日枝学さん

なにかの素材になればいいな、っていうテキストと、好きな作品をモチーフにした掌編小説を投稿できればいいなって思ってます(2013.12.25)

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hiedamanabu

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ペスト(彼女の孤独と結束について)

-------------------------------------------------- ▼ ペスト --------------------------------------------------  この年の夏。  とある町で、数ヶ月間に及ぶペストの流行が発生した。  古い時代の伝染病が再び猛威を振るうという話には、いくつかのパターンがある。  そのパターンは、大きく分けてふたつだ。  ひとつ、病原菌がそのゲノムを変化させて、人々を襲うための新しい方法を獲得するパターン。  もうひとつは、その逆だ。病原菌ではなく人々が、そのゲノムを変化させて、過去に克服したはずの病原菌に襲われるようになってしまうパターン。  この町で発生したペストの流行は、どちらかと言えば後者のパターンに近かったのだろう。《近かったのだろう》とい表現の通り、これは記述者であるわたしの推測だ。わたしは学者ではないから、この流行の原因について、あまり多くのことを知らない。だが、聞いたことがある。ペスト菌は自らのゲノムをあまり変化させるタイプではないらしい。だとしたら、今回の流行は、人々の側の変化と考えるのが妥当だろう。――なんてったって、ペストの流行した時代は、もう10世紀も前のことだ。  ところでこれは何の記述か?  新たな時代を再び襲ったペストという古い病気についての記述ではない。  ペストの流行により封鎖された町に住む、ひとりの、少し変わった少女についての記述だ。  わたしは記す。『少し変わった少女』、と。  彼女のなにが変わっていたのかというと、それは彼女の孤独のことだ。  彼女は孤独だった。しかも、その孤独は少し特殊だった。孤独はすべて、飢えに関係している。そして大抵の孤独は、なにかしら人間に関わる飢えなのだが、その点において、彼女は特殊だったのだ。封鎖された町の内と外とに切り離された恋人の男のことなど、彼女の孤独に、なんら影響を与えるものではなかったぐらいだ。 「ねえ」とある日、彼女は女に話しかけられる。「リンちゃん、最近どうしてるの?」  その女は、彼女が幼いときからの友人だ。あるいは姉。実際の姉ではないのだが、年齢差のことを考えると、彼女からしたらその友人は、姉のような存在だった。 「どうしてるって?」 「毎日、なにやって過ごしてる?」 「うーん」彼女は少しの間地面に目をやる。ここは彼女の家から少し離れたところにある公園だ。公園の地面は柔らかな白い砂ばかりで、その他にはなにもない。「絵を描いてる」 「絵?」友人は、これは驚いた、という顔をした。なぜかって、今どき絵を描く人なんて、そういない。流行したペストにより封鎖されたこの町では、人々の上に絶望という重苦しいものがのしかかっていて、絵を描くみたいな、体力の要ることは、誰も出来ないでいるのであった。――正確には、要るのは体力ではない。彼らが失い、そのために創作能力を発揮できなくなった原因のものは、未来だ。いつ終わるのか分からない封鎖の中、町の人々はばたばたと死んでいく。明日死ぬかもしれないという恐怖は、封鎖の始まった最初のうちは、人々を、気を紛らわせるための創作や、スポーツに向かわせた。だがしばらくすると、気を紛らわせるために行うそれらには、本当は、気を紛らわす力が無いのだということが明らかになり、誰もが創作やスポーツといった活動をやめてしまった。 「うん。絵だよ」  なんでもないことのように答える彼女は、前述の理屈が本当にそうだとしたら、気を紛らわすためにそれを行なっているのではないことになる。あるいは彼女が知恵遅れで、気を紛らわすという幻想の、幻想たる部分にまだ気付いていなかったということになる。 「昔から、絵描くの好きだったもんね」  友人の言葉に、「そうだったっけ?」と彼女は首を傾げる。 「違ったかな」 「分からないや」 「どちらにせよ、今も、好きだから描いてるんでしょ?」 「分からない」 「じゃあ、なんで?」 「面白いから」  それから二言三言言葉を交わした後、友人はその場を去ることになった。  去り際に、友人はこんなことを呟く。 「叶わないなあ、リンちゃんには」  叶わないという友人の言葉には、いくつかの思いが込められているようだった。  