視界が開けていく。そして、白く、良く手入れされた天井が目に入る。
次に、木々のざわめきや、小鳥達の囀りが耳に入る。
都心の喧騒など、全く感じない。
今日も悪くない起床だ。
毎日のように、俺は朝五時半に目覚め、ベッドから起き上がる。
そしてまず、ベッドの脇に置いておいたバックの中に、無造作に手を突っ込み、指先のプラスチックの感触をそのまま掴み上げる。
PDAだ。俺の雇い主であるクリプトン本社から、何らかの連絡が来ていないか、いつも起床と共に確認する。
再びベッドに横になると、親指でPDAの画面を押し、受信メールを確認しようとした。
着信が着ている・・・・・・。
だが、その新着メールはいつも届いているものとは、明らかに異なっている。
送信者の名前が無い。
通じようであれば、送信元の情報が一挙に表示されるはずだ。
しかし、いつも情報が表示される画面は、空白のままである。
クリプトンや仲間以外に、俺のメールアドレスを知っている人間など、想像もつかない。第一、徹底的に管理されているこの情報が漏洩する可能性はゼロに近い。
だとしたら、このメールの送り主は、一体何者なのか?
しかも、メールの中にあるファイルの容量が、6メガバイト近くある。
これは展開に少し時間が掛かりそうだ。
俺はPDAにファイルの展開をするように操作すると、PDAを手にしたまま洗面台に顔を洗いに向かった。
シェーバーで数ミリ程度生えた髭をそぎ落とし、洗顔を顔から洗い流そうとしたとき、ファイルの展開が終了した。
すぐにファイルを開くと、そこには一つの動画ファイルと、文章ファイルが添えられていた。
先ず文章ファイルのほうを開くとそこには僅かな文章。
「映像のほうをご覧になってくれれば、大体の予想はつくと思います。詳しいことはピアプロでお話しましょう。」
俺は、この文体を目にした時点で、送信者のおおよその見当がついた。
ヤツに違いない。ヤツなら、クリプトンの情報を探る程度、造作も無いことだろう。
俺は朝食を食べる前に、この動画を見ることにした。
あの短い文章には動画の中身を具体的に表す台詞は見られないが、何かよからぬものが映っていることは確かだ。
そうでなければ、ヤツが俺のところに動画入りのメールをわざわざよこす筈が無い・・・・・・。
人差し指で画面を押し、動画を再生した。
・・・・・・・・・・・・なんだこれは・・・・・・・・・・・・?
六時一分。ピアプロ事務所の自動ドアをくぐると同時に、ロビーのソファーに深く腰掛け、足を組んでいるヤツの姿が目に入った。
ヤツは俺を見るなり、にこ、と爽やかな笑顔で出迎えた。
やはり、ヤツがメールの送り主に違いない。ミクオだ。
他のボーカロイド達よりも一足早く、ここで俺が自動ドアから現れるのを待ち構えていたのか。
俺はそのまま歩みの速度を緩めず、ミクオに近づいた。
そして、
「おい。あれは一体何だ・・・・・・!」
単刀直入に、質問を浴びせかけた。
この言葉が間違っているとは思えない。これで正しいはずだ。
「ご覧になってくださいましたか。」
ミクオは笑顔を崩さず答えた。
やはりこいつだったか。
「なかなかうまく編集できてたでしょう。」
「そんなことはどうでもいい。俺は、これが一体何なのか聞いているんだ。」
そこまで言うとミクオは笑顔から呆れ顔になり、自分の首筋を指差した。
この合図は・・・・・・。
俺はミクオの隣へ腰を下ろし、目を閉じた。
(聞こえますか?)
(ああ。)
(まったく、あれをご覧になっただけでも、ただ事ではないことはお分かりでしょう?こんな人が行き交いする場所で口で話せるわけ無いじゃないですか。)
(そうか・・・・・・そうだな。)
(まぁ、あんなものを見てしまったら、取り乱すのも無理ないでしょうけど。)
(あの映像のことを詳しく説明してくれ。どこの施設なんだ?)
(まぁまぁ、順を追って説明しますよ。先ず、あれは昨日の深夜に起こった出来事です。場所は、クリプトンタワー地下研究所。)
(地下研究所?俺も知らない場所だ。)
(でしょうね。一部の研究者以外と上層部しか、その存在を知らない機密事項ですから。)
(あの映像は、そこの監視カメラに映っていた映像です。彼が映っている部分を集め、編集しました。)
(・・・・・・どこからその記録を?)
(いつものように、ハッキングですよ。ちなみに、監視カメラのモニタールームにいた警備員ですが、彼の手によって殺害されました。)
(そして、事に及んだと・・・・・・。)
(その通りです。あの人は、研究所内の重要なものを強奪し、研究員二名を拉致ていったのです。彼だけではなく、共犯者の姿も見られます。)
(何故こんなことを・・・・・・。)
(さぁ?僕の前から消えた後の話ですので。)
(・・・・・・共犯者といったが?)
(ええ。一見少女のようですが、研究員二人を抱えて悠々と歩いていた様子を見ると、アンドロイドか、強化人間という可能性が高いです。)
(アンドロイドに、強化人間・・・・・・?!それはクリプトンのものだ。自分の作ったもので、自分の研究所を襲わせるやつがどこにいる。)
(あくまで僕の推測の域を出ません。)
(それで、そのあと、彼らは?)
(そこまでは知りません。僕も監視カメラに映っていたものと、上層部が大慌てで会議を開いたことで知っただけですので。けど、監視者である貴方にはそんなことまでは知らされないでしょう。)
(・・・・・・どうして、俺にこんなものを?)
(先ずは貴方に見て、信じてもらってから、証人になってもらうためです。)
(証人だと?)
(ええ。僕の言葉だと信じてくれないかもしれませんので。)
(まだ誰かに話すつもりか?)
(ええ。おや、噂をすればなんとやら・・・・・・。)
ナノマシンの通信が途切れると、ミクオはソファーから立ち上がり、玄関を見た。
ミクオの視線の先には、雑音さんと、彼女に仲睦まじく寄り添って歩くネルの姿があった。
「さ、証人になってくださいよ。何なら、あの動画も見せてやってください。」
ミクオは、彼女達、恐らく雑音さんに、あのことを話そうとしている。
一体何のために?
何故そんなことをするのか。
どんな結果になるか、分かっているのか。
ミクオのとる行動は、その一切が、俺の理解を超えているのだ。
そして、今回の彼の行動は、何かの凶兆となると、俺の勘がそう伝えて止まない。
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