ネブラに何とか着艦した私は、まともに身動きがとれないまま、着艦の際に空中で私のスーツを掴まえたアームによってエレベーターに固定され、ネブラの奥深くへと取り込まれていった。
少し戸惑っていると、ランスからの無線が入った。
<<そのままエレベーターで格納庫に入れ。FA-1、周囲の状況は確認できるか?>>
「レーダーやソナーで確認した限りじゃ、生体反応も熱源反応もない……。」
<<武装を確認しろ。無防備なところを狙われる可能性もある>>
「分かった……。」
言いかけたその時、目の前の視界が開け、無数のライトに照らされた、広々とした空間が現れていた。
広い。飛行機の中とは思えない。大型の格納庫数個分程度はある。床はエレベーターの床が移動するためのレールが網の目のように敷かれ、左右の壁は立体駐車場のように航空機を積み重ねて置くための箱型のスペースが一面を覆っている。正面には、今の私が乗っているものと同様にエレベーターがある。一度に四機の飛行機が動かせられそうだ。
「うわぁ、広い……。」
<<強襲揚陸艦が一隻丸々空を飛んでいるようなものだからな。元々はストラトスフィアの護衛艦として建造されたものだが、機動力を持った前線基地としての運用も想定されている>>
エレベーターが床に降りると、その上のプレートが私を乗せたまま移動し、格納庫の中をゆっくりと動き始めた。
「どこに行くんだこれ……。」
<<データリンクを確認してみろ。AGFスーツ駐機スポット、ナンバー01に到着する>>
「……このまま止まるまで待っていていいのか?」
<<仕方ないな。よほどの緊急事態がない限り、機内の設備を破壊するようなことは認められていない。まだ動くなよ。お前がちょっとでも力を掛ければ、そのプレートにあるスーツ固定用のアダプターは簡単に吹っ飛ぶぞ>>
「分かった……。」
言われたとおり、私は大人しくプレートの上に立っていると、正面に「01」と書かれた壁際でプレートの動きが止まった。ただし、スーツはプレートから伸びた無数のアームに固定されたままだ。
<<到着したな。FA-1、スーツから降りて作戦用の装備に切り替えるんだ>>
「作戦用の装備?」
<<AGFスーツの背面にバックパックがある。その中に今回の作戦で使用するための各装備を入れておいた。軽い武装と探査用の端末だが特に何事もなければ十分だろう。バックパックを開いたら、まずゴーグル型端末を装着しろ。>>
「ゴーグル型端末?」
<<最新の特殊作戦用情報統合システムだ。今回の作戦でも大いに役に立つだろう。無線もスーツを介してそれで引き継ぐ。使い方は追って説明する>>
「分かった。ゴーグルだな。」
私はスーツのシステムを終了させ、装甲各部のロックを解除し、展開させると、直立したスーツから床に降り立った。ひんやりとして、 微かにオイルの臭いがする、格納庫の空気が私を包み込む。
そして固定されたスーツの背中を見てみると、ウイングが伸びている間の、少し下辺りに、旅行用のアタッシュケースの様な箱が取り付けられていた。スーツの激しい機動で飛ばされないようにするためか、太い金具でかなりがっちり固定してある。
私はなんとかそのケースをスーツから下ろして、蓋を開けて中を確認した。
最初に目についたのが、黒いゴーグルのような機械だった。耳掛けの部分にはイヤホンのようなものもある。
「これか……」
私がそれを顔にかけると、目の前にスーツと同じように様々な情報が表示され、このネブラの見取り図も表示された。私はちょうどネブラの中央に居るようだ。
自動的に、耳掛けのイヤホンが私の耳にすっぽりと収まっていた。
<<こちらランス。聞こえるかFA-1。ちゃんと装着できたようだな>>
ランスの声が、右耳のイヤホンから流れてきた。
「ああ、こちらFA-1。聞こえる。凄い機械だな、これは。」
<<まだ陸軍の一部特殊部隊にしか納入されていない最新型だ。性能を維持して小型化して耐久性も上がっている。よし、次はスニーキングスーツを着用しろ>>
今の私の格好と言えば、AGFスーツの中に着る薄いインナーだけだ。こんな裸に近い格好じゃ、他の装備も持っていけないし、もしもの事があっても体は無防備だ。
ケースの中を見てみると、折りたたまれたゴム質のスーツがある。それはゴーグルと違って、これはもう何度も見たことのあるものだった。
