①本編:アカシックルーレット

投稿日:2016/06/20 11:05:18 | 文字数:3,466文字 | 閲覧数:2,998 | カテゴリ:小説

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【本編:アカシックルーレット】

1888年8月31日
この日はイギリス、ロンドン市内にて世界中を震撼させる連続殺人事件の初犯が発覚した日となる。
これより45日間、計11人の「売春婦」がこの事件の犠牲となった。

当時の捜査本部はこの連続殺人犯のコードネームを「JACK」とした。
なぜなら犯人は「Dear Boss」という宛名で犯行現場に必ずメッセージカードを残し、
そのメッセージの文末には「By JACK」と記されていたからだ。

しかし事件はまさかの結末で幕を降ろす。
大雨の夜、郊外の墓地で犯人が遺体となって発見されたのだ。
一連の事件は全て自分による犯行だと書かれたメッセージカードが遺体の胸元に残され
文末にはやはり「By JACK」と記されていた。
メッセージカードのある遺体の胸元にはナイフが突き立てられていた。

筆跡とカードに書かれた本人しか知り得ない具体的犯行内容から、遺体は犯人であると断定した捜査本部は
身辺調査に取りかかった。売春婦のみ対象にしたその犯行の、何より「動機」が不明だった。

捜査の結果、一人の女性が捜査線に浮き上がった。
「M I K U」という名の少女は任意召還令状のもと、ロンドン警視庁に出頭した。

聴取から明らかになったのは、少女は被疑者の恋人であった。
天涯孤独な身の上、全て単独の犯行だと想定しての捜査だったゆえに、当時の捜査本部は少なからず動揺した。

MIKUと名乗る少女もまた、自分の愛する者の一連の犯行を何も知らされていなかった。
「本当にJACKが彼なんですか?」
前日までの恋人が、日が明けると殺人者とされていた。
泣きながら事情聴取を受ける少女に、担当官は同情を寄せつつも聞き取りを始めた。
彼との出会いから、本日の遺体発見に至るまでの経緯を、混乱した状況で少女は記憶を辿りながら
とつとつと語りだした。

ーーーーーーーーーーーー
出会いは今から半年前、少女が当初暮らしていたのは都内からは遠く離れた貧困層で形成された、いわゆるスラム街であった。
失業により両親は一家心中を図ったが運が良いのか悪いのか、一人生き残ってしまった少女の命の灯火は
わずかな吐息で消えてしまいそうな、そんな極限の暮らしを強いられていた。
空腹を堪え、膝を抱え座り込み、目を閉じ時が過ぎるのをただ待つ。
まぶたの裏には、かつて母が子守唄の代わりに歌ってくれた夢の国のおとぎ話が蘇る。
貧富の差もなく、誰もが幸せに暮らせるユートピア。いつかきっとその場所に私たちは辿り着ける、そう信じることが
大切だと教えてくれた母はもういない。
幾度もその場所を空想し、夢の中でのみ幸福な時間を過ごしたが、目を開ければそこに映るのは瓦礫とネズミの死体。憎悪、憎悪、憎悪…
そんな日々を変えたあの日、目の前に差し伸べられた手。

「君の夢、僕と一緒に探しにいかないか?」

少女と同じくらいの年齢だろうか。
ぶかぶかの外套に赤い手袋、ツバがギザギザの帽子を目深にかぶった少年は、屈託のない笑顔で
彼女の手を取った。その手を離すことなく2人は歩き出す。

街から街へと彷徨い、「夢の国」を求めて2人はどこまでも歩いた。
少年は自らの出生を語りたがらない。ただ、やらなくてはいけないことがある、それは「コト」が終わったら
全て分かることであり、全てを「還す」ことが出来たら、その先に夢の国がある。
そう少女に教えた。

少女はそれ以上何も聞かなかった。聞く必要がなかった。
彼と2人でいれば、ただそれだけで満たされた。少女の中で少年は全てになった。
ーーーーーーーーーーーー

ここまでの経緯を聞き終えて、担当官はある疑念を抱いた。
少女が説明する少年と犯人像がどうも結びつかない。
犯行の手口は至って残忍極まりない。対象となった犠牲者はいずれも十カ所以上切り裂かれ、内蔵をくり抜かれた上に
子宮のみ摘出され、未だにその部位は発見されていない。
売春婦のみを狙ったその犯行は明確な目的があるように思われた。
なぜなら現場に残したカードには連続犯行を暗示する「ある数字」が書き記されていた。
最初の事件は「1/11」
第2の事件には「2/11」
それから「3/11」「4/11」と続き最後の犯行現場には「11/11」。
これは明らかに対象を明示した殺人予告だった。
そしてサイン「JACK」の「K」の字もまた特殊であった。
恐らく犯人の筆跡の癖であると思われるが、このような「K」の字を書く人を担当官はみたことがなかった。

