4.
 私は気を取り直して(さっきのやり取りを無かったことにして)立ち上がる。
「グミ、奴はどっちへ?」
「申し訳ありません。詳細を確認する余裕がありませんでした。ただ、外に出た様子はないかと思われます。なにか根拠があるわけではありませんが、そうでなければ書き手としても話を進めることができなくなりますので」
「そういうことは、気付いてしまっても口にしてはいけない所よ」
 そんなことを言っているから、再登場がひどいことになってしまったというのに。いや、誰からひどい扱いを受けたのかといえば、それはもちろんかき……ああいや、あの私の偽物からなのだけれど。それ以外にいるわけがない。

 と、いうわけで、グミの「外に出た様子はないかと思われます」という台詞から先を無くした状態でリスタート。
 テイクツーともいう。
「……申し訳ありません。詳細を確認する余裕がありませんでした。ただ、外に出た様子はないかと思われます」
「……なら、しらみつぶしに探すしかないわね。一刻も早く、奴をつかまえて断罪しなければならないわ」
 脱衣室前に集まっていた皆は、一人残らず冷水を浴びせられて倒れていた。グミの身体が異様に冷たかったのも、その冷水のせいだ。あの変態がどこからこの冷水を持ってきたのかはともかく、その大量の冷水のせいでこの死屍累々たる光景が形成されてしまったらしい。だが、同時に制服が濡れたせいで皆が着ている色とりどりの下着が透けて見えていたり、なぜかみな艶っぽい表情を浮かべていたりと、なんとなくエロい雰囲気が流れている。
 それはグミも例外ではない。全身ずぶ濡れで彼女の髪と同じモスグリーンのブラジャーが透けて見えていて、その細長い生足にぴったりと張り付いたプリーツスカートもかなりそそられる格好をしている。しかも、冷水のせいで風邪を引きそうなのか、それともそれが恥ずかしいせいか顔を少し赤らめていて、さらにそれを悟られないように無表情を取り繕うとしている所など、もはや萌えポイントでしかない。
 そんなことを私が考えているとは思いもしていないであろうグミは、銀縁メガネを拾い上げて頭に載せると、立ち上がって私の隣に並ぶ。
「は。……やはり、こちらが本物のお嬢様のようですね。あの者には、常日頃お嬢様から感じられる支配者級のオーラが感じられませんでしたし、胸のサイズが三センチほど小さかったので、もしやと思いましたが……。あの者、お嬢様の影武者でございますか?」
 あなた、オーラとか感じられるの?
 しかも、胸のサイズって……グミは目視で他人のスリーサイズが把握できるのだろうか。しかも服の上から。それなら、瞳の色の違いの方がまだわかりやすいと思うのだが……。
「バカ言わないで。影武者なんているわけないでしょ。しかもあんなド変態の影武者なんて、いるだけ無駄、いるだけ迷惑だわ」
「かもしませんね。ことにあの者、寮内でなにをしでかすかわかりませんし。これ以上被害が拡大する前になんとしても食い止めなければ……」
「そうね……」
 こうなると、寮の皆の貞操すら危ぶまれる。あの変態が男なのか女なのかはわからないが、そういう問題ではない。言ってしまえば、私に抱かれたいと思っている女子など、この椿寮の中にはいくらでもいるのだから。
 私は振り返って、背後にたたずんでいる袴四人衆に視線を巡らせる。彼女らは、私の視線を真っ向に受け止めて、しっかりとうなずいた。彼女らも、奴の蛮行を止めなければならないと強い使命感に溢れているのだろう。もしくは、奴を逃してしまった責任を感じているのか。
「行きましょう。奴を捕らえるわ」
『はっ』
「二手に分かれましょう。私を含めて五人だから、二人と三人に。決して一人で行動しないこと。もし一人で行動しているのであれば、それは奴が変装しているのだと思いなさい。いいわね?」
『承知しました!』
「よし。それじゃあ――」
「……お嬢様、わたくしも行きます」
 私の言葉をさえぎるようにして、グミはそう言った。だけど、あいかわらずびしょ濡れだし、顔を赤くして荒い息をつく彼女はもう色っぽすぎて直視できない。
「そんな状態でなにを言っているのよ。せめて着替えてからにしなさい」
「そう……すべきかもしれません。が、それでもわたくしも同行させていただきます」
 グミは頑なにそう主張した。
「この椿寮女子棟は三階建てです。奴がどこにいるにしても、二手に分かれたところで奴を挟み撃ちにすることはできません。わたくしを含めて六人、二人ずつ三つに分かれてそれぞれで各階を探索するべきです」
「それは……そうだけど」
 グミの主張はもっともだった。仮に二手に分かれ、一階と二階をそれぞれ探索した場合、奴が三階を通れば私たちの捜索の網をくぐり抜けることができる。とはいえ、二人、二人、一人の三チームに分かれてしまえば、残った一人が奴の変装と入れ替わってしまっても、他の人には気付くことができない。グミが事前に第三次までの防衛線を引いていたとは言え、そこに待機している子たちは私の偽物がいることは知らないから、彼女たちに奴を引き留めさせることは難しいだろう。だからこそグミは自分を含めて六人で捜索するべきだと言っているのだ。わかっている。それがいいこともわかっているのだが、グミはそのままでは風邪を引いてしまうだろうし――。
「……わかったわ。グミ、あなたにも手伝ってもらいましょう」
「ありがとうございます、お嬢様」
「でも、まずは自分の部屋に戻って着替えてもらうわ。そのままでは風邪を引いてしまうものね」
 そう言って一旦言葉を切ると、作戦を五人に告げる。
「作戦を変更するわよ。あなた達四人は二手に分かれて一階と三階を探してちょうだい。皆の部屋も全て確認して、奴を探すこと。グミの部屋は二階の一番手前だから、私と一緒に二階に上がったらグミはそのまま自分の部屋で着替えること。着替えたらそのまま私と捜索に行くわ。なにか意見のある人はいる?」