銃弾や爆発から私の体を護ってくれる、戦闘用スーツ……昔、博貴とクリプトンの実験に参加したときも、水面基地に配属されて、不審船の制圧を任された時も、そして博貴のお兄さん、網走智貴さんが起こした武装蜂起の時も、私はこれを着て、銃と剣を取り戦った……。
時にはこれのお陰で命を救われたこともある。私は武器や兵器は嫌いだが、このスーツにだけは嫌いになれない。
ケースの中からスーツを手に取って見ると、懐かしい繊維の匂いを微かに感じた。そして、私はスーツ各部の留め具を外して一度分解すると、足や腕を通して着込み始めた。
少し面倒だった着方は、前よりは良くなっているようだった。最初は自分一人では着れなかった。
<<着方は言うまでも無いようだな。さすが、長いこと戦場を離れていようがアンドロイドにブランクは関係ないか>>
「ああ……。」
少し違和感のある言い方だったが、私はあまり気に留めないでおいた。
スーツを離れていようが完全に着込むと、ゴーグルが視界に投影する情報の中に、スーツの状態と、私の状態が表示された。
<<ミク、今スーツ越しに君の健康状態を受信できた。こちら常にモニタリングしておくけど、場合によっては体感に差異があることもあるから、何か以上があったら遠慮せずに言ってね>>
博貴の声だ。無線ではどちらかと言えばランスが一方的に喋っているから、気分が固くなってしまうけど、博貴の声が聞こえるだけで一気に緊張がほぐれる。
「ああ、ありがとう、博貴……でも、私は博貴の声が聞こえるだけで、ずっと安心だよ。」
<<ああ、僕もだ、ミク……ごめんね、本当は君をこんなところに連れ戻しちゃいけないのに、まだ僕は君を軍から守れるほどの権限が……>>
「そんな……気にしないで、博貴。ちょっとこの中を見て回って来るだけだ。すぐに帰れる。」
<<うん、そうであることを祈ってる……いや、今回はただ祈ってるだけじゃないんだよ>>
「え?」
<<今ミクが着ているスーツには、最新の遠隔医療システムが搭載されている>>
「遠隔医療…?」
<<例えば、何か君が痛みを感じたり、目眩をした時など、体に障害や異常が発生した時、素早くリカバリーする為の、特定の電気信号や刺激をあえて発生させることができるものさ。薬物を一切使わないから、健康的なリスクは一切ないし使用に制限もない。特別なことがなくても、常に君の体調が万全な状態を維持してくれる>>
「へぇ……そんな凄い技術なんだ……。」
<<実はそれの基本技術は、今僕が所属しているクリプトンの医療部門で開発されたんだ。僕も開発に加わってた。でも、開発中に軍部から戦闘服に組み込む構想を提案されて……まさかこんな形で、真っ先に君の手に届くなんて、思いもよらなかった>>
「いや、私は博貴に見守ってもらえて嬉しい……それに、博貴がクリプトンで、こんな平和的な物を作ってることが知れて良かった。兵器と言ったって、これは人の命を救う、素晴らしいものだと思う。」
<<あ……ありがとう、ミク……>>
「これがあれば、きっと無事に帰れるよ。家に帰ったら、お礼にご馳走を振る舞うよ。」
<<ああ、期待してる!>>
その時、博貴との無線リンクが強制的に遮断され、ランスのものへと切り替わった。
<<もうそれくらいでいいだろ?全くおアツいことで……>>
どこか呆れたような口調だ。
「おアツい?」
<<FA-1、武装を確認しろ>>
ケースの中に最後に残されていたのは、一挺のP90サブマシンガンと、ポーチに収められた数本のマガジン。あとは大型のナイフ二本。
これは博貴のものとは違う。完全に人の命を奪うための道具だ。
……仕方がない。これは軍事行動で、一応こういうものは持っていかなければならないのは理解してる。
私はサブマシンガンを手に取った。表面は樹脂だが、ずっしりと重量がある。不気味な重さだった。そう、銃にはいつも不気味な感触覚える。それにこれを手に取るって構えると、妙に胸の中がざわめいて落ち着かない……。
銃の上部にマガジンを差し込んで、上から押し込んで装着、そしてレバーを引いて初弾を装填すると、鋭い金属の音が、格納庫の中にこだました。あとはマガジンとナイフのポーチをスーツの腰回りに取り付けていく。
<<流石、手慣れたものだな>>
そんな様子を眺めていたのか、忘れた頃にランスが短く言った。
「覚えてるだけだ。」
私は短く答えた。
銃を触っている姿を見て『手慣れている』なんていうのは、変な言い方だ。
私はいつもこんなものに触れているわけじゃない。
