「はぁ……。」
その盛大な溜息が、沈黙の薄暗い病室を満たした。
「どうしたんだ?溜息なんてついて?」
窓際に立って煙草を吸っていたデルは、そのまま傍らのベッドに向き直った。
そこには溜息をついた女性、弱音ハクがその上半身だけを起こして、何やらうつむいていた。
「ううん、なんでもないよ……」
「何でもないってことはないだろう。お前、ここ最近溜息つきすぎだぞ。疲れてるなら、寝たほうがいいんじゃないか?」
「別に疲れてるってわけじゃないよ……。ただ、ちょっと……。」
「ちょっと……なんだ?」
「私ね、もうすぐ死ぬの……。」
「はぁ!?」
デルは思わず大きな声をあげてしまった。病室は個人部屋とは言え、音を立てるものは何もない。デルの声がよく響き渡った。
「私、この間カイト先生から言われたの。もうそんなに長くはないだろうって……。私も、こんな弱い身体じゃいつか死んでしまう、って覚悟してたつもりだけど、改めて言われちゃうとやっぱりショックでさ……。」
「そんな事、いつまでも頭の中にとどめてるんじゃねえよ!希望を持っていれば必ず生きられるから!!」
「でも……。私の病気も治るどころか、ずっと進行しているみたいだし……。」
「だから!!病気の進行具合がどうのこうのとか、寿命がどうだとか、そんな暗いことなんて考えずに、もっと楽しい事を考えろっつーの!!」
デルはハクに向って熱心に怒鳴った。
「で、でも……」
「ハクには望みとかないのか?例えば何か欲しい物とか?買えるものでなら買ってやるけど。」
「そ、そんな、デルに悪いよ。それに欲しいものなんて、もう何も……。」
「そっか……。じゃあ他に、何か望みはないのか?」
「ううん、無い。……あ、でも、雪が見てみたいかもなぁ。」
「雪?」
「うん。ここのとこ地球温暖化で全く雪が降らないからね……。一昨年の冬も、去年の冬も、そして今年の冬も結局雪は降らなかった。この分じゃあ来年に期待するしかないかな…?でもそれまでに私が生きていられるか分からないけどね……。」
「今年だって、まだ寒い日が続いているし、もしかしたら降る可能性はあるかもしれないじゃないか?」
そういうと、ハクは力なくクスッと笑った。
「と言っても、もう三月だよ?降るわけないじゃない。」
「……そ、それはそうだな。」
デルもこればかりは否定できなかった。今日は三月八日。
三月になってしまえば暖かい日は増えてくるし、気温も上がってくる。
ちなみに今の天気は、外には雲一つもなく青々とした空が広がっている。デルは眩しいくらいに窓からさしこむ太陽の光を見て、溜息をついた。
そんなデルを見て、ハクは言った。
「ね?現実を知って絶望するくらいなら、最初から希望なんて持たないほうがいい。そうでしょ?」
「…………。」
反論する言葉も見つからない。デルは無言でその病室を出た。
出た途端、デルはもう一度深く溜息をついた。
「ったく……、何でいつもあいつはネガティブ思考なんだか……。」
そんな独り言を呟いてふと廊下を見渡すと、丁度ハクの担当医師がこちらの病室に向かって歩いてくるのが見えた。
「あ、カイト先生」
「おや、デルさん。どうしました?」
白い白衣に青い髪、眼鏡のフレームも青、そして首にマフラーをつけているその男性が、紛れもなくハクの担当医師だった。
「ハクの身体は……、本当にもうそんなに長くないんでしょうか?」
デルにそう聞かれ、カイトは少し戸惑ったようだったが、やがて眼鏡を少し正して言った。
「はい……。ハクさんの身体はもう……、いつ死んでしまってもおかしくない身体なんです。ちょっとした精神的ショック受けただけで死んでしまうかもしれない、と言っても過言ではありません……。」
「なんとか!なんとか手術で治せないんですか!?」
そう言うと、カイトは残念そうに首を振った。
「それで病気を治せれば、とっくにしていますよ……。ハクさんの病気は既に末期状態で、もう手を出すにも出せないんです……。本当に残念なんですが……。」
「そ、そうですか……。」
「彼女の寿命も本当に長くはありません。長くてももう今月中には……。」
今月中、つまり3月中にはもうハクは……。
いや、駄目だ!そんな考えを持ったら絶望的になってしまう!!
「どうにか1秒でも、ハクの寿命を延ばす方法はないんですか!?」
するとカイトは、考え込むようにしてこう言った。
「まぁ……、まずは彼女の精神を正常に保ってあげてください。寿命の迫った者は、心の奥ではいつも死に怯えているはずなんです。その時、誰か少しでもその恐怖を和らげさせてあげれば、少しは寿命も延びるかもしれません……。『病は気から』ともいいますしね。それが全く効かない場合はまず無いと思います。」
「そ、そうですか……。」
そこで話が途切れ、二人の間に長い沈黙が訪れた。
そしてその沈黙を破ったのはカイトだった。
「……あっと、そうだった。ハクさんに用事があってここに来たんでした。では失礼……。」
右手に持ったカルテらしきものを見ると、カイトはハクの病室へと入って行った……。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想