『今度の土曜日、少し買い物に付き合って欲しいのですが。もし空いていたら連絡ください。』
 珍しく、彼のほうからそんなメールが届いた。ミクは思わず口元を緩め、慌てて掌で覆った。隣の席に座っていたクラスメートに不思議な顔をされながら、返信を打つ。
『土曜日なら一日空いてるから、遠出しても大丈夫だよ。』
 そこまで打ってから、ちょっと考えて一言付け足した。
『敬語なしの約束、ちゃんと守ってよね!』
 文面を確認して、送信ボタンを押す。携帯をしまい目線をあげると、ふとカレンダーが目に入った。今日は水曜日だった。
「土曜日、か……」
 ミクは軽くため息をついた。
「……遠いなぁ」

 土曜日。
 待ち合わせ場所は大型ショッピングモールの一角。彼は律儀に待ち合わせ時刻の15分前に現れた。
「レンくん!」
 呼びかけると、驚いたように辺りを見回す。しかしすぐにミクの姿を見つけたようで、口元が安堵に緩んだ。

「そういえばレンくん、買いたいものって?」
 この数日間聞いてははぐらかされ続けた質問を繰り返す。レンは決まり悪そうに視線を逸らし、少しの沈黙のあと、ようやく答えを口にした。
「今度のPVで、オフショットを使うことになって……それ用の服を選ぶのを手伝って欲しくて」
「わぁ、もうPV撮影なんだ!新曲楽しみにしてるね」
「あ、ありがと」
「それで?どんな曲なの?」
 レンはうっと口ごもる。
「……これって、どれくらいまでだったら言ってもオッケー?」
「あー……」
 その問題があったか。とミクは遅まきながらも気付く。新曲の内容をそうそう外部に漏らすわけにはいかない。かといって、何もわからない状態からはアドバイスのしようもない。
「……えっと、店の目星はつけてあるから……先に行ってから話さない?」
 ここじゃあちょっと、と言葉を濁したレンにミクは小さく頷いた。

 レンはそんなに背が高くない。というか、ミクのほうが僅かに高い。彼がそのことを気にしていることは明白なので、今日のミクの靴はヒールの低いサンダルだ。
 そんなわけなので、要はふたりとも人ごみの中では目立たない。
 数回はぐれそうになり、店に入ったときには歩き出してからゆうに10分は経っていた。
「ここなんか、どうかなって……スタッフの人に勧めてもらった」
「そうなんだ。……それで、どんなイメージなの?」
 だいぶ周囲の人が減ったが、それでも辺りを気にしつつ、レンが小さめの声で告げる。
その話をまとめると、「カッコイイ系の曲だけどスピードナンバーではなく、対象は自分より少し年上くらいの女子」。
 そう聞いて、ミクは一層頭を抱えた。
 それはもしかしなくても、相当な難問ではないだろうか。いや、だからこそ助けを求めたのか。
「と、とりあえず、多分イメージは夏だよね」
 もう少し具体的に、と切り込んでみる。レンは頷いて、そういえば、と付け加えた。
「クールだけどたまに子供っぽいのかも。それと、撮影は屋外だって聞いてる」
「じゃあ、服装はラフな感じがいいかな。これとか?」
 ミクは棚から青地に白のラインが入ったTシャツを手に取った。しかし、いまひとつ自分でも納得がいかない。レンもまだ悩んでいる様子だった。
「もうちょっと探してみるね」

 それから10分近くが過ぎ、しかしミクは途方に暮れていた。
 自分にできるアドバイスが何かわからない。極論を言ってしまえば、とりあえず何を着てもレンはそれなりにさまになってしまう。だからこそ、何か、と思うのだが、その「何か」が一向に分からない。
 どうしよう。悩みに悩みながら、レンの言っていたキーワードを頭の中で繰り返す。夏。クール、かつ可愛い。屋外。女子向け――。
 「女子をターゲットに」?
 それだ、とミクの頭が瞬間的に冴え渡る。
 欲しいのは「女子の視点」。女の子たちがどう思うか、どう思いたいのか――。
 私なら。
 ミクは意を決して棚を物色し始めた。