 五人を見回すが、誰も口を開かなかった。
「わかってると思うけれど、グミと一緒にいない私を見たら、それは偽物よ。私は必ずグミと一緒に行動してるわ。忘れないで。あと、他の人に変装している可能性もあることを考えておくこと。でも、最も重要なのは奴は単独行動だということよ。それを忘れないで。あ、あと各防衛線に誰が直前に誰が通ったか確認しておくこと。それじゃ、散開!」
 袴四人衆が二人組に別れて一階と三階へと向かう。
 私はあらためて、脱衣室前で変態の攻撃を受けびしょ濡れになって倒れ伏したままの、艶めかしく色っぽいその他大勢を見る。
「みんなを守れなくてごめんなさい。でも、この仇は必ずとって見せるわ。だから、風邪を引かないうちに着替えるのだけは忘れないで」
 みんなが口々に「ルカ様のせいじゃありません……!」と口にするのだが、そのどれもがやたらと熱が入ったように艶っぽくて、なんだか自分があやしげな新興宗教の教祖様みたいな状態になっているような気がした。いや、確かに元々から、なんというか、私のことを過度に持ちあげて心酔しているフシのある人達ばかりだから――だからこそ、この騒動が始まった際に私の名前を使ってグミが(彼女の表現に従えば)徴発した際に、すぐさま応じて集まったのだ――当然なのだが、そんな色っぽい仕草をする余裕があるならさっさと部屋に帰って着替えなさいと叱りつけたくなる。ほんとにもう、仕方のない人達ね。
 そんなみんなに背を向けて、私はグミと一緒に階段を上っていく。
 ――まったく、みんなの理想であり続けることほど大変なことはないわ。
「お嬢様。もしも、の場合ですが、あのお嬢様の偽物がこの椿寮からもう脱出している場合はどうなさいますか?」
 相変わらず私のやや後方で階段を上るグミが尋ねてくる。
 ついさっきの発言とは真逆のことを、平然と言える彼女がすごいと思う。とはいえ、考えてはいけない視点からの都合を語られても、それはそれで困るのだけれど。
「うーん、その可能性もないことはないんだけれどね。むしろ、捕まえられなくても、それならそれでこれ以上被害がでないっていう意味ではそうなっていて欲しい気持ちさえあるんだけど。でも……なんとなくだけど、あいつはまだいるような気がするわ」
「やはり書き手の都合、というものでございますか?」
 しつこい。
 ああいや、一度目の台詞は無かったことになったから、これは発言としては一回目になるのだった。なんとややこしい。
 ともかく、そんなことを聞くよりももっとふさわしい質問があったはずだ。
 そういうわけで、例によってグミの台詞はスルー。
「直感――と言うよりは、ほんの数回交わした言葉からの推測、というべきかしらね。まあ、うまく説明できる気がしないから、直感といっても差しつかえはないくらいのものなのだけれど」
「なるほど。確かに、お嬢様の寮内での権力を知っていれば、逃げ出すよりもバレるまでの間に少しの間でもおいしい思いをしてみたいと思ってもおかしくない気はしますね」
 グミはしきりにうなずいている。
「もしわたくしがお嬢様とうり二つの姿に変装できるのであれば、女子寮生全員を裸にさせてわたくしよりも巨乳の者が何人いるか調べて……コホン、わ、わたくしの望みは関係ありませんね」
「……」
 確かにグミの望みは関係ないけれど、でも、してみたいことってそんなことなのね……。やっぱりグミは胸のサイズが気になって仕方ないらしい。
「……それにしても、あの変態は一体どうやって皆をびしょ濡れにしたの?」
「その……申し訳ありません。方法まではわたくしには理解しかねます。ただ、何かしらのトリックがあるのでしょう。奴は『濡れろ制服! 水遁の術!』と叫んで脱衣室からひっぱってきたホースを構え、私たちに水をかけてきたのでございます」
「……そう」
 グミは、自分の言っていることの壮大な矛盾に気付いていないのだろうか。自分で詳細に説明しているトリックのいったいどこが、グミにとって理解できないことなのだろう。
 だが、それを指摘したところでどうしようもない。脱衣室内の洗面台か掃除用具入れかに備え付けてある蛇口から伸びていたであろうホースに、私はまったく気付いていなかったのだから。それに気付いて蛇口を閉めていれば、皆がびしょ濡れになったりもしなかったのだろう。
 終わったことを後悔しても仕方がない。ツッコミようのないボケに右往左往しても仕方がない。ここもスルーだ。今はただ、あの変態を捕まえることに集中しなければ。

 階段を上りきり、私とグミはまず一番手前にある部屋――あれがグミの部屋だ――の扉に手をかけた。
 そこにまさか、探していた当の変態がいるなどとは考えもせずに。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Japanese Ninja No.1 第4話 ※2次創作

第4話

 待って下さっていた人が居てくれたのかどうかはともかく、ようやくの第4話をお届けします。
 実は、第8話を書いている途中で1ヶ月ほどスランプ状態で、のせるにのせられなかったのです。
 ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。


「AROUND THUNDER」
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投稿日:2011/08/04 20:45:19

文字数:4,449文字

カテゴリ:小説

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