10年前――。

場所は、学校の教室だった。
時間は、もう放課後の事だった。


「未来はいつだって濃霧に包まれていて、先を見通す事なんて出来ない。未来がどれだけ残酷なものだとしても、来るべき時が来たら人はそれを受け入れなければならない。後戻りはもちろん、立ち止まる事も出来ない。ただひたすら、地道に一歩ずつ進むだけ。まるで将棋の歩兵みたいに……。って、ちょっとデルさん、聞いてます?」

椅子に座ったルカが、仏教の教えでも説く坊さんみたいに指を立てて喋っていたが、デルが真面目に聞いていないのを見ると、途端に不満げな表情になる。

「あぁ、聞いてんよ。歩兵より飛車の方がずば抜けて飛べるからいいよな」
「いや、そう言う事を話してるんじゃなくって。てか、学校にゲームもって来ちゃダメじゃないですか」

一つ思い出すと、また一つ、ぽつぽつと連鎖のように思い出していく。
あの時の自分は、将来の事など全く考えてなかった。ただ無駄に、毎日を過ごしていたんだ。

「っせーな、今、レックス相手してんだから邪魔すんな」
「それ、G級ですか?」
「あ?まだ下位だけど。こいつ強えから全然先に進めねぇんだ」
「……よわっ」

ルカがあざ笑うように呟く。
それには、冷めた軽蔑の念もこもっていた。

「な、何だと!?」
「ちょっと、装備とアイテム全部見せてください」
「え、おいちょっと」

ルカは俺のゲーム機を勝手にひょいと取り上げると、画面をまじまじと眺めながら言う。

「んー、武器は大剣ですか。ティガはすばしっこいから、これは向きませんよ。初心者なら、ガンナーの方をお勧めします」
「な、なるほど。あー、でもボウガンとか弓とか普段使わないからなぁ……って、お前このゲーム知ってるのか?」
「……まぁ、少しだけ。あと、ティガにはシビレ罠よりも閃光玉とか落とし穴の方が……」

これはどっちかというと、あまり女子に向くゲームではないのだ。
出てくるモンスターと戦って狩ると言う、いかにも闘争本能の沸き起こりそうな、男子向けのゲームだからだ。

それを何故、ルカは知っているのだろう。
もしかして、やっているんだろうか。

そんな風に思いながらまじまじと説明を続けるルカを見つめていると、その視線にルカが気付いた。
そして思っている事も伝わったのだろうか、途端に顔を赤らめる。

「か、勘違いしないでくださいよ?私がやってるわけじゃなくて、兄がやってるんです、このゲーム。で、それを見ているうちに私も自然と覚えちゃって。ただそれだけですから!私自身は全くこんなものに興味はないわけで――」
「お前、嘘分かりやすすぎ。へぇ、お前もこういうのやるんだ」 

そういうと、ルカの顔は更に赤みを増した。

「だから違いますって!……えー……あのー、えーっと、ちょっと急用思い出しちゃったんで、私帰ります!また明日!」

ダッ。

「ちょ、それ俺のP○P!!」

スタタタター……。

自分の言葉も言い終えないうちに、ルカは教室から出て行ってしまった。デルのゲーム機を持ったまま。

慌てて教室を出て、辺りを確認してみるともうそこにルカの姿はない。
余程慌てているように見えた。

ルカにしては珍しい。あんなに慌てるなんて。それほど、あのゲームをやっている事を知られたくないのだろうか。別に隠さなくてもいい事だろうに。
……まぁ、いつもお嬢様の気品を漂わせているルカがあのゲームをやると言うのは、確かに凄いギャップではあるけど。

てか俺のP○P返せよオイ。


ルカが教室を出て行ったので、教室にはもうデルしか残っていない。
ゲーム機もルカとともに姿を消してしまった。

それだから、自然とやることもなくなってしまう。仕方なく家に帰ろうとカバンを持とうとした時。

ガタン、と、隣のクラスで何かが倒れるような音がした。

それが普通より何か大きい音だったから少し驚く。椅子が倒れたくらいならあんなに大きな音はしないはずだ。
ルカが慌て過ぎて壁にでもぶつかったのだろうか。いや、それでもあんな音は出ないはず。
まだ隣のクラスには誰か残っているのだろうか。放課後だから、もうそんな人はいないと思うのだが。
少し気になったので、デルは椅子から立ち上がると隣のクラスに向かった。


近づくにつれて、話し声が聞こえる。
男子の声と女子の声だった。
男子は何人かいるようだが、女子の声は一つしか聞こえない。

「おいおいハクさんよお、お前今月の金はどうしたんだよ?」
「え、えぇっと……その……今月はとても……」

聞こえてきた会話が何やら普通ではないものだったので、デルはそっと、聞き耳を立てる。
そうして、そっと隣の教室をのぞいてみると、やはりそこには男子が3人、女子が1人見えた。

「あぁ!?お前、そんな言い訳が、許されると思ってんのかぁ?」

男子の一人がそう言って、その女子の長い髪の根元を、思い切りわしづかみにする。
条件反射のように、女子が痛みに顔を歪める。

「今月はさぁ、俺ら大変なわけよ。素直にお金差し出してほしいんだけどなぁ?」
「お、お金なら先週渡したばかりじゃないですか」
「使いきっちまったんだよ、分からねえかそれくらいの事。ほら、差し出せよ、早く!」
「そんな、無茶な……。無理です……」
「あぁ!?」