<<アンドロイドはどんな知識や技術も一瞬で学習させられる。そして絶対に忘れない。お前の脳内には現代のあらゆる銃火器の情報が収まっているが、それだけじゃない>>
「……。」
<<確かな実戦経験がある。実際の戦いの中で、お前は銃を使っていた。お前の手つきはデータを持った機械の動きじゃない。銃という道具をよく理解している人間の手つきだ>>
「そうか……。」
私は、一つ返事をするだけにした。ランスの言っていることは本当。でも私はそんな話はしたくない。
<<なんだ、イヤにそっけないな。ちょっとお前さんの機嫌を取ろうとしたのに>>
「私はそんな話でいい気分になったりしない。銃は嫌いだ。」
<<そうかぁ? 案外楽しかったりしないか? 銃を撃つってのは>>
「私は人の命を奪う道具は嫌いだ。」
<<やっぱりか。相変わらずおカタいねぇ。でも嫌々してるよりは、ある程度割り切っといたほうがいいと思うぜ。あんたが戦闘用なのは変わらんし、脳に蓄積された銃火器のデータも実戦の経験も、もう半永久的に消えたりはしないんだから。>>
「そうだとしても、私は人を傷つける道具や行いを好きになることはない。私が好きなのは、博貴と過ごす穏やかな日常だけ。」
<<……まぁいい。それで装備は全部だ。こちらで可能な限りネブラのセキュリテイにアクセスして各所を見て回るが、基本的にお前さんが機首の総合管制室にたどり着かなきゃ始まらん>>
「機首の方向に向かえばいいのか。」
私が応えると同時に、視界に表示されたネブラの見取り図が拡大された。どうやら、これもスーツと同じ脳波コントロールになっているようだ。
私が機首の部分に視線を合わせると、その部分にマーカーが現れ、そこまでに至る道筋が視界の中に現れた。
<<そうだ。まずは格納庫正面にある出口から搭乗員の居住エリアに侵入しろ。>>
「分かった。」
無線を終えると、私はスリングベルトで肩から下げた銃を軽く握りながら、静まり返った格納庫の中をゆっくりと歩き出した。
ああ、本当に何事も無ければいいな……と願いながら。
<<コイ……>>
「! 誰だ?」
<<コイ……ミク……ザツネ、ミク……>>
その時、私を呼ぶ不気味な声が響き渡った。格納庫の中にじゃない。私の頭の中でだった。
また、あの時の声だ。私を呼んでいる。誰かが、このネブラの中で私を待ち受けている。
背筋に寒気が走るような、嫌な予感を覚えたその時には、私は銃を硬く握りしめ、銃口を正面に突き出していた。
まるでそれに、自分の身を任せるかのように。
THE END OF FATALITY第六話「私」
【ネブラ】
正式名称X/SDU-591"Nebula"
空軍が保有する空中空母「ストラトスフィア」を、宇宙空間の軍事衛星や、大気圏内から飛来するミサイルから護衛するために開発された大型の軍用機。空中巡航護衛機というカテゴライズがされている。
「連続的な飽和的攻撃を早期に探知すると共にすべて迎撃する」というコンセプトを実現するために、数百発の長距離空対空ミサイルと八基のレーザー迎撃システム等の重武装で全身を固めており、更には護衛任務の前衛となるF-35やF-2等の戦闘機、飛行型アンドロイドの離発着能力を備えた結果、全長210メートル、全幅582メートルという、航空機ながら正規空母を上回る破格の大型機となっている(ストラトスフィアよりは遥かに小型)。
外見は、B-2爆撃機のような全翼機を思わせる翼を重ね合わせたようであり、下層は主翼であると同時に戦闘機や兵装の格納エリア、上層が指揮系統と居住区が収まるエリア、そしてその中間は戦闘機の離発着を行うためのカタパルトであり、普段はハッチで閉ざされているが吹き抜けの構造になっている。
高度な自動化がなされているため、戦闘機の運用関係を除けば通常の護衛任務に必要な人員は50名以下とされている。また、その巨体ゆえの驚異的なペイロードを活かした輸送任務も想定されているが、その場合更に少ない30名ほどで十分と言われる。
当然ながらストラトスフィアと同じく、宇宙航行や大気圏突入を単独で行うための性能を持つ。
まだ試作段階の機体であり、技術実証機、兵装システム実験機、運用試験機、総合評価機の四機の試作機が建造されているが、これらはすべての試験が終了すると同時に改修を受け、本来の性能、仕様に統一される予定である。
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