外から聞こえるざあざあという耳障りな音のせいで、アナウンサーの声もよく聞こえない。リモコンでいくつかボリュームを上げると、ようやく聞こえる大きさになった。
「……うるさい」
ぼそりと独り言のようにに呟いたリリィは壁に背もたれて、黒のイヤホンをつけて暇潰し用と称した雑誌を読んでいた。テレビのボリュームのことかと思ってごめんうるさかった? と聞くと彼女はちらりと窓の外に視線を向けて雨、とまた独り言のように呟いた。
それから、室内にはテレビのニュースキャスターの声と煩わしい雨音、隣の部屋からの大きな笑い声しか聞こえなくなった。休日の、しかも雨の日の寮はほとんどの部屋から女の子の笑い声が漏れる。けれどボクと彼女の声なんて部屋から漏れるどころか室内ですら聞こえやしない。リリィと付き合いだしてまだ数ヶ月だけど、二人っきりの時間が多かった分、部屋にボクとリリィの声が聞こえなくても嫌な空気が漂うことはあまりなかった。
たまに横目でリリィを見ると雑誌に目を向けていた。時折煩わしそうに窓の外に視線を向けるけれどやっぱりそこに視線は戻る。
ボクはテレビを観ていた。この時間帯はあんまり面白い番組がないから適当にチャンネルを変えて観ているだけだけど。
「グミ」
すぐ後ろでリリィの低めの声がボクを呼んだ。さっきまで壁際にいたのに、とか思いながら振り返ろうとしてそれは阻まれた。ぎゅっとリリィの両腕がボクの首に回されて。彼女がこんなことをするのは珍しかった。
「リリィ? どしたの」
返事はなく、代わりにんー、とか甘えた声が返ってくる。ついでに言うと甘えるように鼻っ面を首に押し付けたりもしてくる。猫みたいだった。それも、とびっきり甘えん坊の。
唐突に、耳を何かで塞がれた。同時に軽快な音が聞こえてくる。耳を塞いだ何かはリリィのイヤホンで、軽快な音はボクが好きだと彼女に話した曲だった
ちょっとうるさいくらいのボリュームは彼女の言葉を容易く遮った。彼女が何かを言っていることはわかるけれど何を言っているのかはわからない。二人っきりなのに会話がなくても気まずい空気にならないくせにもどかしい。少しだけ寂しくて、切なかった。だからイヤホンを取ろうとして手を動かすと、彼女はするりとボクの前に入り込んで丁寧に安物のカーペットの上に押し倒す。ボクの両手首を片手で掴んでボクの頭上へと持っていく。万歳みたいな格好にされて両手は塞がれて上に乗っかられて、そこまで体重をかけられていないのに身動きはほとんど取れない。イヤホンも外すことができなくなりさらにもどかしくなる。
彼女が何かを言う。唇の動きから何を言っているのか理解しようとしたけれど上手くいかない。おかげでボクはもっと切なくなった。
窓の外から、一瞬だけ青白い光が見えた。それが雷だと気がついたのは彼女に唇を塞がれてから。
ボクは小さい頃から雷が怖かった。怖い話を聞いたって心霊的な動画を見たって平気なくせに、どうしても雷だけは怖かった。遠くの空に青白い光が一瞬だけ走るのが見えると、一目散にベッドに潜り込んだりした。雷が近くに来ていることに気がつかずにあの轟音を聞くと泣くことだってあった。たまたまリリィと一緒に家の中で遊んでいて、雷が鳴ってリリィに泣きながら飛びついたのだって覚えている。とにかく、ボクは雷が怖かった。
もしかしたら、さっきの雷は結構近くで鳴っていたのかもしれない。鼓膜を震わすのはイヤホンから鳴り響く軽快な高音だけだった。
リリィの唇が動いた。ゆっくり動いているわけじゃないのに、今度ははっきりと何を言っているのかが理解できた。怖くないから、と言っているのだと。
ボクは嬉しくて、でもボクはわがままだったようで、声が聞けないのも何を言っているのかわからないのもやっぱりもどかしくて、寂しくて切ない。
彼女は微笑んで、お互いの吐息が肌に感じられるくらいに近づく。頬に何度も唇を落として、イヤホンで塞がれた耳元で何かを言う。何を言っているかわからなかったけど、幸せな響きだった。だからボクは答えた。たった5文字の、最もわかりやすく的確に愛情を伝えられる言葉を。
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