卓は外出の際、大学の図書館へ行くと言っていた。ミクとしては、それ自体が嘘だと思っていた。
だからだろう、まさか本当に大学に来るなどと思っていなかったがため、ミクの驚きは相当なものだった。
そして、眼前に広がる光景が、ミクの驚きを更に強めさせる原因となっているのは明白だった。
「はぁ……これが文化祭ですか」
感嘆のため息がミクの口から漏れる。
広大な敷地にどこを見渡しても露店が所狭しといくつも並び、客寄せの声が校内を駆け抜けていく。それに反応するように、道を行き交う人が足を止めて様々な食べ物や商品を買っては再び人の波へと消えていくのが見える。
祭り独特の高揚感。耐えることのない人の喧騒が盛況であることを物語っている。
その賑やかな光景に、ミクもあてられたように熱くなり、胸が自然と高鳴るのを感じていた。
「国内では指折りのマンモス校だけに、敷地の広さも凄いわね。学生が主導で動いてるとは思えないほどの露店数だし、さすがとしか言いようがないわ」
「そうですね、お祭りって初めてですけど、こんなに凄いものだったなんて……あ、メイコさん! あっちに十字架が立ってますよ! あれは何でしょうか?」
「ん? なにそれ。どこどこ?」
ミクの指差す先では、確かに何故か男子学生が十字架に貼り付けられていた。
その近くには何故かたいまつを持った学生と思しき男女が数名いる。
「…………うわぁ」
見たくもないものを見てしまった。
よく見るとマジックショーと書かれた看板が目に入る。あれも出し物の一つらしい。
十字架に縛られた男子学生がここまで聞こえるくらい大きな声で何か叫んでいる。
「わ、悪かった! 彼女がいたことを黙ってたのは謝る! だから許してくれ!」
「二次元を捨て、三次元に現を抜かした挙句に、我々を謀った罰だ! この炎脱出マジックショーを見事完遂したら許してやる!」
「ロープにいつもの細工がされてないんですけど?!」
「できるだろ? マジック研究部部長なんだしw」
「ち、畜生! あとで覚えてろお前ら! とりあえず火はやめてください! てか近づけないで熱い熱い!?」
時々飛んでくる火の粉に熱いと叫びながら必死に脱出しようとするそのリアルな姿に、周囲の観客も歓声を上げていた。
「さぁ客席も暖まってきましたよ部長! いざ、ファイヤー!」
いかにも悪者といった表情で部員の一人がたいまつを十字架の足元へと落とそうと腕を振り上げた。
しかしその瞬間、先程まで泣き叫んでいた部長の眼光が鋭く光った。
「うぬれぇ……させるか! 目覚めろなんか俺の中の秘めたアレなパワーッ!!」
「うぉ?! 部長が冗談みたいな世紀末覇者的な姿に!?」
「これぞまさにマジック?!」
「ふんもっふッ!!」
掛け声一つで体を縛っていたロープが弾けて切れた。地鳴りのような音と共に部長が大地に立つ。
その光景に誰もが大きな拍手を送り、マジックの成功に感動していた。
ただし、部員を除いて。
太陽を覆い隠すように立つ、巨人と化した部長が不敵な笑みを浮かべ、震え上がる部員達に近づいていく。
「さぁ、ここからが本当のショーの始まりだぜ諸君」
「ま、まずい! 散れ、散れー!」
「逃がすかこの馬鹿者共がああああああああ!」
「ひぃいいい?!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく部員達の中で、主犯格と思われる部員がピンポイントで追われ、走って消えていくのが見えた。
最後のその光景に客席は、またもや何かの一つのイベントと思ったのか拍手をしてその場をあとにしていく。
一部始終をつい見てしまったメイコは、あまりのあほらしさに苦悶の色を浮かばせていた。
「いくら学部や学生がアホみたいに多いとはいえ、信じらんないくらいのハッチャケ具合ね。こりゃ警察も呼ぶわけだわ」
そう言われて、ミクは初めて人ごみの中に制服を着た警備員が多くまぎれていることに気付いた。
引っ切り無しに襟元につけたピンマイクで何か話しているのが見える。
「随分と厳重な警備ですね。ここからでも数十名は見えますよ」
「さっきみたいな感じで、毎年アホな連中が過激なことしかしないからね。これくらいの用意をしておかないと怪我人続出よ。むしろ今までがちょっと温いくらいだったから、コレくらいがちょうどいいのかもしれないわね」
「メイコさんは前にもここに来たことがあるんですか?」
口振りから察するに、いかにも以前来たことがあるようだ。
ミクの疑問にメイコはうんざりとした顔で深々とため息をついてみせた。
「あぁ……まぁちょっとね。野暮用があったのよ、それも結構前の話なのに、あの頃とあんまりにも変わらないなんてちょっと呆れるわ。ってか、文化祭だって分かってたらこんなところ絶対来なかったかも」
「そんなにですか」
「ええ、前に来たときは教授VS学生でリアル鬼ごっこをしていたけど……あれはひどかったわ」
件のリアル鬼ごっことやらのことを思い出したのか、メイコの顔色が真っ青になる。あの肝っ玉の座ったメイコがこんな表情を見せるとは、俄かに信じられない状況だ。
自然と、ミクの喉が動き冷や汗を浮かべる。
「な、何があったんですか……?」
「言いたくない…………いえ、思い出したくないわ」
疲れ果てて擦れたような弱々しい笑みを浮かべながら、うっすらと涙を滲ませたメイコがどこか遠い空を見上げる。
「かわいそうな教授、ちゃんと社会復帰できたのかしら」
「……とりあえず激しく社会不適合な大学だってことは分かりました」
