【 Monocle's Earl ~ 片眼鏡伯爵 ~ 】


第一話 片眼鏡伯爵


この物語の舞台は、中世欧羅巴。

文明化の進む煌びやかな表舞台とは裏腹に、ひと度路地裏に回れば
未だ混沌とした無法地帯の広がる時代である。

今夜もまた、そこには闇夜に蠢く悪党達の姿があるのだった。


「おい、急げ早くずらかるぞ」

「わ、分かってら。急かすない」

商家に押し入った二人組の男が、声を潜め金目の品を運び出している。

建物の奥には、この家の主であろう中年の夫婦が縄で縛られ、猿ぐつわをされていた。

「・・・、よし、これだけあれば十分だろう」

「へっへ、今日から俺達も金持ちの仲間入りだな」

男たちが用は済んだとばかりに引き上げようとした、その時である。

何処からともなく透き通る様な歌声が聞えてきたのだった。

男たちは、慌てて顔を見合わせる。

「この歌声は・・・」

「ま、まさか片眼鏡伯爵?」

月明かりの中、男たちは狼狽して辺りを見回すと、高壁の上に
すらりと立つ少年の存在を見つけたのだった。

「ひっ、ひぃ」

「あ、慌てるんじゃねぇ」

少年は純白のタキシードに身を包み、右目には大型の片眼鏡を付けている。

そして、その片眼鏡からは、炎の様な青白い光が放たれていのであった。

その姿は、町で噂されている片眼鏡伯爵そのものである。

男たちを尻目に、少年は高壁からひらりと飛び降りると、身体を回転させて着地する。

そして、男達に向けて不敵な笑顔を見せるのだった。

「ふ、ふざけやがって。何が♪君を守るその為ならば♪だ」

男の一人が、手にしていた剣を振り上げ、少年目掛けて切り掛かる。

しかし、少年はマントをひるがえすと、いとも容易く男を地面へと叩きつけた。

「片眼鏡伯爵・・・っ、ほ、本物だぁ」

残された男は振り向きざまに逃げ出そうとするが、その場で音をたて無様に転んでしまった。

少年の放った鞭がいち早く足首に巻き付いており、男の動きを封じていたのである。

地面に這い蹲った男は観念し、静かに目を閉じた。

こうして少年は二人組の男を縄で縛ると、商家の主達を解放したのであった。

「あ、ありがとう御座います。片眼鏡伯爵様」

「本当に何とお礼を申したらよいか」

しかし、少年は涼しげな笑顔をひとつ残すと礼は無用とばかりに
首を横に振り、無言で夜の町へと消えて行ったのであった。


そして、その明くる日の朝。


「お早う御座います。皇太子殿下」

その掛け声と共に寝室の扉が開かれ、また僕の退屈な日常が始まった。

時間は毎日七時きっかり、何時も同じ時間である。

入室してきた十名からなる侍女たちは、手早く僕の身支度を始めた。

髪をとかされながら、僕は昨夜の事を思い出し、じっと手を見る。

この手で悪党達を縛り上げたなんて、自分の事ながら信じられない。

だけどー。

「殿下、そう言えば、また現れたそうですよ」

「現れたって、何が?」

僕は、内心を悟られない様に、興味無さ気に返答する。

「片眼鏡伯爵様ですよ。昨夜は強盗に入られた商人を救ったとか」

「そ、そうなんだ」

「悪事のある所に、片眼鏡伯爵の歌声あり。まさに庶民の味方ですね」

年長の侍女が、ご機嫌伺いがてら片眼鏡伯爵の話題を振ってくる。

一度僕がこの話題に食いついてからは、事ある度に報告してくれるようになった。

そのお陰で僕は、それが夢じゃなく現実なのだと改めて実感できる。


身支度を整えた僕は、朝の食卓へと向った。

その為には、幾つもの部屋を通り過ぎなければならないのが煩わしい。

召使が開けるひと際豪華な扉を通り、国王と皇后と呼ばれている両親に
朝の挨拶を済ませた僕は、執事長が引いた椅子に腰かける。

「お早う、爺や」

運ばれてくる料理は、朝からどれも豪華なものばかりだった。

食事中交わされる、半ば形式ばった親子の会話。

これだけ距離が離れていると、声は届くが気持ちは届くとは思えない。

両親の事は嫌いじゃないが、なんだか毎朝ながら虚無感に襲われてしまう。

「あ、今日はメロンじゃなくオレンジにして?」

僕は手早く食事を済ませると、侍女がむいた果物を一切れ頬張り、自室へと戻った。


部屋に入ると、僕はベッドへと体を投げ出す。

今の生活に不満は無い。だけど、皆の期待の目が疎ましかった。

正直、知力や体力には自信が無いし、何か特技があるわけじゃない。

中には、何をやっても上手くいかない僕を、軟弱だと蔑む者までいる。

勝手にして欲しい。誰も好きで皇太子なんかに生まれてきたわけじゃない。

何時からだっただろうか?

そんな胸のモヤモヤを晴らす為に、皆が寝静まった頃を見計らい、
地下道を散策するのが、僕の日課になった。


地下道は城から町まで繋がっており、町の至る所にその出口はある。

聞いた話では、それらが作られたのはだいぶ昔で、古くから王族とその護衛だけが
通行を許されていたんだけど、近年は殆ど使われる事は無く、封印されていたんだ。

もちろん正門にあたる入り口には番兵がいて、普段から堅く閉ざされているんだけど、
僕はある日、秘密の入り口を見つけてしまったってわけ。

それから僕は何年もかけてその大部分を歩き回り、今では自由自在に町の
好きな場所へ行くことが出来る様になったんだ。

これは後で分かった事なんだけど、実は僕が最初に見つけた入り口以外にも、
城のあっちこっちに地下道への出入り口はあった。

だから今では、何時だって地下道へ忍び込むことが出来るようになったのさ。

前にそれとなく爺やに聞いた話では、あの地下道はもともとこの国の建国王が作った
広大な地下迷宮らしく、広すぎるあまり今では王家にすらその一部しか伝わって無い
んだそうだ。

そんな地下道に出会ってからは、僕は少し変わることが出来たと思う。

そして、運命のあの日がやって来たんだ。


アンリはベッドから起き上がると、部屋の片隅にある小さなクローゼットへと向かった。

それは、決して誰にも触らせない、秘密のクローゼットである。

その扉を両手で開くと、中にはタキシードと豪華な宝飾箱が入っていた。

「そう、全ては此処から始まったんだ」

アンリは大事そうに宝飾箱を手に取ると、それを静かに開ける。

するとその中には、銀色に光り輝く美しい片眼鏡があるのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【ボカロ小説】片眼鏡伯爵*第1話*

【Monocle's Earl~片眼鏡伯爵~】第1話「片眼鏡伯爵」です。

自己満足の駄文ですが、時間のある時にでも読んで頂ければと思いますw

閲覧数:147

投稿日:2012/01/15 20:43:43

文字数:2,670文字

カテゴリ:小説

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