《8月15日》




暑い。 とにかく暑い。 いやむしろ¨熱い¨だろこれ。


10分で焼死体が出来上がりそうな暑さを全力で表現するべく、俺はむせそうな空気を腹一杯に溜め込んで深々とはき出した。


「あっ………ちぃ…」


応えるように隣で『チリンッ』と鈴が鳴る。


「今年の最高気温 更新したってニュースでやってたよ」


「んな、ちっとも喜ばしくない情報はいらん」


すぱっと返すと、君はぷう、と頬を膨らませた。


「なによー。 風にあたりたいなら、漕げばいいじゃない、ブランコ。 立ち漕ぎしてひゃっほーいって」


ひゃっほーいてwwww

どこの小学生だっつの。


「あのー、そもそもなんで俺らは陽当たり抜群のブランコなんかに座ってるんでしょうか」


当たり前に浮かぶ疑問を至極真面目な顔で問うと、君は探偵きどりなのか、渋いニヒルな微笑みを浮かべながら足を組んだ。

膝に乗っていた黒猫が、急な揺れに慌てて逃げようとする。 立ち上がりかけた黒猫の頭を君がゆっくりと撫でると、黒猫は不機嫌そうに1度鼻を鳴らしてまた丸まった。

猫は気ままだと言うが、やっぱり飼い主にはある程度従順みたいだな。


「うーん、それは今どきベンチもない公園のせいじゃないのかなぁ。 木陰もいい具合に砂ばっかだし。 服汚したくないもん」


たしかに今日の君は、白のTシャツに黒いキャミワンピースと、黄色っぽい砂の上に座れば確実に後が残りそうな服装だ。


「………だったら、俺の家かオマエのとこで会えば良かったんじゃないの?
わざわざこんなところに呼び出さなくてもさぁ……」


軽く言っただけなのに、君は真剣に怒った表情になった。


「ダメ。 こんな時期には暑さにやられた人とかが、強盗とか放火とかしちゃったりするんだから。 ここなら人通りも多いから安心じゃない」


「どんな理屈だよ」


笑い飛ばした俺を軽く睨んで、君はため息をつく。

古びたブランコがキィ…と寂しげな音を出した。



「………暑いとイライラしてやだね~」


「それには激しく同意する。 祭りとか海開きがあるのは嬉しいけど」


誰かさんの浴衣姿とか水着姿とかみれるs((黙れ


「どうせ女の子の浴衣姿とか水着姿が見れるからでしょ」


お見通しだと言わんばかりのニヤけた笑いがムカつく。


「………まぁ、俺も健全な中二男子だし」


思いついた言葉は、なんだか言い訳がましかった。


『幼なじみ』というポジションは色々と面倒だ。


情けないところや弱みを色々知られているから、下手に格好つけても逆効果だし。


くそ、オマエがボロ出したときは思いっきりからかってやるからな………。


逆ギレなんだかよくわからない思考が頭をぐるぐる回る。


やべ………、なんかくらくらしてきたかも。


俺が額を押さえてると、隣にいる君がぽつりと言った。



「でも まあ、夏は嫌いかな」



言葉の雰囲気が変わったように思えて隣を見ると、君は眉間にシワを寄せて、見たこともない暗い顔をしていた。


どうしたんだ………?