わたしには到底出来そうにない、という思い。強いなあ、という思い。そんな風に強いからxxくんだってわたしではなくてリンちゃんに惹かれたんだろうな、という思い。――だが、なによりも強い思いは、《どうして》という思いだった。どうして、大したことではないなんて思っていられるんだろう……  その思いはどういうことか?  友人は、彼女の「面白いから」という一言で、悟ってしまったのだ。  彼女が、ペストなんて大したことではない、と思っていることを。  実際に、その悟りは当たっていたのだろう。彼女はいつだって、ペスト流行前と、なんら変わりない生活を送っていた。絵を描いて、本を読んで、そしてまた絵を描く。――面白いなんて言葉は、ほんの少しでもペストのことを恐怖に思ってしまった人であれば、発せない言葉なのだった。例え無理に「面白い」と口を動かしたとしても、声帯は最適な形で動きはしない。必ずどこかに無理が出てしまうのだ。  彼女は絵を描き続けた。  だが、ある日を境に、その絵の傾向が、ガラリと変わることになる。  前述の友人が、倒れたのだった。  医者が言うところによると、倒れた友人のその症状は、ペストの感染によるものだということだった。  この頃、感染の診断はそのまま、数日後の死を宣言するのと同様の意味になっていた。  それを境に、彼女はおかしな絵を描くようになる。  細菌だかウイルスだかを魔物のような姿に可愛らしくデフォルメし、何匹も集わせた絵だ。  それからしばらくの後、ペストの流行は収束を迎え、封鎖は解けることになる。  …………  解放後、彼女のおかしな絵は、少しの間、世間で注目を浴びることになった。絶望の最中を生きた人間による生きた絵だ、と評価されてのことである。  評価はいつだって、色んな人の言葉を引き寄せる。  ある人物は、ペストに襲われたこの町の悪趣味な象徴化だろう、と言った。  ある人物は、芽生えた恐れの陳腐化を図ったのだろう、と言った。  だが、彼女が言うところによると、それはどれも、的外れのものだった。 「わたしはね」とある日彼女が語ってくれたのを、わたしは覚えている。「ずっと、隔たりがあるんじゃないかな、って思ってたんだ。わたしたちと、わたしたちの外にある、本当の凄いものとの間に」 「本当の凄いもの?」 「そう。本当の疲れや、本当の喜び。本当の別離や、本当の愛」  本当の愛というベタすぎるまでにベタな言葉を聞いて、思わずわたしは吹き出してしまう。  でも、彼女は真剣な顔で続けた。 「隔たりは大きくて、わたしはそれに飢えていたんだと思う。でも、xxxちゃんが倒れたときに、その隔たりがちょっとだけ縮まったような気がして」倒れたその友人というのは、本当は、これの記述者であるわたしのことだ。わたしは運が良かった。ちょうどペストが感染の力を弱めた時期に当たったのだろう。数日後に死ぬかと思われたわたしは、なんとか一命を取り留めた。「それで、描かないとなって、思ったんだ」 「あの絵を?」 「うん」頷く彼女は、このときも絵を描いていた。「でも、まだなんだよ」 「なにが?」 「いつも思うの。まだ隔たりは大きいな、って」  そう語る彼女の真剣な表情を見たときに、わたしは、彼女の内包する孤独を感じ取ったのだった。  少しだけ。 「ところで、あの絵はなんであんな風に?」 「それは、ペストをどうにかするには結束しないといけない、と思って」 「結束?」 「そう。結束」 -------------------------------------------------- ▲ ペスト (彼女の孤独と結束について) ―― 終 ―― -------------------------------------------------- ※元絵:ざりがに様『パレイド』(http://piapro.jp/t/i5qg)

この作品はざりがに様のイラスト『パレイド』(http://piapro.jp/t/i5qg)をモチーフにした小説です。

孤独という言葉。――それは僕にとって、《なにもかもが遠くにあって、自分はそれらから隔てられた場所にいる》という感覚になって訪れる。それは、人間関係に限るものではない。

結束という言葉。――それについて僕はあまり多くのことを語っていない。なんでかって、そもそもあまり知らないからだ。けれどなんとなく、結束という言葉は、孤独となにか関係しているような気がする。

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投稿日時 : 2013/01/28 20:35

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