二人の姿を見つける事が出来なかったので、リリィは仕方なく家に帰った。
帰宅してからもリリィは先程見た光景の事ばかりを考えていた。というか、それしか思い浮かばない。
あの女子は誰だろう。どうして並んで歩いていたんだろう。あの女子と神威の関係は?と次々に疑問が頭の中をループしているのである。
家に帰ってからは歌詞の続きを書こうと思っていたが、今は到底無理だ。
雑念ばかりが頭に浮かんで、歌詞どころではない。集中できない。

この雑念を解決するには当の本人に聞けば済む事で、携帯を使って連絡をとればいいのだが、生憎それは出来なかった。
既に何度か電話をかけたのだが、何回コールしても電話に出ないのである。虚しくコール音が響くだけで、彼の声は聞く事が出来なかった。
明日学校で会うのだから、そこで聞けばいいとは思うが、それまでの間は悶々とこの押し寄せる感情を耐え続けねばならないのか。そう考えると苦しくなった。
今すぐにでも彼に聞きたい。出来れば会って話したい。何故か嫌な予感がするから。

さっきの女子は、神威の彼女だろうか。最悪の線で考えていけば、そういう事もあるのかもしれない。なら自分は一体何なのだ?もしかして、遊ばれていた?
まさか……。いやだ、いやだ、そんな事考えたくない。だって、あの彼が?
神威は、初のデートで緊張していた自分を、リードしてくれた。そして夜遅くになると、家まで送ってくれた。
そんな優しい彼が、浮気なんて。
彼の表情、動作、言葉、全てが演技だった?そんな……そんなこと考えたくない。それに思えない。
客観的に見ても、自分達は本物の恋人同士に見えたはずだ。
そうだ。本物の恋人同士だ。それ以外には考えたくない。神威もあの女子とは何でもないんだ。ただの友達同士だ。
無理矢理自分にそういい聞かせるが、効果はなかった。
結局その日は神威からの連絡はなく、一晩悶々としたまま朝を迎える事になった。


・・・。


・・・・・・。


「……ん」

いつの間にか眠ってしまっていた。

ピピピピピ……と、いつの間にか傍らで目覚まし時計が鳴っている。
それが鳴り始めてから、もう大分経っていたが、リリィはその事に気づかなかった。
五分ほど経ってからやがてリリィの右手が携帯に伸び、朦朧とした意識の中で、それを止める。
眠い目を擦って、ようやく目覚まし時計を見た瞬間に、リリィの目は覚めた。

「は、八時四十分!?」

遅刻だ。それも大幅な遅刻だ。今更どう頑張っても間に合う時間じゃない。
ギリギリ間に合うか間に合わないかの時間なら、それは確かに焦る。
しかし大幅な遅刻なら、どう足掻いても無理だと分かっているから、逆に余裕も少しばかり生まれてきたりするものだが、遅刻をした事がなかったリリィにとっては、そんな余裕は生まれなかった。
生まれてくるのは焦燥感ばかり。けれど焦っていたって仕方ない。
とりあえずは支度をしなくては。学校の支度を……。
急いで制服に着替える。朝食なんて食べている暇はなかった。着替えると、リリィはそのままスクールバッグを持って家を出た。髪を手入れする時間さえもなくて、ぼさぼさな髪のままで。

「ああ、もう」

せめて二十分で到着すればいいところだが。それでも遅刻は遅刻だ。
焦りながら自転車をこぐ。もっと早く進まないものかとイライラしながら自転車をこいだ。
ここからだと多分二十分では辿り着かない。それでも懸命に走った。
やがて着いた時には、時計は九時十分を回っていて、授業も半分を通り過ぎた頃だった。
なんとか教室の前まで辿り着いた。けれど、教室のドアを開けるのには抵抗があった。
中では皆が授業をしている時に、教室のドアが開くと、一瞬その場の空気が固まるはずだ。
平気で遅刻してくる常習犯はそれに慣れているのだろうが、リリィにはその経験がなかった。
しかしこうして突っ立っていても仕方がない。もうここまで来たのだ。開けるしかない。
重い気分のまま、リリィは教室のドアを開けた。
開けた瞬間に、やはり皆の視線が突き刺さるのを感じた。誰しも、意外そうな目で自分を見ていた。
先生さえもが、私を見た瞬間、驚きの表情を隠さずにはいられなかったようだ。

