ミラーズ・アー・シェアリング・ザ・ペイン 第二話「戦争と守り人」

 そこは、感覚の無い世界。
 ぼんやりと、炎上する城が見える。怒りを顕わに突撃する民衆、恐怖から逃げ惑う貴族。
 ついに王宮は囲まれ。女戦士は勝利の凱歌をあげる。
 剣先を突きつけるのは、美しく可憐な王女の姿…。
 私は、泣きながら“彼”を見ていた。そうする事しか出来なかった。
 世界は停止して、輪郭をぼやけさせ溶ける様に消えた。

「…ッ!」
 リンが眠りから跳ね起きた。汗が頬を伝う。
 夢を見ていた。それは、惨劇の夢だった。
 背景や内容は覚えていない。覚えているのは、漠然とした感覚と感情だけだった。
 それは、悲しみに似ていた。
(…この記憶は?)
 リンが頭を抑えた。
 心の奥底にうずくまる、形の無い不安。
(これは、過去のメモリー?それとも、未来の暗示だろうか)
 考えても答えは出ないと判断した。
 リンはベッドから起き上がり、カーテンを開けた。光が部屋に差し込む。
 窓の脇においてあるカレンダーの日付は十一月になっていた。
 リンはカレンダーの隣においてある写真を手に取った。
 映っているのは、双子の兄妹。
「…レン、あたしは――」
 写真のレンに向かって呟く。
 視線を壁に向けた。一枚板の向こうは、レンの部屋である。
 既に、レンの気配は無かった。

(どうすればいいだろう)
 放課後の栗布豚高校の廊下で、リンが今日何度目かという自問をする。
 理由は、レンの非行、である。
 リンとレン。この二人は、周囲から見ても意気投合で一心同体という表現にふさわしい、全く見事な双子である。
 そのレンが、自分に隠れて行動している。これは尋常な事ではなかった。
 何か、そうなる原因がある。
 そう思ったリンは、故に、思考を巡らせている。
 レンを助けたいと思った。
 リンは、そんな自分の行動を決してただの節介焼きだとは思わなかった。
 何故なら、彼女の意識は『レンの心は自分の心』。まさしく、一心同体そのものであった。
 かつて、レンと共に在ったそれは、今、バランスを崩している
 二年前のある出来事――“電脳戦争”――を皮切りに。

 日本の財政が限界を迎えたときだった。
 日本国家は日米安全保障条約を理由にミャンマーに軍を送った。
 その後もアジア各国と戦火を拡げ、対価としてアメリカから物資を入手する事に成功した。
 だが、この変革には負の面も大きかった。
 憲法違反を唱え、出兵反対を主張する政党の出現による政権の分極化が進んだ。また、成金が増加し、外部からの政治への発言力が強まった。
 更に、軍力の強化が進む反面、国内の治安維持は疎かになった。
 以上の結果、日本での内閣の力と警察の力は弱まり、国内の危険は増えた。
 特に、昼と夜では街の表情が変わる。
 犯罪や暴動は主に夜に行われる。更に、治安の悪い地区では、薬物密輸、企業の重要人物の暗殺、暴力金融による問題なども日常茶飯的に、夜の闇に隠れて起こる。犯罪者にとって、最も都合が良いのは、存在を認知されない事なのだ。
 その他の民は賢い。夜は極力身を潜め、外部の関心をシャットアウトしている。彼らにとっても、干渉しない、というのがもっとも安全なのだ。その意味で、両者には暗黙の合意が成立していると言える
 これが、今の日本のパワーバランスである。

 ある年、リンとレンの街、札幌で、ある“戦争”が起こった。
 この時、これを含め、経済力を巡る争いは全て、その大小を問わず広い意味で“戦争”と呼ばれた。
 この“電脳戦争”は、札幌で行われた『電脳意識体』の研究の経済力を狙った組織による暴動から始まった。『電脳意識体』とは、いわゆる人工の命の研究の基盤となる発明である。
 極秘性の高い研究であったが、それ故“戦争”の要素にはなった。
 『電脳意識体』の開発主任たる『開発組織クリプトン』は、その開発の強奪をもくろむ集団、仮称“P”の武力介入を事前に予見した。
 その時点で、既に『クリプトン』の目的たる研究はほぼ完成していた。
 『音』を力に、『音』を守り、『音』を奏でる、人を超えた命。
 それが、彼らの最終研究目標であった。
 『音の守り人』という存在意義から『ボーカロイド』と名づけられたそれら『守り人』は、その力を発揮し、敵勢力を撃退せんと乗り出した。
 そこからは、ただ“戦争”である。
 刀剣、銃火器といった種類を問わない武器が、夜の街という人々の意識から隔離された広い空間で火花と血を散らせた。
 死闘を制したのは『守り人』たちだった。
 これが、“電脳戦争”。リンやレンの戦いである。

 帰り道、リンはレンと共に戦った日々を思い出した。レンの心を開く鍵は、間違いなくここにある筈だ。そう思い、思考をめぐらせる。
 コンビニで、お気に入りのみかんゼリーを買ったリンは、公園のベンチでそのフタを外した。
(おいしくない)
 何故か、今日はその味も乾いているように感じた。
 すると、ブレザーのポケットが振動した。
 かつての戦友にして最も信頼を寄せる仲間の一人、ミクからの着信だった。リンは通話ボタンを押す。
「もしもし」
「リン?今、どこにいるの?」
 ミクの声に、少しの焦りを感じた。
「…何かあったの?」
 質問に答えるより、用件を尋ねるのが先だと判断した。
 ミクも、長年の経験からリンの考えを察した。
「レンが、大勢の人に連れて行かれたの。三十人はいたと思う」
(…敵討ちか)
 リンが状況を察する。
「場所は?」
「ええっと、KEIビルの裏、って言ってたかな」
(KEIビルか、近いな。――間に合え!!)
 リンが公園から飛び出した。
「リン?」
「レンを止める。切るよ、ごめん」
「え?」
 リンが電話を切った。
(三十人か、多いな)
 リンが一つの心配を抱えていた。
(そんな人数とケンカしたら)
 レンがやられる、という心配はしていない。
 やがてKEIビルが見えた。
(それを人に見られたら)
 角を曲がると、そこには立ち尽くすレンの姿があった。
(おおごとになる――!)
 足元には、レンが返り討ちにしたヤクザたちだった。
 そして、
「な、なんだ?」「ケンカだ!」「ヤミ金か!?」「逃げろ!!」
 恐れ逃げ惑う人々。
「遅かった・・・か」
「リン・・・」
 レンがリンに気付き、目を背け、走り去っていった。リンから逃げるように。
 周囲が錯乱し騒ぎ立てる中、リンは何も出来なかった自分に歯を食いしばった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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小説 ミラーズ・アー・シェアリング・ザ・ペイン 第二話「戦争と守り人」

うp主です。

今回は長い上解りにくい説明でしたね。サーセンorz
次回はレンです。軽く病みます。

ちなみに、このシリーズは四話で終わると思います。次回は丁度『転』の場面でしょう。

それでは、次回に乞うご期待www

(7/22・追記)
コメントでご指摘を受けましたが、いくらなんでもヤミ金は暴力騒動起こしませんよねww作者の常識力が恥晒しモノ(T△T)
戒めとして修正はしませんww
放置するのは不安ですのでここで反省の意だけでも。社会勉強頑張りますorz

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投稿日:2009/07/19 13:56:34

文字数:2,704文字

カテゴリ:小説

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