司令の部屋に入ったのは初めてだ。
しかも、これほどまでに大勢の隊員が入室を許されることは滅多に無いだろう。
司令の座る机の前に整列しているのは、俺達ソード隊五人。タイト。そして、司令の隣に神田少佐。
どういう訳か、網走博士も、ここに呼び出されたらしい。
今からここにいる七人に、司令から重要な知らせがあると神田少佐から呼び出された。
昨日の夜、本土へ出張に行ってきたらしいと整備員の一人から聞いた。
それが関係しているのだろうか。
或いは、例のストラトスフィアに関係することかもしれないと俺は予測している。
「今から貴方達に、かなり重要な任務、いえ作戦をお伝えします。」
作戦・・・・・・!
俺は喉の唾を飲み込んだ。麻田や気野の表情が硬くなる。
部屋中に緊張という名の空気が充満した。
俺たちに、作戦・・・・・・!
「もうお気づきかもしれませんが、興国の軍事戦力は、もう風前の灯となっています。そして、そのような状態にしたのは、ミクオ君率いるストラトスフィアと、軍事衛星、アド・アストラです。」
アド・アストラとは聞いたことが無かった。
軍事衛星、となると地表へのレーザー爆撃が目的か。
俺としては何故日本がそこまでの行為に踏み切ったかが疑問だが・・・・・・。
司令は話を続けた。
「今の興国に、もう戦闘を行う能力はほぼ皆無といっていいでしょう。しかし、最後にして最大の問題が残っています・・・・・・。」
俺は大体の予測が付いた。
最後に残された最大の問題。
「興国の、核です。」
やはり・・・・・・。
「この核は、レーダーに映らず、日本のミサイル防衛システムでは防ぐことのできないIRBM(中距離弾道ミサイル)です。これをどうにかしない限り、日本は安心ができません。よって、貴方達に、この興国核強制撤去作戦を命令します。」
「待ってください。」
気野が躍り出た。
珍しい。何が耐えられなかったのだろうか。
「我々戦闘機部隊に、そのような作戦が遂行できるのでしょうか。」
「・・・・・・今回の作戦には、日本防衛陸軍と、日本防衛海軍との共同で行います。彼らの協力無しでは作戦は成功できません。」
「分かりました。」
陸軍、そして海軍も協力するとは・・・・・・。
「では、改めて、貴方達の役割を説明します。まずソード隊は明日の08:00時に基地から離陸し、雪峰へと着艦してください。そこから、興国の海岸線へ空母のステルス性能を最大限に利用し、近づきます。そしてそこから出撃し、興国国土内部で任務を達成、帰還するという方式です。詳しいブリーフィングは明日の朝と雪峰にて訊いて下さい。」
作戦の内容がまだ不鮮明というところに不服だが、司令は次にシック小隊、タイトに視線を移した。
「そして、一番重要なのが、タイトさん。貴方の任務です。」
「俺・・・・・・ですか。」
「貴方にはこの作戦で最重要な役割があります。」
「・・・・・・。」
タイトに、最も重要な役割だと?
一体何なのだろうか。
「ここでは話せません。あとで二人のみで説明します。」
皆の前では言えない理由・・・か。
「これで基本的な説明は終わりですが・・・・・・そうでした。網走博士、そして雑音ミクさんに会わせたい方がいます。」
「え・・・僕と、ミクにですか?」
「そうです。貴方が一番良く知っている方です。博士、雑音さんと一緒に少し前に出てください。」
博士が言われたとおりにすると、司令は椅子から立ち上がり、後ろの壁へ何かのリモコンを向けた。
「あっ・・・・・・!」
その瞬間、黒い壁だと思っていたものは巨大なモニターであることが分かった。
モニターが自動的にコントラストを合わせている。
そして、画面の中央に小太りの初老男性が映っていた。
「社長!!」
博士が声を上げた。
社長だと?
網走博士は過去にクリプトンという企業にいたと聞いた。そのときの上司だろうか。でも何故クリプトンなのだろうか。
「久しぶりだね・・・・・・網走君。その隣にいるのは、ミクかね。」
なぜミクを知っているんだ。
「社長・・・・・・どうしてあなたが・・・・・・。」
「網走君、そして、周りにいるみんなもよく聞いてほしい。この作戦が実行されるまでにいたった大元は、全て我々、クリプトンのせいなのだ。」
「え!」
何だって!!
麻田も気野も、そして俺も困惑するのがよく分かった。
ストラトスフィアによる興国攻撃も、そして今言い渡された核の強制撤去作戦も、その原因は博士がもと勤めていた企業、クリプトンにあるというのか?!
ただの科学企業にか?!
「私らの、ある計画を実行するために、軍と政府の協力で興国にわざと日本へ攻撃するよう仕向けたのだ。そして、その計画が終わると同時に、いまだ、日本へ牙を向けている。これでは、日本が危ないと考え、政府にこの話を持ちかけ、総理からいただくことができた答えが、超法規的処置による興国軍事基地攻撃ができ、さらに最大の脅威である、核の強制撤去を実効出来るというわけだ。」
博士も、俺達も、ただ唖然としてその驚愕の真実を何とか理解しようとしていた。
今までの戦いが、軍に協力を頼んだクリプトンの仕業で、
そして最後の仕上げを政府に求めた・・・・・・。
俺が想像していたクリプトンの姿はそこには無かった。
一体、クリプトンとはどれほど巨大なのだろうか。
そして、その力は?