まじまじと見つめる視線に気づいたのか、君がこちらを見てへにゃっとした笑みを浮かべた。


「ん、どしたの?」


先ほどの面影は微塵もない。

気のせい、か。


「や、暑いとこに呼び出したのは自分のくせに、ふてぶてしいやつだなぁ……と」


なんとか誤魔化すように言うと、君は眉尻をあげて立ち上がった。 ちゃっかり黒猫は抱きしめたままだったりする。 どんな名前だったっけ、この猫。


おいおい放してやれよ、じたばたしてんぞ。


「ひっどーい!可愛い女の子に向かってふてぶてしいとかっ」


「その発言がふてぶてしいだろ。 自分のこと可愛いとかww」


まあ実際はその通りなんだが。


俺の前で仁王立ちになった君がまん丸の目をつり上げて見下ろしてくるが、まったくもって怖くない。



ブランコから降りてパーカーのポケットに入れていたスマホを見ると、もう12時半だった。


「もう半だし、昼飯にしない?」


「…………………。」


「おい」


「…………………。」


「…………………。」


「…………………。」


一瞬たりとも目を離さずガン見してくる君。


こりゃ、意地になってるな……。


にらめっこにつき合ってもいいが、俺も健全男子だ。 変な気が起こってもなんだから、早々に折れることにする。


「わかった、わーかった。 好きなもの奢るから許せよ、なっ」


「む~~………。 可愛いってとこは否定したままなんだ?」


君の髪を少し乱暴に撫でる。

なんかしてみたくなった。 けど、照れくさい。


「わかれ バカ」


もう一度ぐしゃっとしてから、手を離す。


君は不満げな顔で髪型を直したあと、「ま、いっか。パフェ奢ってね」と言って笑った。 文字通り現金なヤツ。


「はいはい。んじゃ、駅前の店にでも…――



行くか」を言う前に、君の驚いた声が響く。


「あっ!」


黒猫が『付き合ってられん』と言うように身をねじって逃げ出した。 その後を君は追いかける。


「ほっとけば? いい加減猫も疲れただろうし」


腕をくんで呆れた声音を出すが、君は真剣そのものといった目付きで猫を捕まえようとする。


猫は小走りで、わざわざ君の手をすり抜けるように動いた。


「遊ばれてんぞ、オマエ………」


いっそ哀れになってくる。 見てる分には面白い。


けれど彼らがゆっくりと進んでいく先を見て、少し焦った。


公園から抜けたところには、1mほどの細い歩道を挟んですぐに信号機がある。 幸い見たところ車の影はないが、今は青信号が瞬いてる途中だった。



猫に夢中で飛び出したりしないだろうな………



嫌な予感がした。


足が勝手に動き出す。


1言、注意を呼びかければそれでよかった。


車なんて止まってないんだから、危ないことはない。


なのに、呼吸が浅くなる。心臓が跳ね上がる。


いますぐ、君を引き寄せたい。



俺が走る気配に驚いたのか、猫が1直線に走り出す。



横断歩道に、向かって。



君は追いかける。



引き留めたいのに、体が思うように動かない。



熱い空気が。


病気になりそうな日差しが。


耳障りな蝉の声が。


全方面から俺を押し潰そうとするような圧力を感じる。



それでも、気づけば君まで後 数メートルというところまで近づいた。


声を出そうと口を開く。


ああ、蝉が五月蝿いなぁ。


そして気づく。蝉の声に紛れて近づいてくる、圧倒的な暴力の音。



ここに来る。





ほら、





もう、










すぐそこに。













「――っ行くなぁーーーーーーー!!!!」






―――――――――ッ






振り向いた君がいたのは







白と黒の、ラインの上。










信号機は、赤に変わっていた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。










凄まじい音がした、はずだった。




けれど世界に音は無くて。







明らかに法定速度を無視して現れたトラックが、君を引きずる。



地面に朱のラインが書き足されて、キラキラと光っていた。




放心状態の脳みそが認識した映像には、7mほど先で倒れる真っ赤な君と、そのはるか先で電柱に激突したトラックが写る。




そこで意識は真っ白になり。




次に気がつくと、しゃがみこんだ俺の腕にはぐったりとする君がいた。




赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、赤い、あれ、俺コイツにこんなに接近したことあったっけ?甘ったるい香りがするきっと君の香り血は鉄臭い色も香りも混ざるぐちゃぐちゃに引っ掻き回されて





「グッ!…ウ……エェ」



むせかえる。





思わず口を手で覆った。

手に付いた赤が、頬にうつる。





俺の手が赤い。

服も赤い。

君は口から赤いものを出している。

止めなくちゃどうやって包帯なんてない病院………



「だ………れか、助けて!コイツが。き、救急車」


集まってきた野次馬の一人が「もう呼んである。少し落ち着いて」と言った。



落ち着け?なんで落ち着いていられるんだっ!こんなに血を流しているのに……


君は痛がる素振りを見せない。ピクリとも動かない。


気を失っているんだ。

そう、その方がいい。

意識があっても苦しむだけだろうから。



「まだ、来ないの……?」

唸るように回りに問うけれど、誰も答えなかった。





「可哀想だけど、この子はもう……」

小さい声が、耳に届く。






うそ、だ。





どうしようもなく高ぶった感情の激流が溢れ出す。


「ッ――――――――――――!!」


音もなく叫んだ。

そのとき。






「嘘じゃないぞ」






嗤(わら)いを含んだ言葉が、確かに聞こえた。




俺は目を見開き、呆然と野次馬の向こうにあるひしゃげたカーブミラーに目を移した。




かすかに写る、人々の後ろ姿。




そこに紛れ込む、フードを被った黒い影。




あいつ、だ




そいつはクルリと振り返り、カーブミラー越しに手を振ってきた。


口を動かして何かを言っている。




そして

フッと人ごみのなかに消えてしまった。



「待っっ!」



喉がつまって声がでない。



熱い空気眩しい日差し蝉の声跳ねたトラック人の声君の息撒き散らされた血汚れた俺……



確かめることが多すぎる。

もうやめて。こんなのはただの夢だろう?



歪んでいく世界に、目が眩む。







これは、始まりに過ぎかったのだと気づくのは後のこと。



君との、実によくある夏の日のはじまり。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

繰り返した夏の日の向こう 2

やっと、曲に入れた………

続きます。 更新日は未定です。

閲覧数:246

投稿日:2012/01/09 00:38:49

文字数:4,177文字

カテゴリ:小説

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  • 姉音香凛

    姉音香凛

    ご意見・ご感想

    続きキター!!!((落ち着け
    ゆず・・・神か。
    その文才をぜひあたしn((ぇ

    リンレンとか、カイミクもありか・・・とか想像しながらメッセージ打ちこんでたww

    2012/01/08 11:32:39

    • ゆず玉

      ゆず玉


      いえいえ、ただの凡j((略

      PV 見てくれたぁ♪ ほんとにいいよねっww
      プロの犯行だよホント

      実はこれは第2稿で、第1稿は「俺」がやたら「君」にデレてしまったという……
      キャラが暴走すると話が進まんwwww
      小説は難しいね(^_^;)

      リンレン、カイミクかぁ……
      それもいいな(*^^*)
      リメイクver 楽しみに待ってますwwwwww

      2012/01/09 02:25:35

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