2.
「行くわよ」
低く、静かにつぶやいてドアノブに手をかけると、私は袴四人衆の返事を待たずに脱衣室のドアを開けた。
皆の緊張感が高まるのがわかる。
細く開けたドアの隙間から、中を覗く。
――気配は感じられないわね。
私はそっと、ドアを開けすぎないようにして、まずは一人だけで脱衣室に入る。
一旦ドアを閉め、脱衣室の、中が見えないように折り返してある入口部分を見回す。
――敵性存在、確認できず。
それだけ確認すると、私は再度ドアを開け、袴四人衆を脱衣室内へと招き入れる。
彼女たちの構成は、竹刀をたずさえた子が二人、薙刀をたずさえた子が二人だ。竹刀の二人はショートボブで、薙刀の二人はポニーテールと、狙ったわけではないのだろうけれど、武器と髪型がそろっている。四人ともまなざしはすごく真剣というか、うかつに話しかけられないくらいに緊張していて、脱衣室内の空気を張り詰めさせていた。
脱衣室は七、八畳くらいあって、意外に広い。入口から見て右側に大きな鏡と三人分の洗面台。左側には扉のついていない造り付けの棚、正面には浴室に続くくもりガラスの引き戸がある。まぁ、旅館の温泉なんかにある脱衣所と大した違いはない。
造り付けの棚には、脱いだ洋服を入れておくためのカゴがたくさんある。今もそこにものが入っているのは一つだけ。あれは初音さんの服だろう。
私は声を出さずに、竹刀を構えた一人に初音さんの服が入ったカゴを確認するように指示を出す。彼女はおそるおそるといった様子で――黒い悪魔が、あの仇敵がいるかどうか恐れているんだろう――竹刀で初音さんの服をつっつく。にしても、いくら怖いからといっても縞柄のブラを竹刀で引っぱりあげるのはよろしくない。まるで初音さんのブラのサイズが小さいことを蔑んでいるようではないか。いやいや、初音さんの胸がちいさ……あぁいや、初音さんがスレンダーなのは決して悪いことではないのだ。むしろ、利点だとさえ言える。誰かも言っていた。「貧○はステータス」だと。それに、胸が大きいと肩がこるし、かわいいブラだって種類が少なくて、いいことなんてたいしてない。なんてことだ。貧○がうらやましい。
……話がそれてしまった。
問題は初音さんの胸の大きさではない。重要なのは大きさよりも形の美しさだ。いや違う。胸の話なんてしてどうする私。ええと……なんだったっけ?
……。
……。
……。
……あぁそうそう、ゴ○ブリ退治だった。
皆で脱衣室をすみずみまで(もちろん、初音さんの衣服も含めて、だ。結局竹刀の子は手で触れることなく、竹刀で一着ずつ引っぱりあげて確認した)調べたのだが、例の悪魔は見つからなかった。となると、やつがいるのは風呂場のほうか。
脱衣室の調査が終わってから、私は全員と目配せをする。
全員がうなずくのを確認してから、脱衣室から風呂場へと続く引き戸を開けた。
……結論から言ってしまえば、そこにゴキ○リはいなかった。
いや、細かい話をするのなら、それは正確であるとは言い難い。正確に言うのなら――そう、こんな風に言うべきだったんだろう。そこには、ゴキブ○なんかの害虫程度とは、それこそ比較にならないほどにヤバいやつが風呂場に侵入していたせいで、○キブリがいたかどうかなどという些細なことは、この際どうでもいいことになってしまったのだ――と。
扉を開けると、むわっとした湯気が風呂場から脱衣室へと流れ込んでくる。
風呂場の広さは脱衣室の倍くらいある。その半分が浴槽で、もう半分にはシャワーと鏡が七組並んでいる。
問題は、その風呂場の中央にあった。
浴槽のふち。そこに、服を着たままの何者かが座り込んでいたのだ。
その何者かは、なぜかはよくわからないが、湯気ののぼる湯舟に片手を浸して浴槽のふちにしなだれかかるようにして座り込んでいた。
そいつ――どこか身体の線が細いようにも見えるせいか、もしくはただ単にその姿勢のせいなのか、その人物を彼女と呼ぶべきか彼と呼ぶべきか、いまいち判然としない――は、そのありえない色使いさえ無視すれば、分類的には一応和服の範疇に入りそうな気がする、と言えなくもない装束に身を包んでいた。上半身は甚平のように左右を合わせて帯で締めているのだが、頭はフードというか、頭巾らしきものでおおわれている。ついでに下半身はなぜかぶかぶかのジャージみたいなズボンだった。しかも足首のところがゴムかなにかでしぼっているみたいで、とび職の人が着ている服に近いような気もする。そして腰のあたりには幅広の帯を締めていた。それだけならまだしも、その上、その装束が鮮やかな紫と蛍光ピンクなんて、はっきりいってセンスを疑う――どころか、もう正気を疑う……どころか、本当に人間なのかどうかさえ疑ってしまう。そんな色使いのファッションなんて、洋服だろうと和服だろうと私の知らない国の民族衣装だろうとありえない。人類という種族を、ネアンデルタール人くらいからやり直してきた方がいい。
初音さんが脱衣室から逃げ出してきたという前情報のせいで、私には「風呂場内に誰かがいる」という状況をまったく想定していなかった。そのせいで、私はその光景に絶句してしまい、ぽかんとそいつを見つめてしまった。それは私の背後にいる袴四人衆も同じだったらしく、数秒ほどだが誰も身動きをせず、声を出すこともなかった。
そんな私たちの様子には全く気付かないのか、それとも気に留めていないだけなのか、それとも単に馬鹿だからなのか、そいつは私たちとは半ば背を向けるように座ったまま身動きを取ろうとしなかった。そのせいで顔立ちを確認することはできない。だけど、手のひらを湯舟に浸してどこか憂うつそうにため息をつく様子は、はっきり言って気持ち悪いと思った。
で、風呂場に服を着たままで座っているとか、さらにその服も紫とピンクとか、どう考えてもこいつは変質者だろうと決めつけかけていた。
いやいや甘かった。
甘すぎた。
そいつがぽつりと漏らした一言。自分が間違っていたのだと思い知るには、それだけで十分だった。
「これが……女子学生が浸かったお湯……うへへ」
その一言だけで、十分すぎた。
「……」
ぞくりと、背筋を冷たいものが走り抜ける。
そいつはただの変質者ではなく、私が考えていたよりも、軽く数十段上を行く、すさまじくヤバいレベルの変質者だったのだ。
Japanese Ninja No.1 第2話 ※2次創作
第2話
コメディというのは本当に難しいと思います。
自分でいくら書いても、これが本当におもしろいかどうかは第三者の感覚にゆだねられてしまうので。
ああどうか、たった一人でも構わないので、これを読んで笑ってくれる人がいますように。
合掌。
「AROUND THUNDER」
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