側にいるだけで幸せ。
そんなふうに思わなくなったのは、いつからだっただろう。
<私的Parallelines>
「レンのばかっ!」
やばい。
そう気付いた時には全てが遅く、彼女は捕まえようとした僕の指先を難無く摺り抜け、家を飛び出していった。
原因は何だろう。
その時の僕が、非常に機嫌が悪かったからだろうか。
いや、でも別に誰に何をされたから不機嫌になったって訳じゃない。
でもなんかあるよね、他の人がうざったく感じる時って。特に、馴染みの人なら尚更。
だから…
「レン、この間話してた新譜だけどさ」
そんなふうにリンが話しかけてきたとき、僕はそれこそ反射的に沈黙を選んだ。
リンはそんな僕に不安げにあれこれ話し掛け、でも僕はそれを全部無視して…結局リンは半泣きで部屋を飛び出していった。
リンに落ち度なんてなかった。ただ聞き慣れた明るい声が妙にカンに障ってしまっただけ。
…うん、なんか僕、最低じゃね?
はあぁ~、と零れ落ちる溜息が思ったより重くてそこでまた落ち込む。
いや、こんな馬鹿みたいな喧嘩なんていつもの事だよ、確かに。もっと馬鹿みたいな理由で馬鹿みたく大喧嘩することだってしょっちゅうある。
でも。
だけど。
だからこそ。
「夕食には帰ってくるからなあ…そこかな」
ぽつんと呟いた言葉がやけに部屋の中に響いて、また溜息をつきたくなってしまう。
夕食の前か後にでも、リンが帰って来たら謝ろう。
壁に背をもたせ掛けて、視線を窓側に向ける。
並んでいるわけではないけど、すぐ近くに置かれた二つの勉強机。僕とリンの机。僕たちはずっと一緒に生きてきた。
なのに、なんでだろう。
「…あー」
どうせミク姉も学校だし、と僕は声を零した。なんか、声に出すことで考えが纏まることもあるらしいし。
…いや、この考えについてはわざわざ纏める必要がないくらいはっきりしている。だからこそこんなに落ち込むんだ。
「なーんか…ここんとこずっとこうだよなぁ」
段々歳を重ねるにつれ、気持ちが通じにくくなって来た、ような気がする。もしかしたら、昔は何も考えてなかったってだけなのかもしれないけど。
怒らせるつもりじゃなかったのに怒らせたり、リンの悪気ない言葉が心を逆撫でしたり、そんなことばかり。
相手の事なんて、それこそ世界で一番分かっているはずなのに。もしかしたら自分の事よりも、だ。
好きな事も分かっているはず。嫌いな事も分かっているはず。
…なのに、どうしてもっと優しく触れられないのかな。
「泣かせたい訳じゃないのに…」
もしかしたら、近くに居すぎるのがいけないのかもしれない。慣れすぎたせいで尊重とか敬意とかがなくなってしまったのかも。
うわぁ、ダメじゃん。親しき仲にも礼儀あり、だろうに。
もう何回目か分からない溜息をつく。
いつの間にかぐしゃぐしゃに掻き乱していた髪を直すべく、よたよたとふらつきながら三面鏡に向かう。
そこには好き放題に跳ねた髪をした、妖怪コノママジャヒトマエニデラレンが映っていた。
試しに綺麗に髪を撫で付けてみれば、鏡の中の妖怪が、リンみたいなレンというなかなかおかしな生物に変化する。
―――そうだ。
なんとなく納得して、僕は鏡の中の姿をじっと見る。
―――確実に、リンと僕は近すぎる。なのにこうして、僕らの間には確かな境界線があるんだ。だから訳が分からなくなる。
前髪を持ち上げた指の隙間から、さらさらと金髪が零れ落ちていく。
そりゃあリンと比べるなら僕のほうがくせっ毛だけどさ、顔の造作でさえ変えられるこのご時世、髪質の違いなんてお洒落な学生が休み明けにイメチェンした程度の違いだよ。
近いけど同じじゃない、確かに違うもの。
近すぎるから見えないもの、例えば二人の相違点とかは少しだけ視野が広くなってやっと目に入るって事なのかな。
―――きっとそういう事なんだろう。
むしろ今まで気付かなかったのが不思議かも。
「でも、じゃあ…」
こつん。額に鏡の冷たい感触が押し当てられる。
その結果がつまりこの状況な訳だ。
僕たち二人は同じ所を歩いてるんだと思っていた。だって僕の横にはずっとリンがいたから、てっきりそうなんだと思い込んでいた。
