舞SIDE


 私は我が侭だ。私は傲慢だ。私は自分勝手で、それが自分で嫌というほどわかってしまって。いつだって自分勝手で、人を振り回して、いっつもそれに呆れられ、突き放された。
 けど、千歳君は違った。あの子はいつだって私の我が侭に、突然の提案に嫌な素振りなんて見せなくて、私の事なのに、付き合ってくれた。
 居酒屋で酔った私も介抱して、愚痴を零せば誠実に受け止めて励ましてくれて、失敗談を語れば本当に楽しそうに笑ってくれる。
 一緒に会話をするのが楽しかった。時間を共有できるのが嬉しかった。千歳君といる時が、とても充実した時間だったのは間違いない。
 だから、ここ最近会っていないのは、寂しい。寂しいよりは、不安になった。チープな独占欲なんてことは承知していたも、不安だった。
「トラ・・・・・・。寂しい。」
「ぐぅ。」
 小さな猫の子どもを抱き締める。ボロボロの段ボールの中に粗末に捨てられていたのを見て、可哀想になって家にまで連れ帰った子だった。
 私はトラを抱き締め、布団の奥へと潜り込んだ。
「お休み・・・・・・・・・・。」
 まどろみが、私を引きずり込む。
 千歳君の顔が浮かんできそうで、私は強く瞼を瞑った。



 夏の暑さはたまらない。汗が出てくるなんて表現は相応しくない。吹き出るといった表現が適切な気がする。私は冷房が効いた本屋へと逃げ込んだ。暑い。暑くてたまらない。が、それも冷却された空気に晒されれば不快感は消えた。
 適当に本を漁るふりをする。話題の新刊、ライトノベル、堂々と銘うたれたキャッチコピー。そのどれにも興味をひくものはなかった。
 だから涼んだ後は、さっさと去ることにする。家でトラが私を待っているし、元々餌が切れたから外に出たんだし。
「あれ?舞さん?」
 動きが止まった。声を聞くことがスイッチだったわけじゃないし、そんなはずもない。でも、でもでも。
 落ち着いて。安心して。いつもの私になって。
「千歳君!バイト先ってここだったんだ!久しぶりだね~。」
 ほら、私はいつでもこの語感。こうやって振る舞わないと、きっと千歳君は私を心配する。
「はい、お久しぶりです。」
「そだ、折角会ったんだから、今日飲みに行かない?いい飲み友達も見つけたの。きっと千歳君のタイプだよ!」
 ほら、もう話しの点線が繋がっていない。私はいつもこうしていきなりわけのわからないことを言い出して、自分で後悔して。
「あっははは。本当ですか?それならぜひ誘ってください。」
 息苦しい。鼓動が強すぎて、息苦しい。
 視界がぼやけて、輪郭が合わない。脳が変な快楽物質でも分泌しているんだろうか。余計な思考がどんどんノイズになっていく。
「うん!そうするよ!それじゃあ私用があるから、あとはメールでね。」
 私は逃げるようにその場を後にした。
 日差しが、ジリジリと肌を焼く。不快で不快でたまらない。動悸が不快でたまらない。トラの餌を買わないと。あぁ、そうだ、そのために外へ出たんだから。
 夏の暑さが感情まで、焼いてくれればいいのに。
 家に戻るまで、そんなことをぼんやりと考えていた。
 蝉が、車のクラクションが五月蠅かった。
 家に帰る頃には、動悸も少し落ち着いていた。
「はぁ・・・・・・・・・・。」
 ぼ~っとしながら、トラに餌をやる。ガツガツと必死に食らいついて、食べ終わると美味しかったようで、ぺろりと舌を覗かせた。
 私はベッドに寝転がり、携帯を開く。暗いままの部屋の中で、ぼんやりと携帯の画面だけが浮かび上がる。
 千歳君宛にメールを作成しなきゃ。いつもの居酒屋に来てって。伝えなきゃ。ほら、いつもしてるように身勝手な文章で、私の意図だけを・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・っ。」
 一文字一文字打ち込んでいき、いつもの私らしい文章が出来上がった。いつものように勢いで、相手を気遣う言葉は少なくて。都合良く。
 指が少し震えていた。その指で、送信ボタンを・・・押す。
『昼は本当に久しぶりだったね!いつも行く居酒屋にいるから来てね!友達もいるから!』
 私の言葉じゃない文面が、送られていく。1bitごとのデータになって、送られていく。
 可愛く絵文字でもつければよかったかなと思ったけど、その思考は自己嫌悪に私を沈めていくだけだった。
 大人になってまで、ここまで積極的になれない自分が嫌になる。
「・・・・・・・・・・トラ、おいで。」



