乾いた衝撃音が空気中を伝い、頬に触れる。
衝撃音の発信源は鋭利に研ぎ澄まされた鉛の塊。
それが空間を、音の壁を突き破り衝撃波を撒き散らしながら鼻先を掠めていく。
刹那的な時間、1秒にも0.1秒にも満たない、本物の刹那。その瞬間が俺の眼に像として映し出されていく。
眼前の弾丸が、弾丸が・・・・・・。
見える・・・・・・。
「隠れろ!」
「!」
男の声で俺は我に帰った。
即座に手前の鉄柱に身を隠した。
そうだ。俺の命を奪おうと発射された弾丸が目の前に映し出された時、俺は完全に放心状態だった。
こんなことは今までになかった。訓練では。
ならば、これが実戦か。
「何をしている!お前も応戦しろ!!」
反対側の鉄柱に隠れた男が、手にした銃を撃ちながら叫んだ。
「分かってる。」
俺は鉄柱から銃口と視線だけを覗かせ、こちらへ発砲してくる敵兵に向け引き金を引いた。
その瞬間、瞬間的なリコイルの反動が波紋となって腕に広がっていった。
同時に照準の先で血液が噴出していた。
反動が軽い。
こんなに反動が無い銃は初めて手にした。
まるで玩具の空気銃を撃っているようだ。
まだ敵はいる。
俺は襲い掛かる弾丸を避け、銃撃の合い間に発砲した。
一人、二人と、面白い程簡単に死んでいく。
そして最後の一人が血溜まりに沈んだ。
「終わったか?」
レーダーを確認すると、未だノイズに塗りつぶされたままだ。
「いや・・・・・・まだ来る!」
俺と男は鉄柱かに隠れるのをやめ、走り出した。
ちらと部屋を見渡すと、細長く休憩所やソファーが見て取れた。
ここはまだ重要な場所じゃない。行く先は地下だ。
「ここには人質はいない!奥へ!奥へ進むんだ!!エレベーターに行くんだ!」
俺は男に叫んだ。
「分かった!」
そのとき、新たな弾丸が俺と男を襲った。
俺は休憩所の自動販売機に身を隠し、男が向こう側に見えるトイレの角で銃撃をやり過ごし、反撃を加えた。
一人、また一人と俺は的確に急所を打ち抜いた。
「?!」
一人の敵兵を打ち抜いた瞬間、急に引き金の感触が無くなった。
見るとコックレバーが後ろに後退したまま、いくら引き金を引いても手ごたえが無い。
弾切れか・・・・・・!
こんなところで!!
それに気付いた男が、俺に黒い何かを投げた。
「受け取れ!!弾だ!!!」
それは、銃のマガジンだった。
「礼を言う!!」
俺は空になったマガジンを棄て、受け取った新たなマガジンをグリップに差し込んだ。
その瞬間コックレバーが自動的に押し下がった。
よし!
「今だ!行くぞ!!」
男が叫ぶと同時に、俺達は更に走った。
そして遂に、十メートル先にエレベーターの扉が見えた。
「乗り込むんだ!」
「ああ!」
だが次の瞬間、エレベーターの扉が左右に開かれ中からスプリッター迷彩の敵兵士三人がこちらに銃口を向けていた。
さっきから・・・・・・倒しても倒しても・・・・・・。
沸いて出てきやがって・・・・・・!!
「もう沢山だ!!」
「いい加減にしろ!!」
俺は男と怒りに満ちた怒号を放ち、隠れることすらやめてエレベーター中目がけて引き金を引き続けた。
先手を打った俺達の弾丸になす術も無く、兵士達は無数の弾丸に貫かれて絶命した。
遂に襲い掛かる弾丸が途絶え辺りを静寂が包んだとき、疲れきった様に俺の肩から力が抜けた。
ふとレーダーを見ると、ノイズが消え去り通常通り建物の構造が表示されている。
「終わった・・・・・・のか・・・・・・?」
「ああ・・・・・・ひとまずな。」
短い会話の内に、俺はようやく敵の攻撃を振り切ったことを理解した。
どうにか自分の命を護り任務を続行することが出来る。
緊張が失せたためか、俺は大きくため息を吐き、銃をホルスターにしまった。
俺と男は、扉が開かれたエレベーターの前まで進み出た。
そのとき、何気なく来た道を振り返ると、そこには見たことも無い光景が広がっていた。
地獄があるのだ。
赤い鮮血が壁や床に不気味な、それは植物のような何かを描き、その中に絶命した兵士達の死体が散乱していた。
血、死体、床、壁、いずれも赤い。
それは、俺の知識の中にある、地獄だった。
地上で罪を犯した人間が、死後、永遠の苦痛でその罪を償う、地獄。
そこでは、死ぬことすら出来ない罪人が途絶えることのない責め苦で血を流し続けるため、その世界は、赤く染め上げられていると言う。
そして、それは目の前にある。
この地獄を築いたのは、俺。
この凄惨な地獄を作り上げたのが、俺?