「……すみません、遅れました」
「お、おう、おはよう。どうした、リリィが遅刻するなんて」
「寝坊です。すみません」

か細い声で謝る。目は合わせられずに、下を向いたまま。
皆の目がこちらに向けられているので、どこに目をやっていいか分からなかったからだ。
それに恥ずかさのせいもあった。
ワイシャツは汗で滲んでいたが、それにじっと我慢した。

「……そうか、わかった。じゃあ、座りな」
「はい」

先生はそれ以上深く追求しなかった。
いつも遅刻しない生徒が遅刻するなんて、何かあるだろうと誰しもが思う。先生もそう思っていたはずだ。
けれどあえて追及しなかったのは、先生なりの優しさだろう。
運よく、一時間目は数学で、担当の氷山先生は温和な性格だった。
よかった。これがほかの先生だとねちっこく聞いてくる事だろう。

「リリィ、どうしたの。何かあったの?」

席に着くと、後ろの席のリンが声をかけてきた。

「ううん、別に、なんでもないよ」

本当は、昨日一晩中考えごとをしていたからほとんど眠れなかったのだが。
考え事というのはもちろん、昨日、電車の中から目撃したあの女子と神威の事だ。ずっとずっと、ベッドの上でそれだけを考えていた。
リリィはそれを悟られぬよう、努めて笑顔を取り繕ったつもりだったが、リンは訝しげにリリィを見つめる。
中学校から一緒の彼女には、嘘は通用しないようだった。

「絶対何かあったでしょ。自分の顔見てみ」

そう言って、リンは鏡を取り出し、こちらに向けた。そこに自分の顔が映し出される。
あぁ、なるほど、確かにこれは酷い。
目のあたりに、クマが広がっていた。寝不足の証拠がくっきりと表れていた。
そして思った通りで、髪はぼさぼさ。これじゃあさすがに何かあったと思われても仕方がない。

「彼氏と何かあったとか?喧嘩でもしたの」
「そんな事してないよ」
「でもなんかリリィ、辛そうだよ」
「いや、大丈夫だから。私は今日も元気だよ」

リリィはそう言ってほほ笑んだ。本当は、元気というのには遠かったが。
彼らの事が頭から離れなくて、無理に明るくふるまおうとしても、空元気さえ出てこない。
やっぱり、あれは私の見間違いだったのだろう。そうであってほしい。
あれは女子じゃなくて実は女子によく似た少年だったんだ。いわゆる男の娘みたいなものだ。
そうだ、そうに違いない。絶対そうだ。
そうでなかったとしたら、多分彼の妹か姉だ。手をつなぐなんて、少し嫉妬しちゃうな。

「……はぁ」

思わずため息が漏れる。私は一体何を考えているのだろうと、自己嫌悪に陥る。
一種の現実逃避じゃないのか、今の自分が考えているのは。
いや、だってそう言うこともあり得るはずだ。その光景を見たのは一瞬なのだから、見間違いがあったって仕方ない。
神威を見間違える事はなかったが、片方の女子らしき人物は分からない。
姉だとかもしくは妹だったとか、そう考えたっておかしくない。
まぁ、彼に聞けば全部すむ分かる事だ。この授業が終わったら、すぐにでも聞きに行こう。
彼の席をリリィは見た。教室の入り口に近い廊下側の席が、彼の席だ。
ところが、その場所を見ても、彼はそこにいなかった。ぽつりと、そこに寂しく机と椅子だけが置かれている。

「神威は?」

思わず、リンに聞いてみる。
だがリンも首をかしげるばかりで、分からないみたいだった。

「あぁ、朝から来てないよ。……ね、やっぱなんかあったんでしょ」

リンは興味津津な素振りで問いかけるが、リリィにはリンの言葉は耳に入らなかった。
昨日から考え事ばかりで、パンクしそうな脳を懸命に働かす。
真面目な彼が欠席するなんて珍しかった。風邪でも引いたんだろうか。いや、それとも……。
自然原理のように、また昨日の光景が浮かぶ。
もしかして、あの人物と彼がやっぱり関係あるのだろうか?彼は今どこで何をしているのだろうか。
疑問ばかりが浮かんで、それらは結局一つも解決はしないまま、延々と循環するばかりだ。
事態は全く進展しない。
結局、一時間目の授業は全く耳に入らずに、終わってしまった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

セルフ・インタレスト 7 (♯2)

誤字脱字、ストーリーの矛盾点などありましたら教えていただけると助かります……。

閲覧数:55

投稿日:2012/08/05 15:26:25

文字数:3,454文字

カテゴリ:小説

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