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それから少しして、私は陸上部のみんなのところに戻ってきた。
ついさっきの唇の感触を思い出しちゃって、こらえられなくてほほがゆるんじゃう。
「あ、初音おかえりー」
「た、ただいま」
みんなの視線すら意味ありげに見えちゃって、私はなんとか平静を装おうとした。
「初音。さっき一緒にいた男の人……彼氏?」
――ムダなあがきだった。
みんなの視線は意味ありげどころの話じゃなかった。
「え? な……なんの、こと?」
そんな白々しい言い訳なんて、誰も聞いてなかった。
「だからさー。さっきから言ってるじゃん。彼氏だったらビンタなんかしないって」
「ばっかねぇ。それこそ彼氏じゃなかったら抱きついたりするわけないでしょ。だいたい、付き合ってて色々あるから、初音がビンタしちゃうくらい怒ったりするんじゃない」
「た……確かにそうかも」
「あの初音がねぇ……」
なんだか知られたくなかったことが、色々バレてて恥ずかしい。
「き、キスもしてたし……」
「えぇー!」
「マジで? うわぁー。もう少し見とけばよかった」
思考がストップした。
「うぅ……あたしの未来が」
「あんた、さっきからそればっかね。初音はあんたのお母さんじゃないっての」
「でも……」
「はいはい」
「うう……」
「でも、キスならもうこれは……」
「確定ね。それは彼氏だわ」
「初音に彼氏……先越された……」
「まったくだわ。初音なんて全然男っ気なかったのに」
「そんなことないよ。高校に入ってから、知ってるだけで五回も告られてる。陸上部内最多記録」
「それは知ってるけど、でも全部断ってたじゃん」
「つまり、さっきの人がいたから断ってたってこと……?」
「一理あるわね」
「でも今まで見たことないし、聞いたことないわ。遠距離?」
「ねぇってば、聞いてる?」
「初音?」
「未来?」
「……あうあう」
なんかもう、みんなが色々言ってるような気がするんだけど、まるで頭に入ってこなくて、クラクラしてきた。
「未来かわいー」
「初音のこんな一面があったなんて……」
「初音の顔真っ赤だよ。みんなしていじめるから」
「いじめてないわよ。かわいがってるだけ」
「今の初音が死ぬほどかわいいから、しかたないのよ」
「うーん。じゃ、しかたないか」
「そうそう」
「しかたないしかたない」
そこで、やっとのことで私は思考が再スタートしだした。
「え……あの、その、なんで?」
「なんでって……そりゃ、ねぇ?」
「うん。未来はちょっと無防備すぎる。自分の美少女っぷりを自覚しなきゃダメよ」
みんなが顔を見合わせて「確かに」と口をそろえていっせいにうなずいた。
「あの……どういう、こと?」
「初音、ちょっと今さらだけど、あんたはきれいな子なのよ。嫌味とかなしに」
またみんながいっせいに「うん」とうなずく。
「……ええ、と?」
「ようするに目立つのよ。先生が呼んでたから探しに行ってみたら、あんたには結構な視線が集まってたから簡単に見つけたんだけど、まぁ、そしたら彼氏といちゃついてたってわけ」
「いちゃついてたとか、そんなんじゃ――」
「だから……じゃましないように声はかけなかったんだけど、なんていうか、ちゃんとときと場所を選ばないと、今日の私たちくらいじゃすまないわよ?」
「う……」
「さて。……初音?」
「な、なに?」
「そろそろ、話してもらいましょうか。あの彼氏について」
「それは……」
助けを求めようと他の部員を見回すけど、みんな興味しんしんって感じで目を輝かせてた。
……穴があったら入りたいって、こーゆー気持ちなんだな。
「私……えと、ちょっとトイレに――」
腕をガシッとつかまれる。
「逃さないわよ」
「今までずっと初音が隠し通してきた男だもんね」
別に隠してたわけじゃ――再会したってだけで。
「洗いざらい吐いてもらうわよ」
そのときのみんなの顔は、すごく怖かった。
それからまた、私とみんなとの間でかなりの攻防があった。
けれど、苦し紛れの言い訳でみんなが納得するわけなくて、その熱意に勝てるわけなかった。
全部話すまで本当に離してくれないんだろうな、なんて覚悟を決めたつもりだったけど、まさかあんな恥ずかしいことばっかり聞いてくるなんて思ってなくて、私は終始顔を真っ赤にさせてた。
恥ずかしくて言えなかったりしても、まったく追及をゆるめようとしないみんなは……なんていうか、鬼だと思う。
正直、これからも陸上部を続けることに……不安をおぼえた。
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