「・・・・・・・・・・・・。」
「おいどうした?」
肩を男に軽く叩かれて、ふと我に返った。
「・・・・・・いや、なんでもない。」
「人を殺したのは初めてか?」
「!」
・・・・・・・?!
思いがけない言葉をかけられ、俺は男のゴーグルを見つめたまま何も言い返せなくなっていた。
こんな言葉に、どう言葉をいいんだ。
人を・・・・・・殺した。
「ああ。」
俺は一言返事をするしかなかった。
自分に何か妙なものを覚えていた。
人を殺しても、何も感じないのか・・・・・・と。
例え重大な犯罪の一員であろうが、俺を殺そうと銃を撃とうが、俺は彼らを殺害したと同時に、彼らの全てを奪った。
彼らには彼らなりに、大切な何かがあったり、また彼らも誰かに大切にされてきたこともあるかもしれない。
またどこかで、彼らの帰りを待つ者がいるかもしれない。
それを考えると、俺はどうも殺人を正当化する理由は無いように思えた。
だが、今まさに俺は大勢の人間を殺害したのだ。
にも拘らず、俺は、それに関して全く無関心になっていた。
何も、感じない。
・・・・・・。
なるほど・・・・・・。
「VR訓練では見慣れた光景だろう。お前も随分人を撃つことに慣れているな。」
「違う。」
俺は地獄を見つめながら、答えた。
「・・・・・・。」
慣れてなどいない。ただ、それだけだ。
「・・・・・・さてと。俺は今から通信練に向かうが、お前はどうする。」
男は話を切り替えるように言った。
「先に行ってくれ。俺は少しこのフロアを探索する。」
「・・・・・・分かった。先に行く。」
男は俺に背を向けエレベーターに乗り込もうとした。たが、一度立ち止まった。
「そう言えば、まだお前の名前を訊いてなかったな。」
背を向けたまま、男が言った。
「・・・・・・デルだ。」
「ふむ・・・・・・∂(デル)か・・・・・・いい響きだ・・・・・・。」
俺の名に何を感じたのか、男は虚空を見上げながら俺の名を繰り返した。まるで俺の言葉の意味を吟味するかのように。
「ただのコードネームだ。あんたは。」
「俺か。俺のコードネームは、シックス。」
「シックス・・・・・・。」
何故か、その言葉をどこかで耳にしたような気がしてならない。
「特に意味は無い。」
「・・・・・・そうか。」
「それともう一つ言い忘れていたが、俺には人質の救出と極秘データ回収の他にもう一つ任務を負かされていてな。」
「まだ何かあるのか?」
「テロリストが、クリプトンが所有していたアンドロイドを奪取したらしく、俺はそれの捜索も行っている。」
アンドロイド・・・・・・。
「もしかしたら、この施設のどこかに隠されているかもしれない。だからもしお前がそれを見つけたら、俺に連絡をよこしてほしい。無線の周波数は、179.22だ。」
男の言葉には、どこかもの悲しさが感じられた。
初めて、この男が感情のこもった言葉を発したのだ。
「・・・・・・分かった。」
「そのアンドロイドだが、一つ特徴がある。」
「?」
「赤い髪をしている。」
「赤い髪?」
「そうだ。とても美しい、赤い髪だ・・・・・・。」
その言葉だけが、理解できなかった。
赤い、髪・・・・・・。
どういうことだ?
「じゃあ、頼んだぞ。」
それだけを言い残して、男がエレベーターの中に乗り込むとすぐにその姿は扉に遮られた。
静寂の室内にただ、エレベーターの作動音が響くのみだった。
取り残された俺は、無意識に敵の死体から9ミリ拳銃の弾丸だけを奪い取り、マガジンに詰めた。
それが終わると同時に、あの男、シックスを乗せていったエレベーターが到着し、俺を誘い込むように扉を開かせていた。
俺はもう一度振り返ってからエレベーターに乗り込み、そして、無線で少佐を呼び出した。
「・・・・・・まったく。何だこのザマは。・・・お前、まだ息があるな。」
「うぅ・・・・・・。」
「おい!何だこれは!!一人の人間と一体のアンドロイドぐらいで何をてこずっている!!」
「す・・・・・・・すみま・・・せん・・・・・・。」
「この役立たずが!!」
「がぁっ!!」
「ちっ・・・・・・・・・・・・ボス。例の二人が地下に行きました。追いましょうか。」
『・・・・・・構わん。まだ泳がせておけ。全てを伝えてから殺しても遅くは無い。だが、可能な限り捕えることを優先しろ。』
「・・・・・・分かりました。」
『我々は既にそこへ向かっている。お前もすぐに出発出来るように準備しておけ。』
「はい。」
『あの二人と他のネズミはお前に任せる。彼女を使っても構わん。だが、博貴の身の安全は十分に確保しろ。』
「はい。」
『例のプログラムだけはすぐにでも持ち出せるようにしておけ。あれなしで我々の自由は叶わん。』
「はい。重々理解しております。」
『・・・・・・頼んだぞ。』
「ええ・・・・・・仰せの通りに・・・・・・ボス。』
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