UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その7「人造人間開発計画」
「で、モモちゃん、ご感想は?」
桃はテトに向かって一直線にテーブルを乗り越えてきた。
「すごい、スゴい! 凄いです!!」
目を輝かせて、鼻息も荒く、テトに迫る姿は、飼い主の投げたボールをくわえて戻ってきた子犬を思わせた。
「音声認識だけじゃなく、感圧センサーに、加速度センサーまで備えてるなんて、完璧です!」
どうどうと、テトは桃を宥めるように言った。
「作ったのは、彼だから…」
テトは桃の目をテッドに向けさせた。
「せ、先生!」
桃はテッドの前でけれん味たっぷりにひざまづいた。
「はあ? 先生って…」
「この未熟者に、プログラミングの真髄をご教授ください。このとおりです!」
桃が体を折り曲げたとき、襟の内の白い下着の端が見えた気がした。
〔お?〕
桃が床に額を擦り付けた音がした。
これにはテッドも少し引いた。
すかさず、テトがフォローに入った。
「モモちゃん、やり過ぎだよ。顔をあげて」
顔を上げた桃は、恥ずかしそうに俯いて自分の席に戻った。
テッドは自分の視線が桃の表情ではなく、サマーセーターの胸元に行ってしまったことで軽く自己嫌悪になった。
「じゃ、本題に入ろうか」
そう言って、テトは胸のポケットからメモリーカードを取り出した。
テッドは襟を正すように座り直した。
テトはレンと視線を合わせると、ニッコリと微笑んで命令した。
「ヴォーカロイドのみんな、これから大事な話があるんだ。外してくれないかな」
すると、画面の中の八人は、一礼して舞台の袖に引っ込んだ。
テトはつかつかとテレビの前に歩み寄り、カードを横のスロットに差し込んだ。
画面上にビューワーの起動を告げるロゴマークが一瞬映った。
そして、画面一杯に文書の表紙が映し出された。
今度は、テッドが息を飲む番だった。
「人造人間開発計画!」
表紙のタイトルはそれだった。
漢字ばかりのタイトルは、古臭い印象を与えるが、かえってそれが発案者の狂気じみた執念のようなものを感じさせた。
表紙の左上にはご丁寧に「極秘」の赤いゴム印が押されていた。
〔怪しさ、五割…〕
テトを振り返ったテッドの目に自信に満ちた目をした従姉妹の顔が映っていた。
〔本気なのか…〕
テトは画面を指差してセンサーによるリモコンを起動した。
テトの指が水平に動いて、ページが捲られていった。
最初は文字ばかりの、概要や仕様書が続いた。
ページが捲られ文字のないイラストが現れた。
横長のページに女性の立ち姿が横になって映し出された。その姿は、初音ミクそのものだった。
次のページには、初音ミクの内部構造の概略が書かれていた。
各種センサーが頭部に置かれ、胸部に各CPUやメモリーカード、SSDが格納されていた。
腹部に大容量の電池が配置されていた。
各関節に大小さまざまなモーターがあり、精密で力強い動作が期待できた。
その右隅に、「目標体重、100キロ」の文字があった。
「100キロか…」
「そ。目標は、フェミニン・ロボットの半分だよ」
「初期のバイオニック・レディを知らない人にはなんのことかさっぱりだろうね」
「リンダ・オーグーが主演したほうだね」
次のページからは各パーツの設計図が現れた。
手と足は、どこかで見たようなパーツ構成だった。
腰と肩には強力なモーターが埋められていた。
腹部のバッテリーは、二十四時間連続稼働が目標に掲げられていた。
胸部に納められた中枢部には、クアッドコアCPUが四枚刺さっていた。
SSDは、1PBの容量があり、DRAMは1TBの容量があった。容量の大きさは発熱量に比例するため、水冷式の冷却システムが備わっていた。
「つまり…」
設計図を精査したわけではないので、テッドは慎重に発言した。
「最高級パソコン十数台分の能力のロボットのプログラムを作れ、と」
「有り体に言えば、ね」
テトが上手にウィンクをして見せた。
テッドはプイと横を向いた、赤くなった顔を見られないように。
〔絶対、わざと、だ〕
「OSは?」
テッドはつっけんどんに聞いた。
「OS?」
「そう。起動時の基本プログラム。窓とか、リンゴとか、ヒューマノイドとか、赤帽とか、いろいろあるでしょ。」
「んー、それは。テッド君に任せるよ。設計図を全部見たわけじゃないでしょ」
テトは残っていたアイスコーヒーに口を付けた。
テッドは気合いを入れるように両頬を思いきり叩いた。顔がまだ火照っているのを隠すためだった。
その音の大きさに、桃の体がビクッと反応した。
テトはテレビを指差して設計図のビューワーを終了した。次に動画ファイルを選択した。
「テッド君は、うちの研究所についてどのくらい知ってる?」
「天才発明家の百瀬博士が自分の特許で稼いで作った研究所だろ?」
「それだけ?」
「オーダーメイドで義手や義足を作っているとか」
「オーケー。じゃ、博士の目的というか、夢は知ってる?」
「そこまで要るの?」
「見て」
テトがテレビを指した。
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