その日、アルテミスは一人狩猟をしていた。
 オリオンはエアディテス大陸に用事のために戻っていた。
 そのため、オリオンとの競い合いもその日はなかった。
 軽々十数匹の獣を仕留めたアルテミスは、ふと、後ろから竪琴の美しい音が聞こえた。
 振り返るとそこには兄であるアポロンが竪琴を奏でていた。
「どうした?」
「アルテミスは相変わらず見事な腕前だ」
「これでも狩猟の神ですから」
 自信ありげに答えるアルテミスに、アポロンは奏でるのをやめて、その言葉を否定した。
「だが、お前にも射落とせないものがある」
「私に射落とせないもの?」
「ついてくれば分かる」
 そう言ってアポロンは歩きだした。
 アルテミスはそれに続く。
 森を出ると、広い平原に出た。
「あれは私の用意したお前との勝負相手だ。あの距離、それに相手も避ける。さすがのお前にも、あれに矢を当てられるかな」
 前を見ると、遠くに何か人型のような生き物が立っていた。
「あれ?」
「それに向こうも矢を撃ってくる。避けながら打つのは至難の業、残念ながらお前の腕前でも射落とすことは不可能だろう」
 アポロンの馬鹿にするような言葉に、アルテミスは自分のプライドを傷つけられたようで、反論する。
「私に射落とせないものなどありません。 あの人型を射て見せましょう」
 アルテミスはぐっと弓を引き、狙いを定めて一発。
 ヒューンと一直線にその人型目掛けて飛んで行った矢は、だが、それに気付いた人型に避けられてしまう。
 さらにアルテミスはもう一本矢を撃つ。
 これまた、ヒューンとずれることなく、獣人に向かって飛んで行ったが、またしてもよけられ、空を切る。
 少し感心するが、動揺することもなくアルテミスはすぐにそれに気づいてさっと身を避ける。
 直後。
 アルテミスの体が元あった場所を一本の矢が通過した。
「なかなかやる」
 そう言ってアルテミスはまた弓を引く。
 
 まさに弓の打ち合い。
 撃っては避け、避けては撃つ。
 人型も実に見事な腕前で、もしかすると、アルテミスに一歩も劣らないほどかもしれない。
(平原ではけりが着かない)
 思って、アルテミスは先ほどまでいた森に向かって走った。
 人型もアルテミスと平行に走って森に入ってくる。
(ここからが勝負。近づいて……)
 森の中で人型に向けて一本矢を放つと、アルテミスは人型の視界の外に出る。
 慎重に遠回りをしながら、人型に近づいていく。
 その足取りはまさに獲物を狙う狩人のごとく、葉が揺れる音一つ立たない。そして、見事に気づかれることなく、アルテミスは人型と10メートルもない距離まで近づいた。
 人型は獣人のような姿をしていた。体中からもうもうと毛を生やし、だが、手の部分だけは毛が一本もない人の手。
 見るからに野蛮そうなその生物に向かって、アルテミスは弓を構えて引く。
(これで終わり、私の勝ちね。アポロン兄さんも私を見くびったものだ)
 そうアルテミスは思った。
 別に油断したわけでも、獣人を侮ったわけでもない。
 なぜなら、アルテミスは弓を引き、あとはもう手を離すだけ。
(勝ったも同然)
 獣人には気付かれていない。
 いや、気付かれていないはずだった。
 だが。
 矢から手を離し、それが放たれる瞬間。
 獣人がひらりと身をかわしたのだ。
「な!?」
 さすがのアルテミスも驚く。
 そして、自分の置かれている状況に気付く。
 獣人はまだ弓を向けてはいないが、すでに矢を持ち、弓を引っ張っていた。
 あとは向けて撃つだけ。
(あの腕前ならそれまでに三秒とかからない……)
 だが、アルテミスは弓を引くどころか、手に矢すら持っていない。
 撃たれる前に近づくことも、逆に逃げることもできない。
 そして、この距離で矢を放つ瞬間を見極めるなど、奇跡のようなもの。
 その状況はまさに…………

 絶体絶命

 もちろん、諦めるようなことはしない。
 アルテミスも急いで矢を抜き、弓を引こうとするが、矢を弓の弦にはめたときには、すでに獣人の弓は構えられていた。
(アポロンの……勝ちのようね)
 アルテミスは敗北を感じる。
 あとはその矢が撃たれるのを待つだけ。
 だが。
 だが、その矢は撃たれなかった。
 射るためにこちらを向いた獣人の動きが突然止まったのだ。
 まるで何かに驚き、硬直したかのような。
 理由は分からない。
(とにかく、今しかない)
 アルテミスは急いで弓を引き、勢いよく矢を放つ。
 そして、銀の矢は今度こそ、獣人を射抜いた。
 バタンと倒れる獣人。
 アルテミスはその獣人に歩み寄る。
「さすがだ」
 声を聞いて、アルテミスが振り返ると、そこには先ほどと同じように竪琴を持ったアポロンがいた。
「なかなか手ごわい相手だった」
「あれぐらいじゃないと、アルテミスの相手にはならないだろう」
「そうかも知れない。でも、危うく私が大怪我をするところだった」
 アポロンは大笑いする。
 それにアルテミスは少し膨れるが、ふとあの戦いのときのことを思い出して疑問を投げかけた。
「ところで、先ほど戦ったときに獣人が私に振りかえった瞬間、突然動きが止まったのだが? あれがなければ負けていた」
 アポロンは首をかしげる。
「突然止まった? 分からないな。本当に何なのだろう」
 とアポロンが獣人の方を向いた瞬間、その顔が凍りついた。
 何事かとアルテミスも獣人の方を振り向く。
「え……」
 そこには死んだと思っていた獣人が弓を引いているのだ。
 そして。
 一閃。
 射抜かれたのはアルテミスでもアポロンでもなく、アポロンの持っていた竪琴。
 至近距離からの矢によって、竪琴はバラバラに壊れた。
 その瞬間、アルテミスの見ていた世界が崩れた。
 すぐに元に戻ったが、何も変わっていない。一つを除いては…………。
 そこにいるはずの射抜かれた獣人がいなかった。
 そして、代わりにいたのは

