第三章 決起 パート2

 「それで、ガクポ殿とのコンタクトはどうするの?」
 キヨテルに向かって、リリィがそう訊ねた。居場所を掴めたとして、今この場にいる三人の中にガクポと面識のある人物は存在していない。誰かがガクポとの橋渡しを行う必要があった。
 「リリィにお願いしたい。」
 少しの間を置いて、キヨテルはリリィに向かってそう言った。その言葉に、リリィはきょとんとした様子で瞳を瞬きさせながら、こう答えた。
 「私?」
 その言葉に、キヨテルは一つ頷くと、こう答えた。
 「どうせこの後もミルドガルド大陸を行商に回るのだろう。丁度良いと思うがね。」
 「そりゃそうだけど。」
 釈然としない、という様子でリリィはそう答えた。そのリリィに向かって、キヨテルが更に言葉を続ける。
 「僕はルワールに赴き、ロックバード卿とのパイプ構築を行わなければならない。ミキは来年を迎えればすぐに外海へと乗り出してしまう。君しかいないと思うが。」
 諭すようなキヨテルのその言葉に、リリィは肩をすくめながらこう言った。
 「仕方ないわね。」
 とりあえず、今打てる手はこのくらいか。
 冷めかけた冬野菜のスープを飲みながら、キヨテルはそのように考えた。それにしても、滑稽な話だと思う。元々商売仲間として協力をしていた仲ではあったが、まさかこのように国家転覆の為に工作するようになるなど、当初は考えてもいなかった。直接のきっかけとなったものは帝国軍によるルータオ占領に求めることが出来るだろうが、キヨテルにとってそれは導火線に火をつけた程度の意味合いしか持ち合わせていなかった。
 五年前に黄の国を襲った大飢饉の時、キヨテルが経営している農場は比較的被害が少ない地域であった。その為、他の村の農民たちが流民となってキヨテルの元へと訪れたのである。その流民たちを指導し、キヨテルは耕作面積を拡大させ、灌漑設備を整え、農場の囲い込みを行い、またその頃に出会ったリリィと、そしてミキと手を打って大量の穀物を流通させることに成功したのである。その為に巨額の資金がキヨテルの元に集められることになった。予期していなかった農民の流動化が、キヨテルにとっては一躍出世の原因となったのである。だが、その大規模経営もミルドガルド帝国の成立と共に終わりを告げることになった。カイト皇帝の農地支援策の一環として、農民は全て元の居住地に戻ることが義務付けられた。荒れ果てた農地に戻って何ができるのか、キヨテルでなくとも農民は全てそう考えたが、戦争にしか興味を持たないお偉いさんは農家の実態を理解していないのだろう。無論、その為に大量の資金が農民に手渡されることになった。だが、それでも一度荒れた農園を復興させるには数年の時が必要となる。その為の財政出動は相当の金額になっていたはずだ。その対応のために、半年前にルータオ占領を行い、そして今回大敗北に終わったというルーシア遠征が実行されたのだろう。
 いずれにせよ、これからの農業は大規模経営以外にあり得ない。
 キヨテルは自身が生き残るための戦略を思い描くようにそう考えた。個人単位である小規模経営では以前のような天災が起こったときに、的確に対処することが出来ない。それに、農作物の生産も非効率となり、生産量が絶対的に低下する傾向が起こり易い。それを避けるためには、農民の自由移動を認め、土地の束縛無く人を集めるためのシステムが必要となる。だが、今の帝国にはそのような考え方が無い。より農家にとって合理的なシステムを運営する国家が必要であると、キヨテルは常に考えていたのである。その時勃発したルータオ占領。それはミキに反帝国思考を植えつけるきっかけとなった。ミキもまた、それまで見込めていた利益を大幅に、帝国に吸い上げられるという形で失うことになったのである。だが、軍事的に対抗できる手段はキヨテルもミキも持ち合わせていない。新たな国家を支援するだけの資金力を有していたとしても、軍を任せるに妥当な人物はどう思い描いても存在していなかったのである。だが、ミキがもたらした一つの情報が、キヨテルを大いに動かすことになったのである。
 それが半年前のルータオでの会合で伝えられたものだった。
 『金髪蒼眼の少女が、以前ルータオに存在していた。』
 それだけならば風評ごとであるとキヨテルも無視していただろう。第一、仮に予想通り元黄の国の女王リンであったとしても、一度国を滅ぼしている人間においそれと貴重な資金を預けるわけにはいかない。だが、その少女に綺羅星のごとく輝く天才的な軍人が何人も同行しているという。
 即ち、ゴールデンシティ副総統メイコ。赤騎士団隊長アレク。旧緑の国近衛兵隊長ウェッジ。ゴールデンシティ参謀グミ。大陸一の魔術師ルカ。そしてなにより、軍略の天才ロックバード。
 偶然か必然か、旧黄の国と旧緑の国の連合軍とも表現できるその人材は、キヨテルの戦略に不足している部分を十二分に埋め合わせることが出来る人財であった。そしてその軍容から推測するだけでも、その少女が相当の価値を持つ人間であるだろうと推定できるというもの。その軍事力に、キヨテルとリリィ、そしてミキの豊富な資金を重ね合わせれば、帝国を打倒し、新たな国家の建設も可能になるだろう。その国家の元首にリン女王が付いたとしても構わない。資金援助を引き合いに自身が重要な地位に付くことさえ出来れば、自らで政治を動かすことも可能だろう。そして、今持ち合わせている農園を更に拡大し、ミルドガルドの農業を根本的に変える。それがキヨテルの野望であったのである。

