畜生腹って知ってる?昔は双子を妊娠した母親のことをそういって差別して、生まれてきた子供まで「忌み子」、「鬼の子」なんて呼ばれて蔑まれてきたんだ。特に生まれてきた子の性別が同じでなかったときは。なんでそんなこと知ってるのかって?まあまずこの話を聞いてよ。
 これから話すのは名もない時代の集落の名もない幼い少年の誰も知らないおとぎ話。
 「頑張れ」男は顔を不安に曇らせながら力いっぱい声をかけた。「もう少しですよ」という産婆の声を聴き男の顔が少しほころぶ。
新しい命が生まれようとしているのをわき目に雪はしんしんと降っていた。その静寂の中をかき分けて大きな産声があがった。その後すぐに産婆が「女の子だよ。おめでとう」と言ったが出産を終えたはずの女の顔は血色がよくなるどころか少し悪くなったようにも見え、未だにいきんでいる。そんな女を見た男の顔からは次第に喜びの表情が消え、冷や汗までかいていた。それから数十分後、もう一つ高らかな産声があがった。男は放心状態だった。産婆は生まれた赤ん坊を粗雑に布でくるみ、女の隣に寝せた。そしてまるで怖いものからでも逃げるかのように産婆は二人の家を出て行った。取り残された男は数分後急に我に返り改めて女の左右に寝かされた二人の赤ん坊を睨み付けたあと、疲れてぐったりしている女にむかって、「なんてことしてくれたんだ。この畜生腹め」と強い口調で吐き捨てるとともに女の頬を数回打った。だが女は何の反応も示さず、ただかろうじてまばたきだけはしていた。男は再び二人の赤ん坊に視線を移すと台所にあった包丁を赤ん坊めがけて振り下ろした。だがその時、さっきまでぐったりしていた女が赤ん坊に覆いかぶさって
「この子たちには何もしないで」
と先ほどの男に勝るくらい強い口調で女は言った。男はすんでのところで手を止めると、包丁を土間のほうに投げ捨てて「ちくしょう
」と言い残して家を出て行った。その時の男の声は震えていて、女には泣いているようにも聞こえた。周りにはただ赤ん坊の泣き声が二つ聞こえるだけで、時間が止まっているようだった。
 
