act.3 -ガチャ坊-


 たったったっ。リズミカルに地面を蹴って、垣根の角を曲がって。門をくぐって飛び石を渡ったら、そこがゴール。きたく(帰宅)ったー。つぶやきながら、玄関の引き戸をがらがら開けて。
「ただいまぁ。リリィちゃん、やくそく守ってくれた~?」
 くつを脱ぎながら掛けた声は、きゃーっと上がった歓声にかき消されてしまった。
 ……なんだろ?

「ただいまぁ。どうしたのぉ?」
「お、ガチャ坊お帰り!」
「お帰りー。いやぁ兄者がね、」
「グミ! リリィも、要らぬ事を吹き込むでないぞっ」
 みんなの姿を探してひょこっと台所をのぞくと、おねえちゃんたちがごきげんで迎えてくれた。でも楽しそうなグミちゃんの言葉を、ぎゅっと眉を寄せたおにいさんが止めてしまう。
「さぁ、昼餉の支度をするのであろう!?」
「……?」
 むずかしいお話だったのかな? こてっと首を傾げるぼくに、おにいさんは気まずげに「お帰り」を言って、さぁ、ともう一度うながした。
「わーかったよー。ちぇ、隠さなくってもいいのにさー」
「ね、ルカさんなら大喜びで応援するのに」
「グミっ!!」
 んん? ほんとにどうしたんだろ。おにいさんがあわあわしてるのって、珍しいかも~。
 首を傾げたままでじっと見ていたら、グミちゃんがぱちっと片目を閉じて、「後でね」ってこっそり囁いた。それをおにいさんがじろりと見遣り、誤魔化すみたいにグミちゃんが笑う。
「さっ、ガチャ坊。私はご飯作るの手伝ってくるから、ちゃぶ台出してお皿並べてねー」
 いたずらっこみたいな楽しそうな顔で言われて、ぼくもなんだかわくわくしてきた。はぁい、とへんじをして、なんだろう、たのしみだな。って思いながら、脚をたたんで立てかけてあるちゃぶ台をころころ転がして居間のまんなかへ持っていく。
 おにいさんはそんなぼくたちを、難しい顔で腕組みをして眺めていた。



 おにいさん――神威がくぽおにいさんは、おおきい人だ。体が、ってことじゃなくて――背も高くってうらやましいけど。ぼくも大きくなったらあんなふうになるかな?――えっと、こういうの……そう、たのもしい、っていうんだ。

 ここに来たばっかりのころ、夜中に目が覚めちゃったことがある。ぼくらのおうちは、日本家屋、っていうんだっけ? 天井の木目がじっとぼくを見ているみたいで、落ち着かなくっておふとんを抜け出した。
 まっくらな廊下は、そーっと歩いてもきしきし鳴って。みんなを起こしちゃわないかなぁって気になったり、おばけが出そうで怖かったり、……ひとりぼっちで置いていかれたみたいで淋しかったり。ぼくはどんどん心細くなって、泣き出しそうになっちゃったんだけど。
「如何した、ガチャ坊。眠れぬのか?」
 ゆったりとした声を掛けられて、ぱっと振り向くとすらりとした影が立っていた。雨戸の隙間から薄く月明かりが差し込んで、ぼくと影を少しだけ照らす。そうしてぼくには、いつもは高く括っている髪を下ろした浴衣姿のおにいさんが見えて、おにいさんには、どんぐり眼になみだを溜めたぼくが見えた。
「何を泣く。……我が驚かせてしまったか?」
 ちょっとだけ慌てた声で言って、少し何かを考えるような間をおいて、おにいさんはぼくの前に膝をついた。見上げていた顔が降りてきて、ぼくと目の高さがおなじになる。
「男子たるもの、そうやすやすと涙を見せるものではないぞ。如何した?」
 叱るんじゃなく、やわらかい調子でおにいさんは言って。ぼくはふるふる頭を振って、零れかけるなみだをぐいっとこぶしで拭った。泣きべそをひっこめたぼくに、うむ。とおにいさんが頷く。
「それで良い。怖い夢でも見て目が覚めたか?」
 おおきなてのひらが頭にのせられて、その重みとあったかさに心細かったのが吹き飛んで。
「さぁ、もう休まねば明日が辛いぞ。今宵は我の寝床に入れてやる故、安心して眠るがよい。悪夢もお化けも、皆この兄が打ち倒してやろうぞ」
 おにいさんはそう言って、その日はいっしょに寝てくれた。おにいさんのおふとんはあったかくて、ぼくはもう、朝までぐっすり眠れたんだ。