第2の事件「2/11」からメディアが大々的にこの事件を連続猟奇殺人事件と取り扱ったことにより、街はおろか
全英、いや全世界が震撼した。
ターゲットが売春婦であることから、己の身体を売り物にしたことのある女は一様に身を震わせた。

少女は再び語りだす
ーーーーーーーーーーーー

この街(ロンドン)に着いた時、少年は小さく、「ビンゴだよ」と言った。
もちろん少女にその意味は分からなかった。
街を転々とし、1つ箇所に居座ることのなかった2人の旅だったが、ここで初めて定住することになった。
少年は毎晩、少女が寝静まった後に部屋を出た。そして2〜3時間経つと帰ってきた。
「夜に数時間、部屋を空けることがある」
予め少年から言われていたことなので、少女は疑念を抱くこともなく、また不安にかられることもなかった。
なぜなら少年はその日のうちに必ず帰ってくるし、朝になれば2人で一緒に目覚め、2人の一日がスタートするからだ。

そして、この街に来てから数ヶ月、大雨が降ったその日、いつものように部屋を出て行った彼が帰ってくることはなかった。
朝になると少女は帰らぬ少年を捜し、街に出た。
路上に捨てられた朝刊の見出しが目に入り、そこで初めて彼女は少年の死を知った。

ーーーーーーーーーーーー
担当官は唸った。
一連の犯行が少年であることは間違いないが、やはり少女の証言からは肝心の「動機」が掴めなかった。
前代未聞となった連続殺人の首謀者は、世間に恐怖と戦慄のみを残し、謎の自殺を遂げたのだ。
少女からこれ以上の情報を得ることは不可能だと悟った担当官は、少年の遺留品を彼女に渡すと、証明書の
サインを促した。

少女は出頭時より大分落ちついた様子であったが、証明書にサインすると
ドアの前で振り返り担当官に深々と頭を下げ、こう告げた。

「犠牲となった12人の方々には、心よりご冥福お祈り申し上げます。では失礼します。」

ガチャ……

静かに閉じられたドアを眺めながら担当官はタバコに火を付けた。
窓に見えるロンドン市内に視線を移し少女の最後の言葉を無意識に反芻した。




……
……!?

おかしい…

少女は別れ際、確かに「12人」と言った。
今回の連続殺人の犠牲者は11人であった。メディアの発表が間違っていたことはない。
11人の被害者に少女の恋人である被疑者をを足すと12人にはなるが、あの時点で事件に
無関係の少女の立場から恋人を加えるとは思えない。


ふいに担当官の脳裏に恐ろしい疑惑が浮上した。
事情聴取を担当する捜査官が心得ている心理学特徴の一種であり、サイコパスのシリアルキラーですらも
隠しきれないいわば本能の欠陥、つまり「利き腕」である。
犯行の手口、現場に残したカードの筆跡から犯人は「左利き」であることが分かっていた。
しかし、犯人が自らの命を断つために刺されたナイフ、これは左利きの人間が自身の身体に刺せる角度や向きではなかった。
だが先ほどの少女は左手で証明書にサインをした…

あらゆる疑念と疑惑が錯綜し、捜査官は全身が硬直するのを感じた。

吸いかけのタバコを放りなげ、机に置かれた遺留品証明書のサインを見た。
「MIKU」のサイン、その「K」の字は特殊な字形であった。
机を払いのけ、取調室のドアをこじ開けた。

(彼女を帰してはいけない!)


廊下の先に少女の姿を追ったが、暗い廊下の影に溶け込み、その姿はもうどこにも見えなかった。



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《エピローグ》
ロンドン市内の路上を歩く少女を誰も気にはとめない。
女性が着るには少し長めの外套、手には赤い手袋をはめた少女はツバがギザギザの帽子を目深にかけ
街の光が届かない暗い街路時の中に消えていった。

(プロフィールはありません)

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