 「おい、起きろ」監視員の見下すような声でまた今日も目が覚めた。ここにきてもうどれくらいになるかなんてことは覚えていないし、思い出せるはずもない。こんなドブネズミの巣のようなところで毎日寝て、働くだけの生活を幾年もしているうちに時間なんてものはいつの間にか止まってしまった。ここには双子や生まれつきの障害をもった子供などが収容され毎日強制的に労働させられている
。監視員の声とともに仕事をはじめ、日が沈むと同時に寝る。食事は一日一回でカビの生えたパンや、家畜の飼料の残りを食事として食べている。収容された者同士の会話は禁止なので施設の中はいつも静寂に包まれている
。決まりを破ったり、監視員の言うことに逆らえば容赦なく相応の罰阿与えられる。現に僕も労働中に他の収容者と会話をして、舌を抜かれた。僕はその程度で済んだが、僕と話していた収容者は連行されるときに抵抗したため、その場で銃殺された。他にも僕の隣の収容者が脱走を試みた時に隣ということだけで疑われ、拷問にかけられたこともあった。
脱走した収容者はもちろん射殺され、以後脱走なんてことをする者は誰としていなくなった。「ただ毎日働け」という監視員長の言葉通り働き続けた。強制労働の内容は、主に力仕事が多い。性別や年齢はほとんど関係ない
。なので作業中に怪我したり死んだりするやつも多い。作業場は外にあって五メートルほどのフェンスの上に有刺鉄線がかかっている
。フェンスの外は一般人の歩く通りなので労働中はいつも外から罵声を浴びせられたり、蔑むような目で見られるのは日常茶飯事のことで気にする者など皆無だった。だが外の人間と関係を持たないのは他に理由があった。二年前、そうちょうど僕は家具作りに使う材木を運んでいた。なにやら金網のあたりが騒がしい。しかし自分の仕事を放棄するわけにもいかず材木を運んでいると見えたのは金網の内と外の人間が話している様子であった。見るに兄弟のようで黒い髪、頬、鼻がそっくりであった。僕が材木を加工担当へ運び終えて再び材木置き場に戻るころには姿は見えなかった。兄弟、それがどういうものかは全く分からなかったがただ自分もそんな人がほしいということだけは心に思った。前日外の人間と話していたやつは次の日からいなくなった。疑問を抱くものはいなかった。幼い僕であってもつゆほども疑問の念は抱かなかった
。ここに長く住んでいればわかる、あいつは死んだのだ、いや殺されたのだ。その決まりきったような予想を裏付けたのは昨夜のことだった。就寝時間を回ったばかりの時、聞こえたのは声、ただの声ではない。怒号、悲鳴
そして二発の銃声。それ以来金網の外に目を向ける者すらいなくなった。僕たちは一生働き続ければいいのだ。そんなどうしようもない不安と絶望だけが僕を取り巻いていた。悲しいんじゃない、決して。ただ寒い。体の寒さじゃない。こんな夢も希望も何もない僕なんていっそ死んでしまえばいいのに。
 太陽がもう落ちかけている。目に入ってくるのは太陽と一人の女。僕の右手を取り、左手にはもう一人の子供の手を握っている。ああこれは夢だ。そう思ったとき目が覚める。
太陽は昇りかけ、鉄格子の隙間から薄暗いあたりを照らし出す。同じ太陽ではあるが、夢の太陽はこの上なく暖かく優しかった。
 作業場に行くと見知らぬ顔が一人。髪や服は泥ですすけていたが、顔から見るに女の子のようであった。おそらくは新人だろう。新人は初日だというのに仕事が早い。少し劣等感を感じながらも仕事を黙々とこなす。僕の隣の部屋はそこの少年が脱走を試みて以来空いている。その新人はその部屋に収容された
。ここに入って楽しみなのは寝ることのみである。僕は早々に粗末な床に就き、目を閉じた。
「ねえ起きてよ」その声で目覚めた。監視員以外の声を聴いたのは何年振りだろうか。声は頭のほうから聞こえる。声のほうを見ると隣との煉瓦の壁の角が崩れ、子供の頭一つ入れるようになっている。そこから隣を除くと
朝見た顔、薄い青色の眼、長い髪の毛、色は僕と同じ白。何より月光に照らされた彼女はとても美しかった。話しかけてはいけないのに彼女は
「君の名前が知りたいな」
とニコッと笑いながら言った。名前、そんなものなかった。第一僕には舌がない。僕がどうしたらいいかわからずあたふたしていると再びニコッと笑った。
「私にも名前はないの」
と言った。その日から彼女は眠りにつく少しの間、色々な話をしてくれた。物語、昔話、自分の過去など様々。小さな声ということ、鉄格子が目の前にあり、外の音が入ってきたことが幸いし監視員にはばれなかった。そんなうちに僕は彼女に不思議な感情を覚えていた。もっと話したい、一緒にいたい。これがなんなのかはまるで分らなかった。そしてある日彼女はとんでもないことを口にした。
「逃げよう、二人で」
妙に上ずったその声には彼女の気持ちが表れているようだった。彼女によると、材木置き場で今日積んであった材木が崩れる事故があった。その時金網に穴が開いたのを彼女は見たそうだ。そこから外に出ようというのだ。
僕は正直反対だった。失敗すれば確実に殺される。彼女に出会ってから死ぬのが怖くなった気がする。彼女は次に言った
「一緒に帰ろう」
その声は妙に暖かかった。だがその言葉の意味を僕は理解できなかった。帰る?いったいどこへ?僕らに帰る場所なんてないんだ。しかし彼女の本気さと、先日の不可思議な気持ちに動かされて、僕は首を縦に振った。その日はいつもより長く話した。
 翌日、僕たち二人は真っ先に材木置き場へ急いだ。彼女の言った通り穴は開いてた子供一人がやっと通れるような狭い穴。監視員はまだ来ていない。彼女を先に行かせて僕は周りを注意深く見ていた。彼女が金網を小さくたたく音がして、すぐに僕は穴のほうへ向かった。穴は本当に狭く、ちぎれた金網の先が体にあたって痛かったが、殺される恐怖に比べればこんな痛みは感じないも同然だった。
やっとのことで金網を抜けるとそこには見慣れた住宅、しかし目と住宅の間に金網はない
。それだけで希望が胸に湧き出てきた。その時彼女の右手が僕の左手をとり、走り出した
。僕も一派られるように走りだした。あれ、この感じどこかであった。その先は思い出せなかった。ただ今あるのは彼女の右手の暖かさだけだった。
 しばらくただまっすぐに走り続けると広々とした小高い丘があった。僕たちは立ち止まり、座り込んだ。二人とも息は荒かった。気づけばもう太陽は高々と昇っていた。街からは離れた郊外で人は僕ら以外いなかった。僕らは念のため丘の中でも木々がうっそうと生え、死角になっている場所へ移動した。そして草が生えた場所へ腰を下ろすとそのまま眠りについた。
 目が覚めると一帯は真っ暗で、かろうじて月光と昼間にとおってきた街の明かりがあった。彼女は僕の隣に腰掛け、眠っていた。その顔にはうっすら笑みがこぼれていた。僕も彼女の隣に腰掛けて再び眠りについた。