トラSIDE


 僕は知っている。僕はなぜ捨てられたのかを。
 何を言っているか、全くわからなかったけど、僕がいらないんだというのはすぐわかった。
 僕は拾われた。
 なんとなく、その人が優しいということはわかった。
 実際、前の主人に比べものにならないほど優しかった。
「もしも~し。」
 言葉を発してみる。でも、これが主人の耳に届かないことも知ってる。僕が喋っても、前の主人は苛ついた表情を見せるだけだった。
 きっと、僕の言葉は伝わらないんだろう。それはこっちもそうだ。主人が何を言っているかなんてわからない。でも、様子でなんとなくだけど、わかった。
 悲しいとか、寂しいとか。嬉しいとか、楽しいとか。そういったものが。
「なんでそんなに悲しそうなんですか?」
 これで訊ねたのは何回目だろう。答えなんて返ってこない。
 それだけだった。それだけなんだ。僕は何もできない。
 悔しくなって、自分の手を囓った。



舞SIDE


「お疲れ様、またね!・・・・・・・・・。」
 私は結局、いつもと同じだった。いつもと同じようにどうでもいい話しばかりして、そして、もっとこうしたいという欲求が抑えられて。
 私は結局、いつもと同じような時間を、千歳君と、そして柚木ちゃんと過ごしただけ。
 なにも進歩なんてしていなかった。帰り際に、声をかけようとしたけれど、大丈夫と言われてしまえば、それで終わるしかない。もっと先へと、一歩先が奈落かもしれない深淵に踏み込む勇気なんて、私にはない。
 柚木ちゃんともわかれ、私は自宅へと向かう。居心地の悪い、心がぽっかりと空になってしまった虚しさが、抜けなかった。
 いつまでも自分を誤魔化す芝居なんて馬鹿らしい。馬鹿らしくて、舞台から身を乗り出して観客席にでも行きたい気持ちになる。演じるなんて舞台の上だけ。観客席の観客は、物語の展開を見て、それを安全な場所で楽しむだけだから。
 ジリリと、電子の泡が弾ける音がする。
「そこの失恋したような顔のお姉さん、占いしていかない?タダだからさ。」
 占い師の姿はまだ若かった。路上に小さくスペースを設けている、ありがちな粗末なもの。
「え・・・・・・・・?私?」
「うん、無料で占うよ。できれば決断は早いと助かるな。許可とってないからいつ捕まるかたまったもんじゃないんだよ。」
 気まぐれだった。占いの結果で、私の心の大きな空洞なんて埋まるはずはない。でも、少しでも楽になるのを期待したのかもしれない。
「じゃあ、お願い。」
「簡単な手相占いだよ。手を出して。」
 言われた通りにする。私の手を暫くじっくりと見て、占い師は言葉を紡いだ。
 そして、私は次の言葉についていけなかった。
「ごめん、わかんない。」
「へ?」
「いや、やっぱり駆け出しの身には辛いのかな、こういうのって。」
 人をおちょくったような口調のこの占い師は、ペテン師に近いと思った。いや、占いなんてペテンがほとんどだけれども、それにしたって酷かった。
 私は思わず俯く。少しばかり期待した占いまで、いいかげんなんだ。
 悲しみよりも先に、怒りがふつふつと低い沸点を通り越して、沸きだった。
「なんなの!?いきなり声かけておい――」
 占い師の姿は、どこにもなかった。
 最初からいなかったように。雲散霧消でもしたかのように。姿は消えていた。ただ、インチキさ丸出しの小道具や机だけが残っている。
「・・・・ど、どこに?」
 思わず机の下を覗くが、姿なんてない。机の上に、「吉 挫けず頑張れ」と書かれた古くさい紙が置かれていた。
「挫けず頑張れって・・・・・・・・・・。」
 次に出る言葉を呑み込もうとしたけど、思っていたより大きかったそれは、バリケードを易々と破った。
「どうすればいいの・・・・・・・・・・・。」
 素直になりたい。素直になれればどれだけ楽なんだろう。目一杯甘えて、告白して。
 そんな夢物語が、現実になればいいのに。
 夜空の光景はいくら綺麗でも、現実のものだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

ツイッター企画 舞SIDE

舞&トラSIDE
ちょっとしたおまけのようなもの。

閲覧数:347

投稿日:2012/01/07 20:45:36

文字数:3,517文字

カテゴリ:小説

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