深くは関わるまい。
ミクはそう強く決意した。それが多分身の為だ。
なにやら一刻も早くこの場から離れるべきなのではないかと思い始めた、そんな時。
看板を持って客寄せをしていた男子学生が、ミクとメイコを見て走りよってきた。
「お! ねぇねぇそこお姉さん方! どう、これから一休みがてらうちの喫茶『GE☆TE☆MO☆NO』によって行ってよ。二人とも綺麗だし、ドリンクとかサービスしちゃうよ!」
そんな男子学生の誘いにメイコが笑顔で返す。
「あら、ありがとう。でも、星入れてアルファベットで誤魔化してもゲテモノって言ってるわよあんた」
「名前を聞いただけで行く気が著しくなくなりました……」
なんでここの学生はいちいち色物に走ろうとするのだろうか。若干憂鬱な気分になっていると、今度は周りで同じように宣伝をしていた学生達が津波のように押し寄せてきた。
「おい、何抜け駆けしてんだてめぇ! 二人とも、そんな気持ち悪いとこよりうちの学生食堂『超絶化学反応』に来なよ! 今なら食事をしながら核分裂ショーが見れるぜ!これは必見だよ!」
メイコが露骨に遠い目をしながら凍てつく様な笑みを浮かべる。
「フフッ、わかったかしらミクちゃん。この大学の学生の半分以上はこんなイイ感じに頭のねじが飛んでいるわけ」
「ここは本当に日本ですか?!」
国は一体何をやっているのだろうか。国家権力ともいえる警察は、警備なんかしてないで早くここら周辺の学生を一斉逮捕するべきだと思う。
などと考えていると、だんだん周りが殺気立ち始め、いたるところで口論が始まりだした。
「あ、てめぇら! そのお姉さん達はうちらが狙ってたんだぞ!」
「うっせー! 早いもん勝ちだバカヤロウ!」
「ちょっと待ってよ、私達だって彼女たちのことまだ誘ってないんだからね! 大体、男どもは目的がバレバレなのよ。可愛い女の子とお近づきになりたいだけじゃない。ねぇねぇ、お姉さま方、こんなむさ苦しい男共は放っておいて、私たちと一緒にお茶でも如何かしら?」
「お嬢様かぶれは黙ってろよな。そんなんより俺らと一緒に宇宙の神秘について語り合うほうがよっぽど有意義ってもんだ」
「はいはい宇宙人万歳、いっそそのまま月にでも帰っちゃいなさいよ」
「んだとっ?!」
「やるっての?!」
殺伐とした空気が醸し出されてきて、ミクとメイコを取り巻く全員が一触即発と言った感じでにらみ合いを始めた。
さすがに二人とも身の危険を感じ始め、メイコがいち早く決断をする。
「不味いわね……走るわよミク!」
「は、はい!」
返事をするや否や、メイコの力強い手に引かれてあっという間に人垣から脱出に成功し、極力距離をとるために二人は走ってその場をやり過ごした。
息を軽く切らせながら、ミクが辺りを見回すと先程の人の群れが追いかけてくる気配はない。
とりあえず、これで一安心といったところだろう。
「はぁ、はぁ……、おかしいです。ただ入り口を通っただけで異常に疲れました」
「祭りの雰囲気にあてられて夢心地になった人間は怖いわよ。特にここの連中は常時そんな感じだから気をつけなくちゃ」
「それにしても、どうしてあそこまで私たちに集まってきてしまったんでしょうか? 他にもお客さんはたくさんいたのに…………」
「さぁ、それはさすがによく分からないけど。多分いいカモに見えたんじゃないかしら、ちょっと物珍しそうにしてたしね。いわゆる一つのおのぼりさん状態よ」
「ああ、なるほど」
ミクが心底納得いったという感じで手を鳴らす。確かにメイコの予想はおおむね正解ではあった。
だがしかし、二人は致命的なことに気付いていなかった。
最大の要因、それは二人の容姿が明らかに他から浮いていたのだ。
綺麗でグラマラスな大人の女性と、純粋そうな可愛い女の子が男も連れずに一緒に歩いていたら年頃の男としては声をかけたくなるものだ。
それを裏付けるように、再び二人の周囲に勧誘と思しき者や通行人の視線を集め始めていた。
俄かに騒がしくなってきた周囲に、メイコは警戒しながらミクに耳打ちする。
「……なんかこのままここにいるのも危なそうね、とりあえず建物の中に入って人に紛れましょう」
「そうですね、早く卓さんも探したいですし」
二人は一度頷くと、急ぎ足でその場から離れて校舎内へと入っていった。
中は外よりも幾分落ち着きがあり、兜を被った猫のきぐるみやらメイドさんが闊歩している。メイドに至っては、客との記念写真を撮っているほどだ。
見た目こそ派手だったり奇抜だったりするが、皆それぞれに仕事があるのだろう、忙しそうに動き回っているのが見ていて分かる。
そのおかげか、二人は先程みたいにやたらと視線を集めることもなく一般客として落ち着きを取り戻しつつあった。
一息つき、メイコが汗を拭う。
「さて、それじゃあ改めて卓君の場所を調べますか」
「はい、ちょっと待ってください…………あれ?」
ポケットから出した携帯を開くと、ミクが目を丸くして画面を見やる。
「どうしたの? ハトが豆鉄砲でも食らったみたいに」
さすがに心配になったメイコが声をかけると、ミクは消えてしまいそうな小さな声で呟いた。
「……ここです」
「えっ?」
唖然としたメイコに、携帯の画面を見せながらもう一度呟く。
「この建物の中、それも多分上の階のどこかにはちゅねの反応があります」
そこには確かに、はちゅねのマークと現在位置のマークが重なって映っていた。
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