「レンくん、これちょっと着てみて」
 選んだ服をレンに手渡し、試着室のほうを指差す。先ほどとのミクの様子の違いに戸惑いつつも、レンが服を受け取り試着室へ向かったのを見て、ミクはほっと胸をなでおろした。
 実際に着てみてもらわないとわからないこともある。自分にできるベストの選択をしたつもりだが、果たして――。
「着替え終わった…けど」
 カーテンをゆっくりと開けて、試着室の前で待っていたミクのほうへと一歩近づく。
「……どう?」
 レンの姿を見るなり絶句したミクに、レンはおそるおそる訊ねる。ミクは頭をぶんぶんと振って、レンに答えた。
「すっごく似合ってる!予想以上だよ」
 白の半そでTシャツは胸のところに黒い星の模様が入っていて、上に羽織った薄い青のフード付きの半そでパーカーを羽織っている。パーカーの袖は折り返しになっていて、裏地はフードの裏と同じ山吹色だ。少し大きめなのか、肩のラインが少しずり落ちていて、開けたままのチャックからはTシャツの黒い星が半分くらいのぞいている。下はカーキ色のハーフパンツ。膝が見えるか見えないかの丈で、裾からは意外と華奢な足が伸びている。靴は今日履いているような白地に青いラインのスニーカー、それと黒いラインの一本入った白いくるぶしソックス。
 30分以上悩みに悩みぬいた組み合わせ。ミクは予想以上の出来に内心で喝采した。
 そんなミクの様子を見て、レンは破顔した。
「じゃあ、決まり」
「え……」
 その一言にミクが固まる。いくらなんでも即決するとは思っていなかった。金額だって、高くはないにしろ安い買い物ではない。
「いい。俺も気に入ったし、それに、」
 戸惑うミクにレンが明るく笑いかける。
「せっかく選んでもらったのに買わないとか絶対ありえないから」
 ちょうど通りかかった店員を呼びとめ、手早く着替えるとそのまま会計をする。レンの言葉に反応する機会を逸したミクは、それを悔しがるべきか喜ぶべきかわからなかった。
「あ、これ着て帰りたいんで。タグ切ってください」
「ちょ、レンくん!?」
 いくらなんでもそれは――
 ミクが慌てた声を上げる。しかし、レンは笑みを崩さずに言い切った。
「撮影には問題ないし。――今、着てたい。せっかく、ミクといっしょなんだから」
 レンの言葉に、ミクは黙って俯くしかなかった。
 ――ズルいなあ、と心の中だけで呟く。――そうまで言われて、反対できるわけないってわかってるくせに。

「ありがとう、助かったよ。多分俺だけじゃ、あんなに上手くは決まらなかったと思う」
 店を出て、ショッピングモールを散策する。
「PV、楽しみにしてるね。頑張って!」
 うん、とレンが頷く。訳もなく寂しくなってミクは慌てて話題を変えた。
「ま、まだお昼前だね。この後どうしよう?」
「この中でお昼にしない?昼食の種類には困らないし、まだ結構空いてるしさ」
 確かに、休みではあるがまだ12時前とあって、飲食コーナーに人はまばらだ。その提案に乗ることにして、ミクは早くも午後の算段にとりかかる。
 時間は早いから、この外に出てもいいし、このまま色々と物色するのもいいだろう。それに――と隣のレンに目をやって考える――レンくんのこの格好に似合うような服を買うのもいいかもしれない。
 何にしろ、まるまる残った午後を楽しく過ごすためにもとりあえずご飯だ。
「じゃあ、何食べよっか?」
「うーん、俺はわりと何でも――ミクは何がいい?」
 レンは少しだけ考えるそぶりを見せてそう答えた。
 そう、いつだってこうだ。食べたいものがないわけではないだろうに、とりあえず自分のことは後回しにする。
 ミクはそっと微笑んだ。内心嬉しく思いながら、それを気取られぬように細心の注意を払って提案する。
「折角たくさんお店あるし、色々頼んで分けっこにしない?」
 レンが首肯するのを見届けて、ミクはメニューの物色を始めた。
 今日のお昼は何がいいだろう。
 数分後にテーブルに並んでいる料理はきっと、自分の食べたいものだけではなくて。それを分けっこして食べながら、午後の予定を話し合って。
 そうしてきっと、そのあいだふたりともずっと、笑っているのだろうなと、思った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

お買い物。

いつもとは違う組み分けで書いてみようボカロ小説第一弾。

といいつつ、とあるとても素敵なレンミクのイラストがきっかけだったりします←
でも本文は…レンミク……というよりミク+レンかも……?

この後、午後を彼らはどう過ごすのか……時間と気力があったら書きたいと思います。
その際にも今回と同じく、服のセンスには目をつぶってくださいw
センスが必要だと気づいたのが、もう本文書き始めた後だったんです…。

今回も細切れ感が否めません……これが今後最大の課題かもしれませんね…。

読んでくださった皆様、ありがとうございました!
感想等いただければ幸いです。

(夜響音様:作詞のほう進んでいなくてすみません。もう少し納得のいく形にしたいと思っていますので、もう少し遅くなると思います。もしかしたら、数パターン投稿することになるかもしれませんが、よろしくお願いします)

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投稿日:2012/06/27 22:01:45

文字数:3,396文字

カテゴリ:小説

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