「なに安心してんだよ、柴」
不機嫌そうな顔で、顎をこれでもかというくらい引いて、彼女は私に言った。
ちょうど自販機の取り出し口からジュースの紙パックを取り出そうとしていた私は、中腰のまま固まってしまった。
「安心って?」
高校に入ってからほとんど話さなかった彼女が話しかけてきたのには何か事情があるのだろうと思い、ジュースを取り出すのを中断して彼女と対峙した。
肩までの黒髪は鋭いシャギーだ。くるくる巻いて、染めたばかりの私の髪とは正反対。
「周りに合わせてへらへらしてりゃいいと思ってんだろ。それで自分の居場所を確保した気になってる」
「犬養さん……どうしたの急に」
彼女・犬養と私とは、小学校が同じだった。友達を作るのが下手な私と、大人びていたが故に孤立しがちだった彼女はどういうわけだかうちとけて、いつも一緒にいたものだ。
しかしそれは、小さい頃の話。通う中学が別々になると、メールもしなくなった。
高校で再会してもこれといった感動が起きなかったが、「あの子と私とじゃタイプが違うもん」という理由で納得してしまっていた。かつて仲がよかったのが不思議なくらい。
「……それってー、いつもひとりぼっちな自分がかわいそうになっちゃっただけなんじゃない?」
犬養の端正な眉がキリリとつり上がり、短くしたスカートから伸びる白い脚がぐっと地面を踏みしめた。
中学の間に、私はそこそこの対人スキルを身に付けた。
誰かが話しかけてくれるのを待って、愛想よく笑って、とにかく賛成していればいいのだ。
友達を作るのなんて簡単だった。
一方で彼女は、高校に上がっても一人のままだった。
犬養と同じ中学出身の生徒曰く、中学でもそうだったらしい。
「耳と尻尾と首輪が見えるんだよ。話しかけられりゃ耳が立って、髪型や化粧誉められりゃ尻尾振って、仲のいいグループでまとまって歩いてる時は、あんたの首に真っ赤な首輪がついてるみたい。リードで引っ張られてるだけだってのが分かんねえの?」
「……あは、何それ意味分かんない」
声だけで笑ったが、私が本当に笑ったとは彼女も思っていないだろう。
トーンが落ち着きすぎている自覚はあった。
「へつらってるのが楽だもん。悪い?」
「見ててイラつくんだよ!」
「私のことが嫌いだからじゃない?」
「嫌いなんかじゃない!」
犬養は半分叫んでいた。
「あんたは自分を出すのが苦手な子だった……それは今も同じだ。でも、昔は苦手なりに何とか自分の意見を伝えようとしてただろ?今のあんたにはそれがないんだよ、全くの不自由だ」
私のことを分かっているような口振りで、小言のように降り注ぐ言葉が癪だ。鬱陶しい。聞きたくない。
「自由とか不自由って何なの?自由にしたって何にも得じゃない。そもそも自由って観念がなきゃそんなに悩まないで済むのよ」
「だから考えるのをやめたっていうのか?」
「私は何事もなく日々を過ごせればそれでいいの。数は力なり、よ。大勢が言うことが正しくて、大勢が行うことが正しいの」
「……そんなのはまやかしだ……」
犬養の声はいつの間にか震えていた。
「犬養さんも、私の真似したら友達できるんじゃないの?美人なんだしさあー」
「…………友達はできない」
「え?」
犬養はカーディガンの袖を握り締め、私をじっと見据えて言った。
恨み言ではない、それが事実だと言い切るように。
「友達はいらないと思ってる。それはほんとにほんと。周りから何て思われようと私は独りが好きだし、それで平気だ。……でも、たまに……半年に一回くらい、ああ隣に誰かいたらどうなのかなって思うことはある。だけど、」
風でセーラー服の襟がバタバタと揺れた。犬養の髪も揺れた。
見覚えのある風景だ。
何だろうか、前にもこんな風の強い日に、犬養とこうして向かい合っていたことがある……?
「あんたに…………ゆめちゃんに裏切られてから友達ができない……」
『ゆめちゃんの髪、私のと色がにてる!』
『えー、みんな真っ黒だからおんなじだよお』
『ううん、にてるの!風でぱーってなったときの色がいっしょだもん!』
『ふーん?よくわかんなあい』
思い出した。
帰り道、河原の近くで…。
あの時も今日みたいに風が強かった。
さっき私の髪は揺れなかったけれど。
犬養の中で、私が引っ掛かってしまっているのだ。
突然連絡を取らなくなって、疎遠になってしまった私のことが。
そして唯一の絆だった髪の色を、私が友達に勧められて染めてしまった。
昨日のことだ。
だから我慢ならなくなって、話しかけてきたのだろう。
不自由なのはどちらだろうか。
がんじがらめになっているのは?
「じゃあ、犬養さん、もう私に近づいちゃだめだね。群衆心理の温床だもん。感染っちゃう」
「そんなことは分かってる」
「それとも、混ざってみる?いっぱいできるよ、トモダチ」
「……それ、は……」
揺れ始めた犬養の瞳を見て、私はその場を去ることに決めた。
今度こそ、しゃがんでジュースを取り出す。
だからこっちのほうが楽だというのに。
あんなにぶるぶる震えなければ立っていられない生き方なんて御免だ。
だけどあなたがそれを選んだなら、こっちには来ないで。
まるで番犬のように、「来ちゃダメだよ」という意味を込めて、背中を向けたまま一声吠えた。
「わん!」
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