。それで……初音さん?」
「なんだい奏クン」
「早くしないと、休み時間終わっちゃうよ。物理化学はともかく数学は次だから、そんな悠長にーー」
「ーーげぇっ」
 初音さんはアイドルにあるまじき声をあげると、慌てて机に向き直ってノートを広げだした。
「なんでそーゆー大事なことを早く言ってくんないの! 見損なったよ奏クン!」
「そーだそーだ! なんて奴だ奏!」
 成政、お前は同罪……というか、お前が原因じゃないか?
 そう思ったけれど、さらに泥沼化していくだけのような気がしたので、半眼でにらむだけにして反論は止めた。
 初音さんは、ちょくちょく自分の感情を優先させてやるべきことが抜けたりする。なんて言うか、自分のスケジュールをあまり把握できていないことが多いのだ。
 それで学生とアイドルの両立は至難の業だろう。
 結局……数学の宿題は三分の二までしか終わらず、佐々木先生に怒られていた。
 ……全く意味がわからないけれど、最終的にはクラスメイトの総意で僕のせいということになった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Prhythmatic 1 ※二次創作

1.
お久しぶりの文吾です。

今回はRENO(自傷P)様のアルバム「RENOVATION!」より「Prhythmatic」の二次創作をお届けします。

底抜けに前向きな、幸せな物語をどうぞ。

「針降る都市のモノクロ少女」を書いてからしばらくして、次に書くならこの曲だな、と決めていたモノです。
元々はこれを8月31日投稿用に書いていたのですが、急に「ローリンガール」のデータ復旧ができたので、先送りとなっていました。

全7話、おまけ抜きで約4万2千字になります。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

閲覧数:251

投稿日:2021/12/31 19:04:24

文字数:3,131文字

カテゴリ:小説

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