「・・・・・・なんてね。」

ひょい、とデリンジャーを持ったまま、両手を軽く挙げ、肩をすくめて見せる。

「あんたがこんなオモチャで傷ひとつ負わないのは百も承知。今のは弟子から師匠へ、もしくは娘から父親への少々過激な再会の挨拶とでも思って。」

「どうだろうね。お前は、油断がならない。」

無傷でその場に立つ悟道は、それでも面白がるような視線をこちらに向けている。
余裕綽々だ。面白くない。

「そんなに言うなら、結界の中を真っ暗闇にでもすればいいだろう。私の特性は『夜』の『光』だ。今のように夜でもない状況で、さらに光を奪われれば魔術師のあんたに攻撃なんぞできるはず、ないだろ。」

その場にしゃがみ、リュックからオヤツを出して、寛ぎモードに入る。
精一杯の余裕を演出し、保温性水筒からあつあつの紅茶を注ぐ。
紅茶をすすりつつ、掌サイズのタッパーを取り出し、中から氷砂糖をひとつ摘み上げて口の中に放り込んだ。

「・・・・・・わたしは、長年お前を見てきたつもりだが、砂糖をそのまま口に入れる嗜好については未だに理解できないよ。」

「んまいのに。」

口の中でもごもごさせながら、悟道を見上げる。
砂糖が動力ともいえるくらい甘党の私は、逆にコーヒーをブラックで飲む人間の思考が理解できない。

「まぁ、そこまで言うのなら望みどおりにしてあげようか。確かに、お前は夜の光・・・とりわけ、『月』と相性が良い。まるで『夜女神(ヘカテ)』のようだね。『狼』のお前らしい。『月』と『狼』も関係が深いからね。」

悟道がひとつ手を振ると、途端に周囲に闇の帳が落ちる。
その癖、相手の顔はしっかりと認識できるし、相手のつけているタリスマンが何色をしているかまで視認できるのだ。
いったい、どういう魔術を使っているのやら。

「魔女たちの女王にして月を司る女神か。確か、冥府神も兼ねていたな。人間の罪を全て知り、裁く女神だ。・・・・・・ンな大層なシロモノと一緒にされてたまるか。私は、人間なんて、しらない。人間の罪にも、興味ない。好きにすればいい。」

ずずず、と熱い紅茶をすすり、半眼で睨む。

「どうでもいいが、早く用件に入れ。最初の頃にも言ったと思うが、回りくどい人間は得てして疎外されるぞ。私は、忙しい。」

とてもそうは見えないがね、と悟道は言う。

「忙しいというのは、お前の可愛い可愛い、使い魔君のため、かな?」

こいつの事をまったく知らない人間が見ればそれなりに好感が持てそうな人好きのする笑みを見上げる。
多分、私は怪訝な顔をしているのだろう。

「使い魔?帯人は、ボーカロイドだぞ?」

いやいや判ってるよ、とでも言いた気な顔で頷く悟道。
まったく、回りくどい男だ。

「私が、お前のの使い魔を、まったく同じ姿でこの世に作り上げてあげたのだよ。お前の『機能』を補う『付属品(アタッチメント)』として。喜びなさい、彼は、真実お前のためだけに作り上げた存在だ。」

得意気に胸を反らし、悟道は言う。

「わたしならば、工場の技術者の精神に介入し染料を間違えさせることが出来る。最初に出逢った頃のお前の大事な『お友達』として生きていたお前の使い魔の霊魂を、その中のひとつに封じることも、出来るのだよ。」

胸倉を掴みあげて、詳細を絞り上げたい衝動に駆られる。
それを一時押さえ込んで、呻いた。

「言いたい事は、それだけか?」

ころん、と氷砂糖がアスファルトの上に転がる。
静かに、紅茶が入っていた水筒に手をかけた。

「なら、死ね。それ以上不快な口を開くな。自己拘束術式『九抑』『八拘(はっこう)』『七牢(しちろう)』解除。」

そのまま、水筒で氷砂糖を叩き潰す!
完全なる闇の中で、ほんの一瞬、青白い光が発生。
摩擦ルミネセンス。
結晶状の物質・・・たとえば、水晶や氷砂糖などに急激な圧力を加えることで分子のエネルギーで発光する物理現象である。
ガムテープなんかでも、同じ現象を見ることが出来る。
声に魔力を織り込み、叫んだ。