 キヨテルがルータオから自身の農地へと帰還したのはそれから一月程度が経過した、新年を迎えて暫くしたころであった。リリィはゴールデンシティと帝都での商いを終えてからパール湖へと赴くと告げて、キヨテルとは逆方向へと旅立っていった。少しのんびりしすぎているな、とはキヨテルも考えたが、今の段階で必要以上に急ぐ必要も無い。ミキも次に帰国するのは真夏のころであるという。それまで、時間をかけてでも反乱に最も重要である人物・・ロックバード卿とのパイプの構築に当てようと考えたのである。
 キヨテルの農地は旧黄の国南部、ルワールより五十キロ程度南方にあるトーロン地方と呼ばれている場所に位置していた。大飢饉に襲われた時も、黄の国中部以北がほぼ全滅したという状況に比べれば最南部に位置しているトーロンは被害が少なく抑えることが出来たのである。その時拡大した農園は、しかし今は最低限の人員で農地を荒らさない程度に耕作を続けるという程度のことしか出来ていない。もっと大勢の労働力が必要だ。キヨテルは自身の農地に戻り、歯噛みするように考えながら、その中の中心にひときわ大きく聳え立つ屋敷へと歩いていった。キヨテルの屋敷である。
 「お帰りなさい、キヨテル!」
 玄関の扉を開けると、可愛いらしい少女の声がキヨテルの耳に届いた。
 「ただいま、ユキ。」
 ユキは今年九つになる少女である。元々キヨテルの遠縁に当たる夫婦の娘であったが、大飢饉で住処を失い、こうしてキヨテルを頼ってトーロンにまで訪れたのである。今は夫婦ともども、キヨテルの農園で仕事を請け負っている状態であった。
 「旅のお話を聞かせて?」
 せがむように、ユキはそう言った。まだまだ好奇心が溢れる年頃なのだろうな、とキヨテルは考えながらこう答える。
 「ちゃんと良い子にしていたかい?」
 「うん!」
 素直にそう頷くユキの姿を見て、キヨテルは少し瞳を細めた。子供は無邪気で、悪意がない。どのような大人であっても、純真な子供の笑顔に心が癒されないものはいないだろう。そのようにキヨテルが考えた時、アイディアを思いついた様子でキヨテルは指先で眼鏡のふちに触れた。そして、キヨテルは深く思索した。
 ロックバード卿とのファーストコンタクトに、ユキの力を借りることは出来ないだろうか。一つのきっかけとして・・・
 「キヨテル?」
 不思議そうな声で、ユキがそう尋ねた。そのユキに対して、キヨテルは途端に笑顔を取り戻しながら、こう言った。
 「ごめん、ごめん。沢山旅のお話をしてあげなきゃね。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー 42

みのり「ということで第四十二弾です!」
満「ということで、革命に必要なものが色々揃いつつある。」
みのり「軍隊と、後お金ね。」
満「そういうこと。後一つあるんだけど。」
みのり「それは次回以降をお楽しみに!ではでは!」

閲覧数:174

投稿日:2011/04/17 11:35:04

文字数:3,380文字

カテゴリ:小説

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