市内一の規模というだけあって
図書館の蔵書量は相当なもののようで、
本棚で視界が奥の奥まで埋め尽くされていた。
3階建てに加えて地下1階まであるらしく、
そのうち1階を除いて全てが本で
埋め尽くされていることを館内案内図で見てとれた。
これだけの本を読み尽くそうと思ったら、
いったいどれだけの時間を費やせばいいのだろうか。
 そもそも生きているうちに読み切れるのかしら?
そんな事を考えながら、
ミクはインフォメーションカウンター横に貼ってある、
館内の蔵書マップを眺めていた。
 カテゴリ分けはされているので全ての棚を
探し歩く様な真似はしなくても済みそうだが、
かなり細分化された分け方をされているおかげで
どこにどんな本が置かれているかを
把握するのだけでも少しばかり時間がかかりそうだった。

「ええと、音楽…音楽っと」
 ミクが一生懸命に音楽カテゴリーの所在を
求めていると、
どこからか聞きなれた男の声が聞こえてきた。
「やあ、ミクも調べ物かい?」
声変わりが終わった男性にしては高めの声だ。
振り返ると、10歩ほど離れたところにある机の辺りに
青髪の男がいた。イスに腰かけて、
上半身だけこちらを向いている。
 白いコートの様なものを着ており、
長いマフラーを首に巻いて背中の方に余った部分を
膝下まで垂らしている。色は髪と同じ青。
セミが迷惑なくらい鳴いているこの季節に
どうしてそんな暑苦しい格好をしているのかと聞くと、
彼は決まってこう言うのだ。
「これは俺のトレードマークだ」

「カイト兄さん」
 ミクは顔をほころばせながら駆け寄った。
 ボーカロイドとして先に生まれた
いわば先輩のようなもので、ミクは彼の事を慕っていた。
残念なことに先輩の威厳の様なものは
欠片ほども感じられはしなかったが、
歌唱の基礎について教えてくれたのは主に彼だったし、
レッスンの後に必ず出してくれていた
アイスが格別に美味しかったことが
非常に印象に残っている。
 そんなこともあって、
割と近くに住めることになったことは
ミクにとって嬉しい事であった。
「兄さんこそ、なんで図書館に?」
 ミクの記憶が正しければ、カイトはあまり本は
読まなかったはずだ。
「ちょっと、あるものについて調べたくてね」
「あるもの?」
首をかしげるミクを見て、カイトは机に置いてあるもの
を軽く小突いて見せた。
「…なにこれ?」
 それは8分音符の形をした物体だった。
見たところプラスチック製で
棒の部分に板が埋め込まれており、
玉の部分には顔が描かれていた。口らしい形に
玉の真ん中がパックリと開いている。
「知り合いからもらったんだ。
 オタマトーンっていう楽器らしいよ」
「ああ、あれか」
 一時期、話題になっていたおもちゃに
そんなものがあったなあと、ミクは思い出した。
確か、このオタマジャクシの棒に触れると、
その位置に応じた音程の音が鳴るというものだったか。
「で、これがどうかしたの?」
 ミクはオタマトーンを手に取り、
適当に棒の部分をなぞって音を出してみながら聞いた。
ちょうどギターの抑える指を上下に滑らせた時のような
滑らかな音程の動きを、
このオタマジャクシは一定音量の電子音で鳴いてみせた。
「なんだかちょっと僕たちに似ているなあって、
 親近感を感じてね。
 何かしらコレに関する本でもないかと思って
 来てみたんだけど」
「無かったの?」
「うん、今のところはまだ見つかってないね」
 ニュイニュイと鳴き続けているオタマトーンを見ながら、
カイトは息をついた。
ふうん、とミクは気のない返事を返し、
なぞる指を離して、トントンと叩くように鳴らしてみた。
オタマジャクシが調子っぱずれに
ドレミファソラシドと歌い始めるのを見てミクは
「確かに似てるかもね」
と呟いた。
 このオタマが私で、指を動かしている私がマスター。
そう考えると、形は多少違えどそんな主従関係に
思えなくもなかった。
「ねえ、兄さん」
 オタマトーンをカイトの目の前に置きながら、
ミクは遠まわしに聞いてみることにした。
「ん?」
「兄さんがもし作曲者だとして、
 この子に歌わせる曲がどう頑張っても作れなかった
 としたら、やっぱり辛いかな?」
 カイトは怪訝そうな顔をしたが、
すぐに合点がいった様な顔をしてイスから立ち上がった。
「ちょっと、アイスでも食べに行かないか?」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

タイトル未定

その2。
だんだんと書いていてこれ面白いのか?
と疑心暗鬼な感じに思ったりもするのですが、
めげずに進めたいと思います。

閲覧数:148

投稿日:2013/09/25 01:16:04

文字数:1,837文字

カテゴリ:小説

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