「『ヤマズミ』、『マガミ』っ!」

二頭の白い獣が、悟道に殺到、そのうちの一頭が左腕を喰い千切る。
光の消失と共に、霧散。

デリンジャーを拾い、立ち上がる。
再び、悟道に向けて発砲。
マズルフラッシュによる光が発生。

「『ヤマズミ』、『マガミ』っ!」

再び白い獣が現出。
しかし、白い獣たちは悟道の手にする杖でなぎ払われ、消失する。

「なるほどなるほど、自分の『狼』としての特性・・・『攻撃衝動』に『第五元素(エーテル)』で殻を被せた擬似精霊、か。なかなか面白いことをする。『山住(ヤマズミ)』は地方で神格化された白狼だし、『真神(マガミ)』は日本神話の『大口真神(オオクチノマガミ)』という狼神の名だ。よく考えたものだよ。」

一振りで喰い千切られた左腕を補修する悟道。
そのたわ言を聞き流し、武器を『作り上げる』。
イメージは糸。
糸をより合わせ編み上げ、一振りの日本刀を手中に納める。
両手で刺突の構え。走る。
魔術師としての腕は奴の方が上だが、運動能力に関して言えば奴は人並み以下だったはず。
何のために介護の女やって体力つけてきたか思い知るがいいっ!
しかし、奴が目前に迫った瞬間、何かに足を絡めとられ、転倒。
自分自身を刺してしまっては本末転倒なので、一度、日本刀を『第五元素(エーテル)』の糸に分解、ブレスレットの天然石に収納する。
私は、この選択を後から、死ぬほど後悔することになる。

「遅かったじゃないか。」

背後から両手を拘束され、引きずり上げるように立たされる。

「なぁマスター、このちっさいのがマスターの娘の『凛歌』チャン?」

声からして、背後にいるのは男であるらしい。片手で私を拘束し、片手に鞭を持っている。
首を捻って背後を見やると、オレンジがかった赤色が目に付いた。
あぁ、しかし。

「なるほど、天然石を月光浴させていると思ったら、『第五元素(エーテル)』を封入していたのか。そして、それを編み上げることによって武器を生成・・・独学でそこまで至るとは、少々末恐ろしいものがあるな。」

冷静に評した悟道がうっすらと笑んだ。

「私も、お前のように使い魔を持つことにしたのだよ。紹介しよう。アカイトだ。お前の使い魔と同じくKAITOがベースだが、少しカスタマイズしてある。」

自分の大事な恋人と、殆ど同じ顔のパーツ。
獅子の鬣のようなオレンジがかった赤い髪に、同じ色の瞳。
にやにやと笑った口元。
あまりに悪趣味な展開に、眩暈がした。
カスタマイズされているのは色素のみではないらしい。
帯人は少年と青年の狭間ほどの外見だったが、このアカイトとやらは完全に成人した外見をしており、身長もやや高い。
が、だ。
とりあえず今のところ、とる行動はひとつだった。

「誰が『ちっさいの』だ。この駄犬が。」

ごきゃっ、と靴裏に、衝撃。
ぎゃっ、と背後から悲鳴が上がる。
後足で脛を思い切り蹴りつけたのだ。
緩んだ拘束から抜け出し、さらに頭部を蹴るつもりで足を引いた瞬間・・・。

「凛歌っ!?」

思考が停止する。
あれほど、家にいろと言ったのに。

「帯人、逃げろぉっ!」

集中力が削がれる。
その期を逃さず、再びアカイトが私を拘束していた。

「おやおや、流石、お前の使い魔だけのことはある。ここまであっさりと、しかも無意識に結界の内側に入り込むとは。」

心底愉快そうな悟道。
血相を変えてこちらに向かってこようとする帯人。
駄目だ、帯人では、この2人を相手にしても、負けるだけだ。
絶望的な想いが胸を冷やす。
あぁ、これだけは使いたくなかったのに。
だが、帯人を護れないよりは、ずっといい。

