液晶画面には、移動している光点が見られる。
それ以外には見当たらない。
レーダーを縮小してみても、このフロアは既に無人と化していた。
先のFA-1か、ワラ達の仕業かもしれない。
ともかくこれで人質の救出が大幅に楽になった。
あとはレーダー上に表示された光点を追いかけるだけだ。
だが、もしかしたらレーダーに表示されていない生存者がいるかもしれない。そいつらは、レーダーではなく、勘を頼りに捜索するしかない。
俺はダクトから這い出ると、手始めに室内に並べられたロッカーを順番に開け放っていった。
ここに勤務していた研究員の私物、時にはポスターが貼り付けてあった。
中にはテロの兵士が置いて行ったのか、有益な代物を手に入れることが出来た。
そして、最後のロッカーに手を伸ばした。
「む・・・・・・・。」
突然、ロッカーの中から何かの物音が聞こえてきた。
早速ビンゴか?
「誰かいるのか?」
「・・・・・・。」
ロッカーは何の応答もせず、黙り込んでいる。
扉に耳を当てると、中からは極度に緊張した激しい呼吸と、すすり泣く声が聞こえている。
「安心しろ。俺は敵じゃない。助けに来た。」
と言いつつロッカーのノブを掴んだが、いくら開けようとしても、内側から鍵をかけられるのかノブは微動だにしない。
「俺は敵じゃないと言っているだろう。頼むから開けてくれ。助けに来たんだ。」
「・・・・・・。」
それでもロッカーは頑なに沈黙を通している。
「仕方ない。」
俺はハンドガンを取り出し、ロッカーの蝶番の部分に押し当て、引き金を引いた。
盛大な発砲音と共に、ロッカーの扉が多くずれた。
「きゃあッ!!」
すると今まで沈黙を守り通していたロッカーの中から、少女の叫び声が響いた。
何だと・・・・・・また子供か。
今度もシックスの部下ということはないだろうな。
「どうだ?自分で出てきてくれるか?」
「・・・・・・。」
ロッカーはほぼ半泣きで、ただ俺の言葉に応答しないというだけだ。
「じゃあ、こっちから開けるぞ。」
俺は残った蝶番に銃口を押し当て、続けて発砲した。
「ひぃぃッ!!」
扉は簡単に外れてしまい、その場に転げ落ちた。
「あ・・・・・・あ、あ・・・・・・ぁぁ・・・・・・。」
その中には、まだ小学生程度しかない小さな少女が、脅えた表情で俺を見つめていた。しかし、その髪は紫色に近い。
彼女は、水色のタンクトップ長めのスパッツという普通の私服姿で、どう見てもここの関係者とは考えにくい。
では、何故こんなところに。
「こんなことして悪かった。でも、君が開けてくれないから・・・・・・。」
弁解しても、少女は言葉を失ったまま頭を抱えている。
なんだか、自分がとてつもない悪者に思えてきた。
「ぅあッ!」
「どうした?!」
突然その少女は下腹部を押さえた。体を丸めてしまい、かなり苦しそうだ。
「やぁあ・・・・・・!」
「あ。」
少女の座っている場所から湯気が立ち上り、何かの液体あふれ出した。
げ!
ああ、どうしたらいいんだ!!
遂に少女は泣き出してしまい、俺は混乱で軽いパニック状態になってしまった。
「ま、まぁ落ち着いて!もう泣かないでくれ!あ、そうだ、どこかにタオルでも・・・・・・。」
俺は先程開け放ったロッカーを漁り、一枚のタオルを取り出して、彼女のスパッツにあてがい、ぬれた部分を丹念にふき取った。
「悪かった。俺が悪かった。本当にごめん。この通りだ。」
いつの間にか俺は頭まで下げて彼女に弁解していた。
どうやら彼女は泣き止んでくれたが、依然として俺を恐れるような視線を向けている。
「俺は君を助けに来たんだ。さぁ、ここから逃げ出そう。」
「え・・・・・・?」
「君をどうしてもここから救いださなゃいけないんだ。」
俺は出る限り優しい声をかけたつもりだが、これじゃ幼女誘拐じゃないか。
「本当にさっきはごめんよ。でもこんなところにいたら危ないから。」
「・・・・・・。」
彼女の表情から恐ろしさが抜けていく。
あと一息だ。
「ほら、行こう。」
俺はようやく落ち着いた彼女を刺激しないように手を差し伸べた。
そのとき、突然背後で自動扉が開けられる音がしたかと思うと、一人の男が、ライフルを片手にロッカーの合い間から現れた。
「かっ、彼女をはは放せぇ!!」
白衣を着た眼鏡の青年が、震える手で俺に敵のライフルの銃口を向けていた。
こいつは・・・・・・。
「は、放さないと撃つぞ!」
とは言うものの、明らかに人に銃口を向けるのが始めてのような手つきだ。
彼の体からは、震えが止まらない。
俺はゆっくりと彼の前に立ち、銃口を握ってライフルを取り上げた。
「うわッ・・・・・・!!」
「落ち着け。俺は敵じゃない。日本防衛陸軍の特殊部隊に所属するアンドロイドだ。あんたはクリプトンの科学者の網走博貴だな。助けに来た。」
「え・・・・・・じゃあ、敵じゃないの?」
「そうだ。」
「あ、なんだ・・・・・・。」
網走博貴は安心して腰から力が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。
「このフロアにいる生存者はあんたと彼女だけか?」
「というか、僕がここに連れて来られたときには既に誰もいなかったんだ。」
そういいながら、彼は再び立ち上がった。
「そうか・・・だが何故あんたと彼女はこうして自由に動けるんだ?」
「それは分からない。何故かテロリスト達は僕と彼女だけを優遇してるんだ。」
「優遇?」
「ああ。僕は最初、電子演算室に囚われていたけど、誰も僕と彼女を縛ったり、閉じ込めたりしないし、食事まで与えてくれた。」
ふと、俺はあの鈴木流史のことを思い出した。
まさか、こいつも?