 やくそくどおりに作ってくれたミートボールスパゲッティのお昼ごはんをたいらげて、からっぽになったお皿とコップを流しに運んでいくと、リリィちゃんがにやりと笑った。
「さぁて、っと。ガチャ坊」
「? なぁに、リリィちゃん?」
 カチャカチャいう洗いものの音にまぎれるように呼ばれて、ぼくもなんとなく抑えた声で聞き返す。リリィちゃんは満足気に笑みを深くして、小さく、だけど力強く囁いた。
「これからガチャ坊に、重大な任務についてもらうよ。難しいけどすっごく大事なことで、ガチャ坊だったらきっとできる。いい?」
「え、えぇ~?」
 重大な任務。ずしっとのしかかる言葉にびっくりして、思わず気弱な声が漏れる。だけど、ぼくだったらできる、って言ってもらえたから。それがなんだかうれしかったから、ぎゅっとこぶしを作って「うん。」とうなずいた。
「ぼく、がんばってみる~。なにをしたらいいのぉ?」
「そう来なくちゃ! エライよガチャ坊、さっすが男の子!」
 リリィちゃんはぼくの頭をなでようとして、手がびしょびしょなことに気付いてひっこめる。代わりにぱちっと片目を閉じて、それから『任務』の内容を説明してくれた。

 と、いうわけで――きれいな包みを持っておでかけしたおにいさんを、こっそり尾行中なう。
 リリィちゃんが言うには、おにいさんのご用事は『でーと』らしい。そしたらおじゃましたらだめなんじゃないの?って思ったんだけど、そう言うと静かに首を振られた。
「兄貴は言葉が少ないし表情も豊かな方じゃないから、良さが伝わりづらいでしょ。あんな長身美形なのに浮いた話のひとつも無かったのが証拠だよ」
 ざあざあと流れる水でお皿をすすぎながら、だからね、とリリィちゃんは続けた。
「ガチャ坊の任務は二つ。一つは、見付からないように兄貴の後をつけてアタシ達に状況を知らせる事。もう一つは、もしもの場合は偶然を装って乱入して、場の空気を和ませる事」
「ほんとは私達が行ってフォローしたいけど、兄さんから厳重に釘刺されちゃったからね。頼んだよ、ガチャ坊」
 いつのまにかグミちゃんも話に加わって、真剣な瞳でじっとぼくを見て。おねえちゃんたちの視線におされて、ぼくはこっくりうなずいた。

 おにいさんはするどいから、見付からないようについていくのはたいへんだ。その上ぼくとは一歩の大きさが違うから、『こっそりと小走り』なんていうむずかしいことをしなくちゃいけない。時々おねえちゃんたちに宛てて報告をつぶやきながら、ぼくは一生懸命に追いかけた。
『おにいさん、お花を買っていかなくていいのかなぁ~』
 ふと気になってつぶやくと、ちょっとの間を開けて返事が並ぶ。
『花かぁ……リリィ、どう思う?』
『微妙。向こうの気持ち次第じゃドン引きされそうじゃない?』
『だよね、やっぱり。大体歩きじゃ邪魔になるしねー』
 結論、無くておk。……そういうものなんだ? オトナの世界ってむずかしい。
 あれ、ところで。どうしておねえちゃんたち、別々につぶやいてるんだろ。いっしょにいるんじゃないのかなぁ?
 ちょっと不思議に思ったけど、考え事をしていたらおにいさんを見失ってしまいそうで、ふるふると頭を振る。ぐっと気合を入れ直した視線の先で、藤色の髪が揺れる背中がぴたりと止まった。見付かっちゃった?! 一瞬焦ってどきどきしたけど、そうじゃなかったってすぐにわかる。
「ルカ殿! なんと、お待たせしてしまうとは……神威がくぽ、一生の不覚にございまするっ」
 慌てた声を上げたおにいさんが、最後の距離を一気に駆ける。その先ではルカさんが、掛けていたベンチから立ち上がるのが見えた。
 ルカさんは『お隣さん』の、桃色の長い髪がさらさらしていてとってもきれいなおねえさんだ。おにいさんもきれいな人だから(あれ、男の人に『きれい』っておかしいかなぁ。でもきれいなんだよ~)こうして並んでいるのを見るとすっごくお似合い。
 あのきれいなルカさんが、ぼくらのおねえさんになってくれるのかなぁ。グミちゃんもリリィちゃんも大好きだけど、ルカさんもおねえさんになってくれるんならもっとうれしいなぁ。
 二人に見付からないようにそっと近付きながら、ぼくはそんな事を考えて、なんだかどきどきしちゃったんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

コイザクラ ~神威がくぽを取り巻く花々~ act.3

ま た 1 ヶ 月 以 上 空 い て た orz
有難くも待ってくださってた方には本当申し訳ない。
自分がこの季節は物凄い使えなさだという事を失念していました……!
湿気と暑さとエアコンに弱いんです。そして体温が上がると異常に眠くなるんですorz
でもってこれから更にマトモに書けなくなる季節だというのに、まだ続くこの話。
は、ハラキリでしょうか(←

えぇと、今回は熱いエールにお応えして(w ガチャ坊のターンでした☆
以前書いた『争奪☆Happy Birthday!』の時よりも少し年齢イメージを下げてます。というか忘れてたけど、彼(の中の人)(←人?)は『永遠の5歳児』だったw
しかし種っ子で思い知ってた事ですが、低年齢キャラの視点で進めると地の文が難しい……!
今回は特に、同じ単語でも漢字だったりひらがなだったり混在してます。自分でも使い分けの基準が説明できないんだけど、自分的にしっくりくる書き方をしたら統一できなかったのです。何故だ。

そして漸くヒロインが出せましたー! ちらっとだけどw
書いてみたら、この後の展開的に今回はチラ見せしかできなかったww(←
そんなわけで、次回はいよいよ満を持して!ルカさんのターン!! ……の、予定。です(弱気)

閲覧数:230

投稿日:2011/06/29 00:55:38

文字数:3,486文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    がちゃ坊がころころとちゃぶ台を転がしている~!!
    可愛い~!!