 オリオン

「え、な、どう、いう……」
 アルテミスは混乱した。
 オリオンの胸には深々と銀の矢が刺さり、血が流れ出ている。
 つまり、アルテミスがオリオンを射たことになる。
(でも、オリオンはエアディテスに行っているはずだし、現に私が射たのは獣人のはず、オリオンは見てもいない。誰がどうやって獣人とオリオンをすり替えたの? 先ほど獣人がいたのは――――‼)
 ハッと気づき、アルテミスは怒りのあまり弓を引き、構える。
 矢の先には、アポロン。
「アポロン、あなた!」
「何か?」
 あくまで知らないというアポロンにアルテミスは真実を言う。
「あなたがその竪琴で私に幻術をかけた。違う?」
「それに、同じ神に攻撃をするのは罪だぞ」
 その言葉に、アルテミスはゆっくりと弓を下げる。
 だが、怒りが消えることはない。
「立ち去れ……立ち去れ!!」
 怒りしかないその言葉に、アポロンは無言で去っていく。
 いなくなった後も、しばらくアポロンの消えた方を怒りの眼差しで睨んでいたアルテミスは、我に返るにバッとオリオンの方を向く。
「オリオン、あなたは私を分かっていた?」
 先ほどまで怒っていたその顔は瞬く間に、悲しみの表情になる。
 オリオンは静かに答える。
「ああ……森の外じゃあ……気付か……なかったが…………森で……振り返った……時に」
「でも、私は……」
 アルテミスの言葉をかき消すようにオリオンが言う。
「ああ……分かってる……お前は……俺を撃つ……ことが出来……ないことを……知ってる……悪いな…………夫になれなくて」
「――――‼」
「お前が……俺に恋……をしてる……ことなんて……しぐさを見れ……ば分かる……それに……俺も……お前……に……恋をしていた」
「…………」
 アルテミスは、驚きのあまり何も答えることができなかった。
 何を言えばいいのか、どうすればいいのか分からない。
 戸惑うアルテミスに、オリオンから黒い弓が差し出された。
「俺の……愛用した……弓……イウォ……タートだ」
「これを……?」
「もう……使えな……い俺……の代わり……に使って……くれ」
 アルテミスはその黒い弓・イウォタートを手に取る。
 すっとアルテミスは立ち上がる。
「私、もう誰も愛さない。あなた以外の誰も。もう誰にも心を許さない。あなた以外の誰にも」
 凛々しい顔で遠くを見つめるアルテミスの顔には、だが、涙が絶え間なく流れていた。
 悲しい決意。
 それにオリオンは気付く。
「そろそろ……お別れの……ようだな」
「―――!!」
 驚き、悲しい顔でオリオンに振り向いたアルテミスは、だが、直後、悲しい表情を押し殺し、真顔で見つめた。
 オリオンが笑っていたからだ。
 そして、わずかな間の沈黙。
 アルテミスは、オリオンの命が終わるのを哀し、オリオンはアルテミスの感情が消え行くのを哀する。
 そして、オリオンが目を閉じ肉体が死んで行くのと共に、アルテミスの心も閉じ、感情が死んで行った。


 それ以来、アルテミスは感情がない風になってしまった。
 人々は、神々は、その悲しき物語をこう称する。

「双死双哀」

と。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

AuC 金のダイヤモンド  外伝 双死双哀 2/2

ヘルフィヨトルです。
今回もまた「AuC 金のタイヤモンド」の外伝ですw

前半もあり、そこにはAuCの世界観がたくさん入っています!
前半から読んでくれると嬉しいです。

これ、実は「悪ノシリーズ」よりも先にできていたものです^^;
アップする機会がなかったのですが、いろいろと会話が盛り上がって、アップすることにしましたwww

誤字、脱字、感想等よろしくお願いします^^

読者の皆様にワルキューレが微笑むことを

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閲覧数:408

投稿日:2009/08/05 06:35:12

文字数:3,798文字

カテゴリ:小説

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    >雨鳴さん
    そうなんですよ
    アルテミスも昔は普通の女性らしい女性だったんです!
    そして。
    アポロンはまったくもっとうざいシスコンですww

    2009/08/05 08:57:31

  • 雨鳴

    雨鳴

    ご意見・ご感想

    こんにちは、雨鳴です。
    ギリシャ神話、大好きで本まで持ってるので、この二人の話か…!と
    一話からすでにドキドキしていました…!
    神話として読むよりもアルテミスの女性らしさが感じられて、
    ラストが余計泣けました…! アポロンのシスコンぶりも一際…がふんげふん。

    2009/08/04 21:19:06

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    早いです!?

    アップしてから15分も経ってない!?
    ハラハラしてくれてよかったです^^

    実はwikiにいくと結構ほとんどの話が載っているというww

    2009/08/04 18:17:44

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