さようなら。
遠い昔の記憶がよみがえる。
僕は、遠い昔この桜の木の下で誰かと別れを告げた。
久しぶりのふるさと。ざっと30年ぶりだろうか。
あの頃よりだいぶ家が増えたが、それ以外はほとんど変わっていない。
川も森も田んぼも空気もあのころのままだった。
さようならを告げた後、僕はこの村を去った。
理由は定かではない。別れを告げたから去ったのか、去るために別れを告げたのか。
同じ桜の木はまだあの頃と変わらず、綺麗な花を咲かせていた。
僕は誰と別れたのだろうか。あの言葉は誰に向けた言葉だったのか。
思い出したいのに、記憶に靄がかかったようではっきりとは思いだせない。
風の吹く昼下がり。遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
僕には家族はいない。結婚もしなかった。
仕事一筋でここまで来た。これからも結婚する予定はない。
一人でさびしいと思うことはなかった。
ずっと一人だったのだから。一人しか知らなかったのだから。
なのに、僕はあの時一人ではなかった。誰かとともに、ここに来て、この桜を眺めた。
いや、もしかするとあれは僕が作り上げた幻想だったのかもしれない。
この桜を誰かと眺めたいという僕の願望が作り上げた、幻だったのかもしれない。
ふと見上げると、木の枝が分かれているあたりに人影を見た気がした。
僕は笑みをこぼした。
何か大切なことを思い出せたような、そんな気がした。
僕はゆっくり歩きだした。
あれは僕がまだ幼かった頃。
友達のいなかった僕に優しく接してくれた、大切な存在。
たぶんまだそこにいるであろう、僕の大切な友人。
ありがとう。この木を守ってくれて。
また来るよ。
顔も名前も思い出せないそれに、僕は心の中でそう告げた。
「私はいつでもここにいるから。あんたの居場所を守ってるから。あんたはあんたの行くべき場所にいっておいで。」
さようなら・・・・ありがとう。
桜の花びらが、綺麗に舞った。
コメント1
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ご意見・ご感想
日枝学
その他
はじめまして。なんとなく、読んでみました。切なく
て、ほんやりとした美しさ漂う作品ですね。綺麗な感
傷、みたいな言葉があるとしたら、こんな感じでしょうか。良かったです。
2013/01/21 22:02:41
コウ
ありがとうございます。そう言っていただけてすごくうれしいです。
ありがとうございます。
2013/01/21 23:35:18