    リリィさんのときもときめきましたが、がくぽさんの不器用ながらもちゃんと「兄」なところがときめきます!
    悪い夢もお兄ちゃんがやっつけるんだよ!!可愛い!!!

    おねえちゃんズに可愛がられているがちゃ坊がまた可愛い!!
    がちゃ坊を撫でようとして、だけど手が濡れているから止めてウインクしたリリィさんが私的にはかなりツボです。
    何その可愛いお姉ちゃんは!!

    こっそり小走りとか、ルカさんが待っているのに気がついてがくぽダッシュとか、最後まで可愛さが止まりません!
    というか最後までにまにまでした~!!

    そして1ヶ月空いても大丈夫!!ちゃんと待ってるから!!w
    ではでは!!

    2011/06/29 21:01:47

    • 藍流

      藍流

      こんばんは、sunny_mさん。
      やっとガチャ坊が出せたので、忘れずにちゃぶ台転がしてもらったよ!w
      がくぽの布団で一緒にお休み、もばっちり入れて、ミッション・コンプリート!という気持ちですww

      回想シーンは書いてて楽しかった……。
      『争奪?』の時もでしたが、私この兄弟書くの好きみたいですw
      がくぽはそれこそ『兄さん談義』の頃から『兄として在る』事を凄く重視して己に課しているようで、内心わたわたしつつも頑張ってるようです。
      がちゃぽ視点だから入れられなかったけど、『少し何かを考えるような間をおいて』た時、彼の脳内には『KAITOだったらどうするか』というシミュレーションがw
      そういう不器用さというか、不慣れな感じを出せていたらいいのですが。

      インタネ兄妹は前から書きたかったネタですが、今回新たな発見。インタネ姉弟も楽しい!w
      ガチャ坊の年齢を下げた思わぬ副産物で、ほのぼの感が大幅アップしました☆
      素直な子になってくれたから(『争奪?』の時は若干黒かったw)皆ガチャ坊が可愛くて堪らないようですね。
      特にリリィは顕著な感じ。4人兄弟とかってなると、下の二人は特別仲良しなイメージがあります。

      何やら今回は全編に渡って『可愛い』と評していただけたようで、ありがとうございます?!(ルカさんに駆け寄るがくぽも『可愛い』でいいのかという気もしますがw)
      次もまた先になってしまいそうですが(← よろしくお願いいたします!
      夏は速やかに過ぎ去るがいいよ。

      2011/06/30 00:07:36

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    おおおお! ルカさんのターンクルカーーーッ!! ヽ(・∀・ )ノ

    ……と、その前に今回の感想をば。
    今回も良いインタネ家! 楽しませて頂きました。
    藍流さん家のがくぽは本当、正道の「頼れる兄貴」ですねー。うちのがくぽも一応「頼れる兄貴」設定なんですが……なんだこの差、どういうことなの……。
    そんな兄貴がデートとあって、がっつり絡もうとする面々が良い感じですw  他人のデートに外野が首突っ込んできて、ワイワイやる展開ってすごく好きなんですよ~。いつか俺もやろう。←
    がちゃぽの語り口も、らしさがあって良かったと思います!

    さて、そんなこんなでデートですな! 次回、楽しみにしております。
    ルカさんのターンクルカーーーッ!! ヽ(・∀・ )ノ  ←しつこい

    2011/06/29 20:55:34

    • 藍流

      藍流

      クルカーーーww
      のっけから噴いてしまいましたよw
      こんばんは時給さん、今回もお読みいただいてありがとうございます!

      がくぽ、頼れる感じに上手く誤魔化せてましたかw
      どうも私的がくぽは『一見冷静、内面ヘタレ』なのですが、視点ががちゃぽだったから『おにいさん!』ってなったっぽいですね☆
      実際には回想シーンの遣り取りなんかも、かなり焦って脳味噌フル回転だった模様です。

      そしてそんな兄の恋路に全力で絡もうとする妹ズw
      シリーズを始めた当初は、インタネ兄妹はもっと付かず離れずの距離感なイメージだったんですが……。
      書いてるうちに凄い仲良しさんになってしまいましたww
      このシリーズはプロットどころかネタ出しメモすら作らずに即興的に書いてるので、どう転がるか自分でも予測できません(←
      予想外の好評っぷりに、喜びつつも不思議な気分ですw

      さてさて、そんなこんなで次回はどうなるのか。気長にお待ち戴けると幸いです。
      ルカさんのターンクルカーーーッ!?(←来ないのかよΣ(゜д゜)

      2011/06/30 00:05:32

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