夕鳴きの鴉さえ死んだように眠り出す頃。
カラダの奥底から目覚める。―――もう一人の、『私』。

蔦を絡ませた古びた洋館。かつて住んでいた主が死んでから、存在さえも忘れ去られ。
今は最上階の部屋の窓際に、黒い柩が鎮座するだけ。
軋んだ音を立て開かれる蓋。蒼白い手はくしゃりと真紅の薔薇を握りつぶした。

夜の裏通り。人の気配は無く、街灯の薄明かりの隙間を縫うように侵蝕する闇。
一陣の風が吹き抜けた先。鴉の濡れ羽のような黒いドレスが翻る。

美し麗し吸血姫。
今宵も高貴なる純血求め彷徨う。
微かなるヒトの優しさなど、彼女の唇は吹き消す。

ある日彼女は出逢った。闇を打ち消す華やかな街の店。
柔らな微笑、不意をつく優しさ。傾けたグラスを打ち合わせた瞬間、恋に落ちた。
プレゼントされた白百合(カサブランカ)を抱いて眠りにつく。
彼女の心は、正に乙女。―――例え、ヒトならざるモノでも。

可愛し可愛し吸血姫。
今宵は素敵なる夢を柩にて視る。
微かなる月光に包まれ、彼女の唇は愛の唄を紡ぐ。

幾度か店へ通い、彼女は彼に愛を告白された。
「一緒に居たい」と告げられた喜び。そして、踏み越えられない境界線。
自分は吸血姫、彼はヒト。巡る想いは決して交われない。
その時、生まれて初めて彼女は涙を流した。途切れる声は曖昧に、けれどしっかりと、
彼に別れを告げた―――――…

街外れの古ぼけた洋館。
最上階の部屋の窓際には、もう、黒い柩は無い。
消えた彼女の存在さえも、人々は気付かぬままに。

美し麗し吸血姫。
今は何処で何を想うのか。今も純血を求め彷徨うのか。
己が運命は不幸の道。乙女の微かな幸せさえ叶えられぬ。

『私が、ヒトだったら…』

黒いドレスの彼女は、
幸に餓えた、憐れなる吸血姫――――

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吸血姫-Blood Princess-

なんかちゃんとした物語(?)っぽいの書いてみました。
『吸血姫』の読み方は『吸血鬼』と同じで、『きゅうけつき』です。

閲覧数:106

投稿日:2010/06/03 15:55:38

文字数:750文字

カテゴリ:小説

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