でもこのやたらと面倒な世の中を生きていて、ある日ふと足元を見て、気付いた。
僕とリンの歩いているのは、平行に引かれた違う線の上だったんだって。
ひとつひとつの線はやけに細くて、二人が横並びになることなんて絶対無理だった。
いろんな人の線が僕の線と交わったり近寄ったり離れたり、いろんな模様を描いている。そんな中でリンの踏み締めるものだけが、ずうっと変わらないまま隣にある。
ずうっと、ずうっと。
いままでも、きっと、これからも。
それがいいことなのか悪いことなのか、いまいち良く分からない。それは離れないって事と一緒に、こんな仲違いも沢山起きるって事なんだから。
…けどまあ、多分僕がどうこう決める事じゃないんだろうな。
ぱたん、と音を立てて三面鏡の扉を閉める。
きっと僕らが連れ立って歩いていくのは運命とか絆とか、なんかそういうロマンチックなものなんだろう。
え、違う?…まあいいや、今決めた。僕が勝手にそう決めた。
―――いいじゃん。そんなさあ、何でもかんでも精神論とか理詰めで考えなくたって。なんか一つ二つくらいは、宇宙の意志みたいな胡散臭いけど神秘的な力を感じていたい。
なんだか、考えていると胸の中に優越感じみたものが浮かんできた。
どうだ。そう世界の全てに向かって自慢したくなるような、そんな感じ。
僕には特別な相手がいる。それって凄いと思う。
そりゃ恋人や伴侶とは違って、つかず離れずみたいな微妙な距離をふらふらしている生活だけど、考え方だって大概違うけど、好きなのかって聞かれたら考え込む時もあるけど、たまにとんでもなく無責任な事を言ったりするけど。
だけど、それでも確かにリンがそこにいることで変わらずにいられる所も―――…
ぶぶぶぶ、とバイブの音が響く。マナーモードにしておいた僕の携帯だ。
「うぉう!?」
慌てて携帯を開く。ちょっと不意打ちだったからろくに相手も確認しないで通話ボタンを押すと、響いてきたのは弾けるような声だった。
うーん、不機嫌そうなのに生き生きしてるってなんか変なかんじ。
「レン、今どこ」
「今?…家だけど」
「…なんで女の子泣かせておいて後も追わないの」
なんだろう、この女子とは思えない凄みは。お怒りの程がよく分かります。
条件反射のように「なんかよく分からんけどすみませんでした」と言いそうになって、なんとか思い止まる。
くそう、なんでこんな習性が付いてしまったんだ。
「いや、だってリン、夕食には戻ってくるだろ」
とりあえず素直に、追わなかった理由を口にすると、電話の向こうでリンが更に機嫌を損ねたのが感じ取れた。
え、何、何かまずいことを言ったっけ。
「二丁目公園」
「え?」
「今すぐ来て。いい?来なかったら家出するから」
「家出ってリン、財布も何もないだろ」
「だがしかしそこから始まる私のアメリカンドリーム」
「いやここ日本…」
そこまで言ってから、僕は手にした携帯に目をやった。間違いない、通話終了の文字。
…あいつ、さっさと電話切りやがった…
まあ、でもあの様子だと僕が行かない限りお怒りは解けないんだろうなあ。実際、今回は僕が全面的に悪かった訳だしね。
まあ、公園までちょっと歩くくらいどうってことない。それでリンの機嫌が直せるのなら。
ふと僕の頭の中を最悪の想像がよぎる。
公園の芝生に倒れ伏す僕と、腕を組んで雄々しく仁王立つリン。…そのあまりといえばあまりな未来予想図を否定しきれないのが非常に切ない。
…機嫌、直してくれますように。
ふう、と深く息を吐いて、僕は机の上に放り出されていたパーカーを引っつかむ。
油断は禁物だ。外の風には、もう冬の気配が混じっているんだから。
歌唄いは体が資本。
「だろ?リン」
いつだったかの冬にそう言って上着を届けてくれたちょっと勝ち気な顔を思い出し、僕は少しだけ微笑んだ。
私的Parallelines・前
最近、DATEKENさんの曲が癒しです…
というかカラオケ行ったらリンちゃん曲めっちゃ入っててちょっと吹きました。オメデトウ入曲…!嬉しすぎる!
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