「『マルガレーテ』。」

帯人の精神にダイブした際、仕込んでおいた仕掛けを作動させるキィワードを口にする。
仕掛けといってもたいしたものではない。ただ、帯人の深層意識と『約束』しただけだ。
私の声で発されるキィワードを耳にしたとき、ただ一度、解除のキィワードを聞くまで、絶対に指示に従うと。
もしものときのための保険。
要するに、ただ一度の絶対命令権である。

「『逃げろ、あの男の言葉、攻撃、身体、全てから逃げろ。あの男に関わる全てのモノから逃げろ。避けろ、あの男の言葉、攻撃、身体、全てを避けろ。あの男に関わる全てのモノを避けろ。』」

くるり、と背を向けて駆け出す帯人。
あの言葉の縛りなら、帯人の身体能力が追いつく限り、逃げ切ってくれるはずだ。

「良かったのかい?大事な大事な『半身』を手放してしまって。お前も、『私に関わるモノ』だろう?」

「2人とも貴様らの手に落ちるよりは、何千倍も、マシだ。」

それに、打開策は用意してある。
思考をシャッターアウトした状態で胸中で呟き、目の前の悟道の言葉を、鼻で笑い飛ばした。
両手を拘束するアカイトが、背中を丸めるようにしてこちらを覗き込む。
そして・・・。

「なぁマスター。凛歌チャン、俺にくれよ。」

とんでもないことを言い出しやがった。
正気か、こいつは。

「なぁ、いいだろ?気の強い女ってすげぇ好み。だって・・・。」

にやり、と歪められる口元。

「嬲りがいがある。」

次の瞬間、口元に布が押し当てられる。
意識が混濁し、暗転した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 4 『Rosso』

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章4話、『Rosso(ロッソ)』をお送りいたしました。
副題は、『赤色』。
アカイト参戦です。
私の設定では、帯人の眼とアカイトの眼や髪、同じ赤色でも、帯人は血のような深みのあるダークレッド、アカイトは火のようなオレンジがかった明るい赤だと思ってます。
帯人、登場したはいいけど一言しか喋ってなーい・・・。
しかも、登場してすぐに退場・・・。
帯人メインの小説なのに、これって一体・・・。
非常にゴメンナサイですが、これから暫く帯人の出番が減るかと(主にアカイトのせいで)。
苦情はアカイトのほうにお願いいたします(超笑顔)
さて、凛歌が拉致られていますが、これからどうなるのでしょう?
話が変わるけど、次で使う衣装、ゴスロリと拘束服とどっちがいいと思います?

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

閲覧数:270

投稿日:2009/06/07 00:54:49

文字数:3,844文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • アリス・ブラウ

    >髑髏くん様
    コメントありがとうございます。
    拘束服をご所望ですね?
    了解いたしました、それではオーダーどおり拘束服でいきたいと思います。

    >烙斗様
    そうですねぇ、この話の中での体格は、大体そんなものかと。
    アカイトは悟道によってカスタマイズされているので、完全成人体型+長身。
    帯人は、元々KAITOのカラーリングを間違えただけなのでKAITOと殆ど変わらない身長ですが、幽閉されていたせいでやや小さく華奢に。
    帯人とアカイトは見てすぐ判る体格差だけど、帯人とKAITOは並べてみないとわからないくらいがイイ感じかと。
    ついでに、顔つきも帯人はやや幼顔、アカイトは完全に成人の顔です。

    2009/06/08 01:32:26

  • 烙斗

    烙斗

    ご意見・ご感想

    あああアカイト―――!?
    まさかの登場でびっくりです^^^
    体格的に帯人<KAITO<アカイトですかね^^?
    続きが楽しみです><**

    2009/06/07 22:13:55

  • dkbooy

    dkbooy

    ご意見・ご感想

    お邪魔します。

    ゴスロリも捨てがたいですが拘束服がいいです♪


    失礼しました…。

    2009/06/07 00:22:51

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