「頼む・・・。私らの計画の最後の仕上げに、協力してほしい!」
社長は、俺達に向かって頭を下げた。
「一つ、訊いていいですか。」
博士が訊ねた。
「何かね。」
「その・・・ある計画とは、何ですか?」
それだ。それは俺も、いや、恐らくここにいる全員が知りたいことだ。
「・・・・・・すまないが、それはまだ、言えん。」
「どうしてです!」
「君達に説明するのは、全てが終わってからのほうがいい。」
「どうしてですか!」
博士の荒い声と共に、麻田が拳を握っていることに気がついた。
その拳を気野がゆっくり落ち着かせる。
「これを知れば、君達の士気が下がるだろう。だから、全てが終わったあとに、全てを君達に打ち明ける。約束する!」
社長は再び頭を下げた。
まだ俺達には話せない事情が・・・・・・。
真実は、まだお預けか。
「それと、網走君。君とミクは、それが終われば軍から、去ることになっている。」
「もちろんそのつもりです。もうミクにこれ以上戦わせたくありません。」
「そのあと、君はどうする予定かね。」
「それは・・・・・・まだ・・・・・・。」
「網走君。私は、君に戻ってきてほしい。」
博士の驚いた顔がモニターに向けられた。
「何ですって?!」
「また、わしらのところに、帰ってきてくれないか。君だけではない。ミクにもだ。」
「・・・・・・どうして、ですか。どうして、一度ミクを捨てたあなたが、どうしてまた必要とするんですか!」
博士の言葉に、俺達三人は衝撃を受けた。
社長がミクを捨てた・・・・・・ということはミクは・・・!!
どういうことなんだ?!
「網走君・・・・・・その節は本当に、反省している。本来ならば、あの時ミクを捨てるべきではなかったのだ・・・それなのに私は、余計だと、と言ってミクを切り捨ててしまった・・・本当に、すまない。廃棄所から彼女を連れ出した君の行為は、今思えば当然の事。しかもそのあと、軍にミクを引き取られ、戦闘用にされていたとは・・・・・・私はもっと早く目を覚ますべきだった。あの時ミクのことを最後までやりとおすべきだった・・・・・・。」
重く語られる社長の言葉に、ミクは困惑していた。
俺は、ミクがかなり特殊な生い立ちを持っていることに気づいていた。
「社長・・・・・・あなたがミクの開発を中止して処分するという言葉を聞いたとき、僕にはあなたに対する殺意が芽生えました。でも、今はもうあなたのことを恨んではいません。」
「私・・・を許してくれるのか。」
「もう、昔のことを引きずるのはやめます。それより、ミクとこの先の未来について考えて生きます。」
「網走君・・・・・・!」
「しかし、一つ気になるんですがどうして僕とミクに戻ってきてほしいのですか?」
「君は・・・勿論君のような有能な人材はわが社に無くてはならない存在のためだ。ミクは、わが社の技術力のパフォーマンスとして活動して貰いたい。」
「パフォーマンス?」
「そう。アイドル歌手になってもらう。」
「何だって!歌を歌えるのか!」
先ほどまで黙って話を聞いていたミクがモニターに身を乗り出した。
「そうだよ。ミク。君は戦いには相応しくない。私のところに来れば、網走君とも一緒に暮らせる。今までよりも、君はもっと自由になる。」
「社長・・・どういうことなんですか。」
いきなりアイドル歌手になってくれと言われて平気でいられるはずが無い。
博士も困惑していた。
「君は知らなかったかな・・・・・・今年の最初ごろにわが社がその宣伝やパフォーマンスとして開発した、人間と同じ外見と能力を持つアンドロイド、通称ボーカロイドのことを。」
「いえ・・・存じませんでした。」
ボーカロイドは聞いたことがある。
社長がいま説明したようにクリプトンの宣伝などのパフォーマンスを行うために造られたミクのように人間そのもののアンドロイドで、様々なメディアで様々な業界に進出している。既に海外の企業も真似し始めているらしい。
もしや、そのボーカロイドは・・・・・・。
「君のミク。彼女の技術が大元だ。つまりミクはボーカロイドの元祖に当たるわけだ。」
社長の言葉に、朝美が表情で「えーッ!」と言った。
「!・・・・・・そうなんですか。」
「で、どうかね。私のところに戻ってきてはくれまいか。」
博士は少しうつむいた。
話を聞いている限り、博士の心境もかなり複雑なのだろう。
一方、ミクは、
「ひろき、わたし、行ってみたい!ここから出られるし、歌が歌えるんだ。わたし、歌が好きなんだ!」
「ミク・・・・・・。」
博士はミクの顔をじっと見つめ、そして、モニターの社長の目を見た。
「分かりました・・・・・・行きます。」
「ありがとう・・・・・・!本当にありがとう・・・・・・!!」
「社長。そろそろお時間です。」
司令がモニターに向かって言った。どこかにカメラでも付いているんだろうか。
「ああ。そうだったな。では網走君。みんな。全てが終わったあと、またここで会おう。そして、私が例の計画の全てを何一つ隠さず伝えよう。」
司令がモニターにリモコンを向けると、
モニターから光が消え、ただの黒い壁に戻った。
「伝えるべきことは以上です。皆さん。出発は明日の朝。それまでにゆっくり体を休めていてください。」
司令は立ち上がり、俺達の前に来た。
「皆さんの幸運を祈ります。」
司令と共に、俺達全員は一斉に敬礼した。
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