鉄兜のひさしを伝つて滴り落ちる雨粒越しに
スタジアムのナイター照明が虹のカーテンを作り出してゐる
避難訓練の集合位置を括りつけた金網は
ぼくの触れることのできる世界との境界だ

植物みたいに人間がびつしりとグラウンドに生え
根を張つたやうに長靴の裏をぴつたりと揃へてゐる
背番号を持つた木は小さな穴で呼吸を整へ
花壇の横の散水ホースが巻き取られてゐないことを確認してゐる

感情のない
その目の奥に
感想のない
その目の先に
まだ何の言葉も持つてゐない景色に
今の自分を置いてゆくだけ

擦り剝いて破れたズボンの膝に付いた角のある砂粒を
ぬかるみに映つた手袋が地面にぱらぱらと戻してゐる
土嚢袋を積め込んだリヤカーが付けていつた轍は
ぼくの立つことのできる世界への入り口だ

いたずらみたいな攻撃が休みなく運動場を撃ち
絵を描いたやうなトンボの跡をぐちゃぐちゃに乱してゐる
クラスと名前を書いた銃は大きな人にねらひをつけて
明日の時間割表の「道徳」のノートの準備をしてゐる

確信のない
その目の奥に
主張のない
その目の先に
まだ何の名前も付けられてゐない景色に
今の自分を置いてくるだけ

屋上に大きな木のあるひな壇みたいな形の校舎で
こつちを見てゐるたくさんの表情は何年も前の卒業制作だつた
非常階段の下にある熊手と竹ぼうきとてみは
ぼくの旅することのできる世界での持ち物だ

箱庭みたいな王国が冒険のフィールドになり
厚紙のやうな金の冠をぴかぴかに磨いてゐる
傘立てに立てた剣は鎖帷子を切れもせず
カメラと三脚の前でアルバム写真の一つにならうとしてゐる

行動のない
その目の奥に
体験のない
その目の先に
まだ何の説明もなされてゐない景色に
今の自分を置いておくだけ

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

雨三景

閲覧数:47

投稿日:2021/10/17 12:11:48

文字数:738文字

カテゴリ:歌詞

クリップボードにコピーしました