『ぐりこ』 その5(完結)
9
木陰のベンチにセンパイと二人で座っている。走ったせいで、肺が跳ね回っている。
予想通り、というか、不安的中、というか、結局、公園まで目と鼻の先、というところで降り始めてしまった。
道々に雨宿りできる屋根か店でもあればよかったのだろうけれど、それもなく。結局、公園内の木陰のベンチでしのごうということになってしまったのだ。
手持ちのかばんからハンカチを取り出して、センパイに渡そうとする。髪とか肩のあたりが濡れていて、服のシミになってしまうかもって。
するとセンパイは無言で受け取って、私の髪をふきはじめた。
これは、センパイが先に、なんて言葉もスルーされる。髪に付いた水滴を落として、ワンピースをぬぐって、水を吸ったハンカチを一度しぼりあげてから、今度はワンピのすそを。おまけにあろうことか、
「悪い、公園行こうなんて言わなきゃよかったな」
なんて、センパイに先に謝らせてしまって。
情けなかった。申し訳なかった。
だって、今日はそもそも、進路に悩んだ私の相談に乗ってくれるつもりで、彼は私を誘ってくれたのだ。そんなの迷惑がかかるから、と渋る私のためにわざわざ、
「オレ、洋画好きなんだけどさ、誰もついてきてくんないから、頼むよ。さびしいオレを助けると思って!」
なんて口実まで用意させて。頷く理由を与えてくれて。
それなのに私ときたらなんてザマだろう、と思う。
姫だデートだ恥じらいだ、とひとりで舞いあがって、遅刻までして。
勝手に期待していたほめ言葉を貰えなかったからって勝手に沈んで、アイスをおごらせて。おまけにおなかの調子も悪くして、食事も男の人は全然足りないだろうたこ焼きにしてもらって、さっき走ったせいでクツずれまで本格的になって。
私のために来た先でセンパイは雨にまで降られてしまって。
ホントになんてザマ。
情けない、卑しい、かっこ悪い私。
なに一つ変わっていないではないか。右腕を骨折して、ギプスまでして、今にもわけのわからない泣き声を上げながら海に飛び込んでしまいそうな眼をしていた、センパイに叱られてしまったときの私と、何にも変わらないではないか。
何より、そら見ろ、と思う。
さっきから俯きがちな私の顔を覗き込んだセンパイの眉が、かわいそうなほどに八の字に下がっているではないか。こんなことでは、きっと今にも
「…今日はもう、帰るか。今からオレが近くのコンビニまで行って傘買ってくるからさ」
…こんなことを言わせてしまうのだ。立ちあがらせてしまったのだ。
そんなこと言わないでください、帰ろうなんて聞きたくないです、まだまだお昼すぎじゃないですか、もっと遊びましょうよ。相談にも乗ってくれるって言ったでしょう?
…そう言えたらどんなにいいか。
でも、言えない。言えないどころか、今にも頷こうとしている。わがままを貫き通せずにいる。そして私は、
『ギプスなんかで殴ったらセンパイが痛いだろうから』
はっとして顔を上げた。センパイは急に顔をあげた私に驚いてハンカチを取り落とす。
「ど、どうしたんだ?」
と、ハンカチを拾い、軽くはたきながら問うセンパイにも答えられない。
そうだ、と思う。私はなにも変わっていない。なにひとつ成長していない。一歩たりとも進めてなんかいない。私はまた、カワイソウなジブン、なんてものに酔いしれて雨に冷える肩を包帯で温めようとしている。センパイのことなんかほったらかしにして。
だめだ。
だめだだめだ。
そんなことでは、一切、ひとつも、かけらほども、良いことなんてない。
またエチケット袋を口元に差し出してもらうつもりか。また背中をさすって、楽にしてもらうつもりか。優しく叱って、慰めてもらうつもりか。
そんなんじゃだめだ。だめだだめだ、だめなのだ。
そんなのは、相談に乗ってもらうとか、息抜きに付き合ってもらうとか、そういうレベルとは全くちがう。
寄りかかって、依存して、だっこされて、背中をぽんぽん叩きながらあやしてもらっているだけだ。
私はどうしようもなくガキだった。
アっホっガっキ!
の
クっソっガっキ!
だった。
『ギプスなんかで殴ったらセンパイが痛いだろうから』
ちがうちがうちがう! そんなんじゃだめなのよ!
自分の小さな手に心臓に、言い聞かせる。
酔っぱらっちゃだめ、余計な包帯なんか解いて、地を踏みしめて、きちんと見るべきもの、見たいものに焦点を合わせて。調子っぱずれな乙女センサーを力いっぱい鳴らして、『私はここにいるから』と、精一杯に主張しなきゃ、だめ。
七〇点でも青ノリがついていてもおなかが痛くても妄想だけがワンピみたいにひらひら無責任に舞っていても「大殺界」でも、なんだって!
言わなきゃだめ!絶対に絶対に、そんなのだめ!
進んでるんだって知ってもらわなきゃ、本当は進路に悩んでるなんて嘘だって言わなきゃ、あなたと同じ高校に行きたいんです、そばにいたいんですって。
無骨で無機質なギプスでも、それと同じ色の服を着ていても、その内側にはきちんと血が通っているんです。熱があるんです体重があるんです思いがあるんです。
あなたへのどうしようもない思いが、伝達物質でも妄想でもなんでも使って、私の中を駆け巡っているんです。
一度はボッキリ折れた私でも、センパイのひとことで、立ち直れたんです。
今度こそ、思いっきりその整った横顔を殴り倒してしまいたいんです。私の片思いっていうパンチで、キックで、全力の体当たりで!
この胸の猛毒の代わりに、恋心を吐き出してしまいたいんです。その色を、知ってほしい、気づいて、わかってほしいんです。
キャラメルみたいに単純で、でも甘かったり苦かったり硬かったり柔らかかったり、丸かったり角があったり時には不格好な、その、味を。
ひとつぶだけ、味わって、飲み込んでほしいんです。
そして今度はセンパイが、その胸を焼く狂おしいほどの風味に噎せて、吐きだして欲しいんです。本当は私のことをどう思っているのか。私はセンパイにとっての『何者か』であれるのか。
だから。
だからだから。
それだけだから。
私は言うことにした。
「センパイ、わた、私は―――――――――。
(了)
『ぐりこ』 その5(完結)
ニコニコ動画に投稿した同名の楽曲のイメージ小説です。
・楽曲はこちら→http://www.nicovideo.jp/watch/nm13594425
・歌詞はこちら→http://piapro.jp/content/aczpze6xpqjcs85r
私→ミク
センパイ→KAITO
あたりで置換して頂けると、ピアプロの投稿規約的に健康な作品として成立できるので、よろしくお願いしますw
これでこのシリーズは了となります。読んで下さった方、どうもありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
楽曲のほうもどうぞよろしくお願い申し上げますm(__)m
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