リンの身なりをメイドが整えていると、カムイがノックと共に部屋に入る。しかし、着替えを手伝うメイドも、廊下に立つ兵士も、特に注意をしない。まるで見ていないかのようだ。
「リン女王陛下、本日は城下町へ偵察に行く初めての日でございます」
「・・・」
「いつものドレスでは目立ちますので」
カムイがドレスの代わりだといって、メイドに渡したのは町娘がよく着ているような洋服。だが素材は高級品。近くで見たり触れたりすれば、すぐに少女が貴族以上の存在である事を示すようなもの。しかしメイドはその服を着せる。何も言わず何も考えず。
そして、またノックの音がする。
「護衛としてお傍に仕えさせていただく、騎士団団長メイトと申します」
「付き人として仕えさせていただく、側仕えのレンと申します」
「では、後は宜しく頼む」
メイトとレンの横をサッと通り過ぎるカムイに、メイトは忌々しそうに舌打ちをした。それを聞いたレンは、メイトの横腹に肘鉄をお見舞いする。
「騎士団団長メイト殿、女王陛下の御前ですよ」
「・・・お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
町娘の服装に着替えたリンの姿は、誰の目から見ても女王陛下とは思えないほど可愛らしい。床に向けていた顔を上げたメイトは、しばらくの間、リンの姿に見惚れてしまっていた。
「女王陛下、この度の城下町への偵察では、身分を偽っていく必要がございます。お好きなお名前でお呼び致しますが、いかが致しましょうか?」
「・・・」
「僕のことは、レン、とお呼び下さい。団長のことは、メイト、とお呼び下さい。団長は身分を隠す事が出来ないほど人気が高いので、ただの知り合いという事にしておくつもりです」
「・・・」
レンの説明を聞いているのか聞いていないのか分からないリンの状態に、メイトの眉が歪んだ。メイトという男は、短気ですぐに手が出るのだが、相手が女性であり女王陛下であるため、苛立ちを表に出す事はなかった。
「それでは参りましょう」
「こちらの馬を、レンと共にお使い下さい」
メイトが連れてきた馬は、世にも珍しい灰色の馬。この馬は『主人を選ぶ』と云われており、気性も激しく扱いづらいが、選ばれた主人が乗ると大人しく扱いやすい。メイトは選ばれておらず、唯一乗れたのはレンだった。
レンが先に乗り、メイトがサポートをしてリンを乗せた。後ろに乗せると危険なので、レンの前にリンを乗せる。二人が馬に乗ったのを確認してから、メイトは自分の馬に乗った。
メイトは、赤毛が目立つ馬だ。一目見て『自分の馬だ』と主張し、買い手がついていたにも関わらず無理矢理に自分のものにしたのである。
「少し離れた場所に・・・私の小屋があります」
普段『俺』と使っているメイトは、女王陛下の前使う『私』という言葉が嫌いだった。自分の好きな言葉で話せない事に、居心地の悪さを感じているのだ。
「そこに馬を置いて、町まで歩きましょう。すぐに着きますので」
レンは、リンを抱えている事で緊張していた。長期間離れていた妹が、今、腕の中にいるのだ。何かを話したいが、まとめきれずに先ほどから言葉を発せずにいた。
小屋に馬を繋ぐと、3人はそこから歩き出す。
その間リンはずっと話さなかった。話す素振りも見せなかった。
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まふまふ
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