 まぶしい、朝になったのか。目をこすった僕の隣に彼女の姿はなかった。周りを見渡すと木々の多く生えている方にうっすら白く光るものが見える。おそらく彼女の髪の毛だろうと思い、その場所まで走る。彼女はどうやら木の実を捕っているようだ。
「おはよう」
と楽しそうに言った後真っ赤な木の実を一つ僕に渡した。僕はそれを口に入れる。ほのかな酸味と甘みがあった。同じものが彼女の手にはたくさん乗っている。集め終わると、彼女は慎重に元の場所に戻り、僕に半分渡した後食べ始めた。僕は大事に一つ一つ食べていたが彼女は五~六粒一気に口に含んでいた。
食べ終わった彼女は立ち上がった。僕もあわてて残りを口に入れる。すると彼女は右手を差し出して
「遊ぼう」
と楽しそうに言った。僕も起き上がると彼女は走り出した。そして少し離れたところで手招きしているので追いかけると彼女は楽しそうに逃げる。そんな単純なことでも僕らには楽しかった。何度も追う役を交代しながら遊び続けた。なんど繰り返しただろうか、走って転んでまた走って。気づけば太陽も志津見かけているその時彼女の動きが止まった。彼女の見る先には見慣れた男。監視員だった。
彼女は僕に駆け寄り手を取った。うっすら震えているようにも感じる。男は僕らに手錠をかけるとよくわからないような機械で仲間を呼び、僕らはあの施設に戻された。その途中
、来るときはすごく短かったのに施設に戻る道のりはその何倍も遠いように思えた。思い出すのは最初の日の寝る少し前。彼女はいつものように話をしてくれた。
「むかしむかし夫婦の間に双子が生まれました。」
その話はどこかで聞いたことのあるような話だった。双子は小さいときに引き離されたのだそうだ。その先は覚えていない。そんなことばかりを考えていた。彼女の表情は見えなかった。施設につくと、僕らが最初に通った大きな門が見えた。中に入ると収容所のほうではなく逆のほうに連れて行かれた。そこには細長い鉄柱のようなものが何本か地面に刺さっている。もう何をされるかはわかっていた。その板に二人とも縛り付けられた。そうして目の前には銃を持った男が二人立っていた。斜め上にあるスピーカーから
「お前たちは脱走の罪で銃殺だ。1分間だけ話すなり自由に使え」
という声が聞こえた。すると彼女は
「ごめんね、あなたを巻き込んで」
言い終わった彼女の薄い青色の眼からは大きな涙が次々にこぼれ落ちた。続いて僕の眼からも涙がこぼれ落ちた。今だけは自信を持って思える。
「まだ、生きていたい、彼女と一緒にいたい

ただただ悔しくて、辛くて。それ以外何の感情もなかった。彼女はかすれた声で言った。
「昨日の話、あの双子の話。あの双子はね」
彼女の声は無情にも放送にかき消された。
「よし一分だ。やれ」
無情な台詞。男が銃を持つ。そして彼女の側の男が先に構えた。銃が放たれる数秒前に彼女は言った。
「愛している、だってあなたは私の弟だもの
」涙まみれの顔で必死に笑顔を作り、言った
。その顔が下を向くのと同時に銃声があたりに響いた。僕は彼女のほうを見ることはできなかった。僕の前の男も銃を構える。こんな時でも思うことはいまだにたくさんあった。
なぜ彼女を止めなかったのか、なんてことではない。どれだけ彼女を愛し、一緒にいたかったか、そんな気持ちばかりが涙となってこぼれた。一つ何よりも強く思ったこと、
「ありがとう、まだ遊びたかったよ。お姉ちゃん」

 夕焼け、隣にははっきりとわかるお母さん
、その隣にはお姉ちゃん。こんな風にいつまでも三人で歩いて行けるのかな。そうして三人は夕焼けの中に吸い込まれるように消えていった。ただ残されたのは、沈みかけの太陽と幼い子供の楽しげな声だけだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

六兆年と一夜物語

六兆年と一夜物語の短編小説を書いてみました。
変な点、誤字脱字などあるかもしれませんがご了承ください。
話は歌詞とPVを元にしたオリジナルです。

閲覧数:410

投稿日:2013/03/11 20:29:13

文字数:5,305文字

カテゴリ:小説

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  • みけねこ。

    みけねこ。

    ご意見・ご感想

    そんな解釈の仕方もあるんですね。この曲はいい曲なんだけど、いまいち意味がわかりませんでした。この解釈は男の子と女の子が似ているところのがきちんと書かれていてとてもいいと思います。

    2013/03/20 22:21:47

    • 爺さん

      爺さん

      感想ありがとうございます。
      参考にさせていただきます!!

      2013/03/22 01:06:42

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