まさかこんな事になるなんて、思ってなかった。
初めてあの人を見た時に一目惚れしたとか、そんな事はなかった。最初はただ、ああ綺麗な人だな、と思っただけで。
同じ部活に所属していた、三年の先輩。新一年として入って来た私に優しく色々な事を教えてくれた。
例えば先生について。行事について。通学経路について。
でも陳腐な事に恋まで教えられることになるなんて、考えてもみなかった。
それに気付いたのは、三年生が受験の為に部活に来なくなってから。姿が見えないと淋しくて、居ないとわかっていても目で探すことばかりしていた。
時々、ちらっとでも会えないかなんて淡い期待を持ちながら、わざわざ三年生の教室の前を通るルートで行動したり。今考えると結構健気というか、露骨というか、うん。
若かった(一年しか経ってないけど)。
それでもまだその時は、先輩後輩としての慕情だと思ってた。だって、まさかだもん。
そう、相手の名前は、巡音ルカ。
れっきとした、女性だったの。
正直午前中の授業って以外と辛い。
眠いとかじゃなくて、気が乗らないというか。一応身を入れて聞いてるつもりではあるけど、本当にできているのか分からない。
面倒な高二の授業は私の意識を上滑りして行く。
―――何してるのかな。
遠くの空の下、同じように授業を受けているだろう恋人の事を考える。もしかしたら休み時間かもしれないけど。
何と言うか。
私は少し眉をひそめながら思いを馳せる。
ちょっとばかり、心配だったりする。
あの人、以外と優柔不断で、隙があって…それが良いんだけど…だから変な人に目を付けられたり騙されたりしないか、少し気になる。
年上なのにとっても可愛くて色っぽくて。私がこう思うって事は世の中の男性陣もそう思うのかもしれない。
それを考えると居ても立ってもいられなくなる。
もしも彼女が目移りしてしまうような事になったら、どうしよう、って。
最初の最初、まだ目で追い掛けていた頃は可愛いものだった。
でもその微かな想いの炎は澳火の様に燻って、外からは見えなくても確実に私を蝕んでいた。
声が聞きたい。姿を見たい。
なんでもいい。少しで良い。だから。
忍ぶれど、色に出にけり我が恋は…なんて句がピッタリだったと思う。実際、クラスメイトのネルちゃんとかには「好きな人出来たの?」なんて聞かれちゃってたし。
少しずつ、でも確実に私は恋に狂っていっていた。今ならわかる。良くわかる。
隠すのは辛くて。でも、表に出して引かれるのはもっと嫌で。だから結局焦がれる想いはひた隠しにしていた。
それがついに溢れたのは、入試に無事受かったルカが卒業前に部活に来た時だった。
そこでまさか、あんな答えを受け取ることになるとは思いもしなかった。
ふと物思いが中断される。原因はすぐにわかった。
メール。ルカからの。
胸が甘く苦しく疼く。
私がルカにしてもらった約束、それがきちんと守ってもらえていることを感じられるから、いつもこの時間は楽しみで仕方がない。
大体は先生がミスしたとか、なんでもないメールなん
だけ
ど
えっ!?
こっそりとメールを開いた私は驚きすぎて携帯を取り落としそうになった。
この高校は携帯の使用とかはかなりゆるくて、メーリングリストで授業中に「ウインクキラーやろう!」とかとんでもないのが回って来た事さえある。でも当然堂々と使ってしまうのは流石にまずいわけで。
でも、えぇえ!?何これ、ルカ!
慌ててメールを返す。慌てすぎて変換さえろくに出来なかったけど、仕方ないと思う。
無事送信されたのを確かめてからもう一度メールを凝視する。
添付されてきた写真には、(多分だけど)大学の講義室らしい場所で笑うルカと見慣れない男の人が映っていた。しかも、身を寄せ合うような形で。その上、ルカは満面の笑顔で!
誰、誰!?これ誰!?
何と言うか、無駄に顔がいいのがカンに障る。
まさか、ルカ、浮気…!?
くっ、と胸の奥の私が歯噛みする。
それは私は女だからぎゅってしてあげられる身長も筋肉も無いよ!?でもルカを想う気持ちはきっと世界一なのに!
うう、そこの紫の奴羨ましい!私はまだまだそこには行けないのに!
ルカから説明のメールは来たけど、結局その日の授業には身が入らなかった。
「…ごめんね?」
「ルカのばか」
「ミク、大好きだからね」
「……」
笑顔で手を合わせるルカを少し据わった目で睨む。
何と言うか、ずるい。そんな事言われたら、私は許すしかないのに。
「むぅ、わかったよぅ…じゃあ、かわりに」
少し目を上目遣いにして、ねだる。
最後まで言わなくてもわかるのが恋人の特権。
一瞬ルカは顔を真っ赤にして(可愛い)、その柔らかい唇をそっと近づけて来た。
たまに、どうしようもなく不安になる。
私の「好き」とルカの「好き」は違うのかもしれない、って。
単に大人の余裕なのかもしれないけど、ルカは私に焦がれる様子を見せない。だから怖い。こんなに溺れてしまっているのは私だけなんじゃないかって。
それを打ち消したくて、私は何回も尋ねた。
帰れなくなってしまうかもしれないのに、いいの、って。
ルカはいつも、いいの、って答える。私には貴女だけなのだもの、って。
その答えは私を満たしてくれる。幸せにしてくれる。
でも結局はそれも一瞬で、私はまた渇いてルカに同じ問いをする。確かめるために。
女同士だからか、あんまり、その、えーと…性欲、とかは考えない。でも、全部が欲しい私はその延長線で体を合わせたりする。
確証が欲しくて、大丈夫だって口で言ってもらう代わりに体の触れ合いで伝えてもらう。
本当は、二度と元の世界に帰したくない。帰りたくないってルカが泣いても、引き止めるだけの力が欲しい。
ねえルカ。私、知ってるよ。たまに、貴女の頬が濡れていること。
泣いていたの?
どうして?
信じ切れない私は何度も聞く。
私との関係が嫌だから泣いている、とかじゃない事を分かっていながら。
その度に、答えて。
私を安心させて。
貴女もまた、私に溺れているんだって。
だれに許されなくても構わない。
だってこれは、ごくごく自然な事なんだもの。
私達は互いに惹かれ合う。
どちらがどちらをより引き付けるというわけじゃなく、きっと互いが同じだけ。
同じだけ、永久に引き付け合う。
永久磁石のような―――私たちの想い。
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