「まさか、あんたテロリストに協力するような真似はしていないだろうな。」
「そ、そんなことするわけないだろ?!」
「そうか・・・・・・ならいい。ところで、彼女は?どう見ても民間人だろう。何故こんなところにいる。」
「それは僕にも分からない。僕がここで目が覚めたとき、彼女は既にここにいたんだ。でも、さっき突然銃撃戦が始まって、怖くなって逃げてきたんだけど、途中ではぐれちゃってね・・・・・・セリカちゃん。」
網走博貴は座り込んだ彼女の元へ歩み寄った。
「この人は敵じゃないから安心して。ここから出してくれるんだって。」
彼は彼女の頭を撫でながら宥めるように言った。
彼のほうがよっぽど少女の扱いに慣れている。
「セリカ?」
「彼女の名前だよ。教えてもらったんだ。」
セリカは彼に手を引かれて立ち上がった。
「ところで、一つ訊いていい?」
「何だ。」
「今日は、何月何日の、何時何分かな。ここにいたら、時間の感覚が狂っちゃって。」
俺はレーダーに表示されている日付と時刻を見た。
「七月八日の正午だ。」
この施設に潜入してから、既に三時間が経過していた。
「そうか・・・・・・ありがとう。でも、これから僕達はどうすればいいの?」
「俺にはまだ救い出さなければならない人間がいる。そいつとも接触したら、一旦ここに連れてこよう。この施設には協力者もいる。彼らに任せるのも手だな。だが、あんたはセリカと一緒にここに隠れていてくれ。すぐに俺の仲間を向かわせる。」
「うん。分かった。じゃあ、僕はセリカちゃんとここに隠れているから。」
そういうと彼はセリカと共にロッカーの中に身を隠した。
これで、先ずは一安心か。
俺は彼らを任せるために、シックスに無線を入れた。
「シックス。聞こえるか。」
『デルか。どうした。』
「人質の一人である網走博貴ともう一人の人質と接触した。今ロッカー室の中にあるロッカーの一つに隠れてもらっている。彼らの救助を頼めるか。」
『そうか!分かった。すぐ行く。そういえば例のアンドロイドだが、見つかったか?』
この期に及んでその話題か・・・・・・。
この男は何故あれに執拗としているのか、俺には理解できない。
「赤い髪のアンドロイドなら見つけたぞ。」
『本当か?!どこだ!!』
「お前の部下だよ。」
『何だと・・・・・・。』
シックスは驚きの余り、何かを言おうとしても言葉が出ないようだ。
「あれはどういうことだ。」
『何故知っている。』
「自己紹介してくれたんだ。彼女がな。」
『そうか・・・・・・。』
「シックス。俺もお前に聞きたいことがたくさんある。」
『今は任務中だ。後にしてくれ。』
シックスはすぐに毅然とした態度を取り戻した。
思えば、口論している場合ではなかった。
それでもこの男の言動は俺にとって不可解であり、それ以前にアンドロイドの部下がいるということ自体、不自然でならない。
まさか、シックス自身も・・・・・・。
「とにかく、話は後だ。今は俺がいる技術研究連地下一階のロッカー室に来てもらおう。俺は地下二階へ行き、所長と接触する。」
『・・・・・・分かった。それと一つ知らせたいことがある。』
「何だ。」
『通信連での捜索を終えた後に、総合実験連に行っていいものを見つけた。敵のヘリコプター、ブラックホークだ。脱出の際に役立つだろう。一応ミニガンが取り付けられている。』
「そうか。分かった。」
・・・・・・。
腑に落ちないまま、シックスとの無線が途絶えた。
そして、網走博貴とセリカをロッカーに残したまま、俺はロッカー室を後にした。
とりあえず、網走博貴だけは謎の死を遂げないことに安心した。
あとはシックスが無事救出してくれればいい。
次に目指すのは、地下二階。
所長の春日了司との接触。
これが成功さえすれば・・・・・・任務完了だ。
俺は地下二階に続くエレベーターを発見し、内部に乗り込んだ。
このまま、このまま円滑に事が運ぶようにと、俺は願った。
『あの・・・・・・怒ってます?』
『当たり前だ。全く、お前は目を放すとすぐこれだからな。』
『ごめん・・・・・・でも、どうせ味方なんだしさぁ・・・・・・。』
『そういう問題じゃない!誰にも顔を見られてはいけないんだぞ。』
『ご、ごめんなさいぃ・・・・・・。』
『まぁいい俺があいつを説得しておく。ところで、敵のヘリを手に入れたんだ。お前も総合実験連に来い。』
『はーい。』
『まったく、反省したと思ったらすぐに機嫌が直るんだな。』
『えへへ・・・・・・。』
『まったく、ワラは相変わらず世話が焼けるな・・・・・・。』
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