その男子が怒鳴った事に怯えきって、女子は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
そして今までの恐怖に耐えかねたのか、ぽろぽろと涙を流し始めてしまった。

それを見た瞬間、デルの身体は動いていた。何かを考える前に、動いていた。


「おい、お前ら」

あくまでも冷静にその教室へと足を踏み入れる。
思わぬ方向からの声にびくりとしたのか、その場の男子と女子は硬直する。
けれどそれも一瞬だった。

「嬉し涙はともかくとして。男子が女子を泣かせるなんてのは、感心しねぇな」
「んだよてめぇ!!何か文句でもあっかよ!?」

男子達のターゲットは、その女子からデルへと変わった。
一瞬のうちに三人の男子がデルを取り囲む。
そうして、男子の一人が、彼の胸倉に掴みかかった。

それでもデルは冷静な口調で、行った。

「大ありだな」
「てめぇ、こいつをかばうならお前もぶっ殺すぞ!」

不意に男子が振り上げた拳を、デルはいとも簡単によけると、その男子の顔面にデルは思いっきり拳を突いた。
そうすれば、誰だって痛みをこらえずにはいられない。
その隙をついて、更にみぞおちに膝蹴りを食らわせる。

拳と蹴りのダブルパンチで、その男子は地面に伏した。

「て、てめぇ……」
「最低だよな。女の子泣かせるなんて、お前らそれでも男か?それよか、いじめをやっている時点で、お前ら人間としてもうクズだな」

残り二人が同時に襲い掛かってくる。
それにもデルは惑わず、ただ冷静に攻撃をよけ、一人目の男子と同じく、みぞおちに思いっきり膝蹴りを食らわせた。

その衝撃で、二人とも床に倒れそうになったが、何とかそれをこらえる。

「ちくしょう……行くぞ、オイ!」

一人の男子がそう言って教室を出ていくと、二人ともそれに続いて教室を出ていった。
本当は逆らいたかったのだろうが、今のデルの攻撃には勝てないと確信したのだろう。

「おい、平気か?」
「…………。」

その女子はまだ泣きやまなず、腰が抜けたのか床に座り込んでしまっている。

「立てるか?」

と言って、その女子に自分の手を差し伸べる。けれどそれでも泣きやまず、その真っ白く長い髪の毛で顔を覆って隠している。

「参ったな……、とりあえず涙拭けよ。ほら、ハンカチ」

ポケットからハンカチを取り出し、それを差し出すも、女子はふるふると首を横に振るだけで、受け取ろうとしない。

「なんだよ……もう、俺はな、今みたいな卑怯で無駄に暴力振るう輩じゃねえからな?他人の厚意は、素直に受け取るべきだ」

デルはそう言って、その女子の手にハンカチを握らせると、少し強引に立ち上がらせた。

その瞬間、白い髪の毛で隠れていた女子の顔があらわになる。
目が合い、一瞬戸惑ったように見えたが、ぎこちない口調で女子は「えっと、ありがとう……」と言った。
か細く、小さい声だった。

「いや、いいよ別に。それよりお前、歩けるか?」

そう問いかければ、また首を横に振る。

「ま、まだ無理……」

男子に恐喝させられた恐怖がまだ残っているのか、足はすくんでいた。
まだ整理がついていないに違いない。

無理もない、あんな風に脅されれば誰だって恐怖を覚える。

「じゃあさ、おぶってやるから、乗りな」
「えっ、そんな、無理だよ…!恥ずかしいし」
「いや……そうは言ってもな、いつまでもここにいちゃ、今の奴らがまた来るかもしれねえぞ。だから、ほら、乗れよ」
「でも……校内はまだ人残ってるし、見られたら誤解されるし、やっぱ恥ずかしいから……」
「俺は別に気にならないけど」
「私が気にするの!」
「あー、もうわがままだな。それじゃあさ、これなら文句ないだろ」

デルは女子の右手を取った。
突然の事に、女子は軽く「ひゃっ」という悲鳴を上げ、顔は見る見るうちに赤く染め上がっていく。

「手ぇ繋ぐくらいなら、別にいいだろ」
「む、無理……」
「はいはい、じゃあ行くか」
「えっ、ちょ、待ってよ……!」


女子の言う事を無視して強引に歩きだす。こうでもしないと、歩きだしてくれないと思ったからだ。
女子の荷物と自分の荷物を肩に持って、学校を出た。

最初は女子の方もぎこちなかったが、学校を出てしばらくしたところで、徐々に歩幅もあってきた。
少しは精神も安定してきたのかもしれない。

二人は全く喋らなかったが、突然、デルの方から沈黙を破る。

「そーいやさ、お前、名前はなんて言うんだ?隣のクラスってことは知ってんだけど。俺、人の名前とか覚えんの苦手だからさ」
「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗ってからでしょ……」
「はは、確かに。それくらい突っ込めるんなら、お前もう大丈夫そうだな。俺は、本音デル。で、改めて聞かせてもらうけど、お前の名前は?」


そう言うと、女子は恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯く。
そうして、呟いた。


「……ハク。弱音、ハク……です。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

三月の雪 8/9

今日で全話うp終了。 ※話に誤字、矛盾など見つけたらご報告ください。

閲覧数:99

投稿日:2011/04/06 22:38:56

文字数:4,237文字

カテゴリ:小説

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