「お前たちと、歌舞を興じるのは、本当に、楽しいな。この一瞬、一瞬が、私の論理を証明してくれている気がする」
ひとしきり、歌い続けた頃、楽歩が、頷きながら、口を開いた。
「楽歩の論理って?」
「それって……あれか? 確か、音楽を極めることこそが、文武を両立させる、一番の近道とかっての……?」
蓮は、いつだったか、海渡から聴いたことを、思い出しながら、そう言った。
「うむ。知っていたのだな。そう。その通りだ。音楽を極めることこそが、文武を両立させる、一番の近道なのだ」
「ふーん。そっかぁ……でも、わかるかも。私の武器は、そのまんま、扇だし、舞いと同じように、払ったり、防いだりするもん」
「確かに、歌術を覚えることや練ることは、他の学問の手助けになったりするしな」
嬉しそうに、楽歩が言って、鈴も、少し考えながら、納得したように、頷いて、蓮も、また、同意した。
「うむ。お前たちなら、わかってくれると思っていた。そして、音楽を興じることこそが、平和を築く、一番の近道なのだ」
嬉しそうに、蓮と鈴を見て、それから、どこか、遠くを見据えながら、楽歩は言った。
「口と耳が、あれば、どんなものでも、音楽を楽しむことができる。名前のないモノたちであろうと、音楽を楽しむことはできるし、美しいモノに感銘を受けることはできるのだ」
「名前のないモノって?」
「あの回廊のモノたちだ」
「でも、あの回廊で、歌ったりしたけど……」
楽歩の言葉に、鈴の顔が、哀しげに歪んだ。夥しい数の、名前のないモノに囲まれながら、扇を振るいながら、哀しんでいた鈴の顔を思い出して、蓮は唇をかんだ。
「美振がないと、きついのは、確かだ。鈴が、哀しむことはない。それに、あそこのものたちは、生きていないから、死ぬこともない。また、すぐに、ざわざわと蠢き出す」
「美振があれば、一緒に、音楽を楽しめるの?」
楽歩の腰に結ばれた、美振を見て、静かに、鈴が、聴いた。
「ああ」
「そっかぁ。私の扇にも、そういう力があったらなぁ……」
肩を落すように、俯いて、鈴がぼやいた。
「うむ。良い心掛けだ。私が、今度、鍛えてやろう」
「本当!? ありがとう!!」
事も無げに告げた楽歩に、鈴は、嬉しそうに、飛び上がって、そう言って、それから、それだけじゃ、足りないように、くるくると、回りだした。鈴が、嬉しそうに、リン、リンと鳴る。
「ねぇ、ねぇ。いつか、きっと、みんなでしようね。天鳩お姉ちゃん、凄く、歌うまいんだよ♪ それに、音流(ネル)お姉ちゃんの歌だって、とっても、魅力的だし、羽久(ハク)お姉ちゃんの歌は、聴いていると、胸にしんって来るの。朗羽良(ローラ)お姉ちゃんは、不思議な言葉の歌もたくさん歌ってくれるし、天理編(ミリアム)お姉ちゃんは、透き通るような声だし、浮離万(プリマ)ちゃんはね、包み込む大気のような声なの。廻子お姉ちゃんは、よく、知っているよね」
回るのをやめて、鈴は、はしゃいだ声で、喋りだした。そして、廻子のところにきて、楽歩を見て、微笑んだ。
「………いや、全くといって良いほど、聞いたことがないのだ。聴く価値がないと、歌ってくれぬ。廻子は、歌うのが、苦手なのか?」
微笑む鈴に、楽歩の顔から、表情が消えた。でも、その無表情は、ひどく、苦しそうに見えた。
「ううん! 廻子お姉ちゃんは、控えめだけど、歌は好きで、よく、歌っていたよ………あ! もしかしたら、楽歩が、すっごくうまいから、引け目感じているのかも!」
驚いたように、話していた鈴の顔が、ぱっと、光ると、そう叫んだ。
「私、廻子お姉ちゃんと話してくる!」
そう叫ぶやいなや、鈴は、ぱっと、駆け出した。
「あ! 乙女の秘密だから、来ちゃ駄目だよ!」
駆け出したまま、振り返って、そう叫ぶと、鈴は、廻子がどこにいるのかも、わからない上に、この屋敷のことも、まるで、わからないのに、何の迷いもなく、駆けていってしまった。
「鈴は、本当に、風のような娘だな」
感心したようにも、あっけに取られたようにも、取れる声で、楽歩が言った。
「ああ。思い立ったら、すぐ。ひらりと飛んでいっちゃうよ」
蓮が、笑いながら、椅子に腰掛けて、おかしそうに、そう言った。
「そうか。羨ましいか?」
ちらりと、円のほうを見てから、楽歩は、そう聴いた。
「羨ましいとは思うけど………俺はいい」
少し、黙ってから、蓮は吹っ切れたように、微笑んで、言い切った。そこには、もう、何の曇りも、陰りもなかった。
「俺まで、鈴みたいじゃ、危ないからな」
「ははははっ。確かに。危なっかしくて、大変だな」
ニヤリと笑った蓮に、楽歩が、声を出して、笑った。
「楽歩が、そんな風に、笑うの、初めてだな」
「………そうか……そうだな………うむ。愉快な気分だ」
目を大きくして、そう言った蓮に、楽歩は、考えるように、そう言って、それから、また、笑顔になった。それは、まさに、破顔と呼ばれるような笑みで、同姓の蓮ですら、思わず、見惚れてしまった。
「蓮。決めたぞ」
「決めたって、何を?」
どこか、不適な微笑で、そう宣言した楽歩に、蓮が、言葉を促して、楽歩が、口を開いた時だった。
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