“trick or treat”
それは夢の世界への合言葉。
菓子を渡すか、報復を受け入れるか。
その二択を問いかけるだけの祭は、いつしか意味を変えてしまう。
元々は秋の収穫を祝い、人に害を為す悪霊を追い出す目的のもと始まったこの行事は、年を経るにつれて民間行事となり、子どもが仮装しお菓子をもらう風習へと変わる。
アメリカではハロウィンの仮装は魔女やお化けを模したものを施していたのだが、この国へ視点を移せば漫画やアニメのキャラクター等の格好をし始める。
合言葉を子どもが唱えて回ることも少なく、仮装して夜の街を歩く、いわば「日常から外れてコスプレを楽しむ」口実としてハロウィンが扱われているのもまた事実。
文化圏によって祭の意味合いも変わるが、キリストの降誕を記念した祭のように、この国はほとんどの行事が同じような内容へとなりつつある。
それが宗教が違っても違和感なく楽しめるようにとの対応の差なら、仕方ないのかもしれないが。
遠い日の記憶、少女へ語ったハロウィンの話。
いつか彼女が語った『俺に似た誰か』の話。
彼女の話に既視感を覚えたのも不思議な感覚だ。
一度きりの会話。彼女に似た話し方。もう会えない人。
今思えば、その少女のことを好きだったのかもしれない。
隣同士、カウンター席で違うケーキを食べながら、初対面にも関わらず弾んだ他愛のない話。
話の内容、その時口にしたアップルパイとコーヒーの味は覚えているのに、唯一思い出せないその少女の顔。
改めて思い返せば、彼女に関する記憶は少しあやふやな部分がある。
初めて会ったのはシェアハウスで顔を合わせた時?
好きになったのは、一緒に仕事をしているうちに?
そのはずなのに、違和感がある。
何か大切なことを忘れている気がするのだ。
それは彼女のことだけではなく、いつかの旅行で問われた、脇腹に抱える古傷。
“まあいろいろあるってことさ。それにおそらくこの傷は、もう一生治らない”
そう言ったのは事実だが、どうしてそんな傷を負ったのか、俺に明確な記憶がない。
心から欠けてしまったその思い出は、いつか巡り巡って戻るのだろうか。
喫茶店での甘い記憶と均衡するのなら、その思い出は魔によってもたらされた悪戯に値するのだろうか。
昔、一度きりの会話で初恋を奪ったその人を、俺を通して見ているのなら。
魅惑な夢の中、俺は今一度彼女に問おう。
「君が見ているのは幻想か、それとも現実か」。
<<ウタカタの夢>>
電車に揺られている感覚で目を覚ます。
車内のアナウンスで告げられた駅名に、目的の駅をとっくに通り過ぎてしまっていることを悟る。
最近眠る時間が少なくなっていたから、今になって眠気がやってきてしまったのだろう。
電車で座っているときに限ってあっという間に眠くなってしまう現象は一体何なのだろう。
乗り換える為に下車すると、懐かしい空気に包まれる。
この駅は自分にとって馴染みがないのに、どうして懐かしく感じたのだろう?
その疑問は街の景色を見て振り払われる。
この街は、一度来たことがあるのだ。
目的としていた駅には、別段深い用事もない。
それよりも懐かしい気持ちのほうが大きく、この街を歩いてみたくなった。
地元より混むことのない改札を抜け、一年ぶりに見る駅前の大通りは、忙しそうに人々が行き交う。
久しぶりに来たというのに何も変わっていなくて少しだけ安心する。
どこに行こうか。そう考えるより早く足が動く。
真っ先に向かった場所は、駅の付近にある小さな喫茶店。
思い出すのは、他愛ない会話に真っ直ぐな笑顔、コーヒーの香りとアップルパイの甘み。
たった一度きりの会話を忘れることはない。
お昼時だというのに店内にあまり人はいなかった。
誰もいないカウンター席に運ばれてきたコーヒーに口をつける。
いつも飲んでいる缶コーヒーとは味の深みも香りも違うのに、どこか物足りない。
以前注文したアップルパイも食べる気にならず、一杯だけ飲み干して会計を済ませようと席を立った瞬間。
カラカラとベルの音を鳴らして入ってきた人物と目が合った。
そうか。物足りなさを感じたのは、彼女が隣にいなかったからか。
目の前にいる少女も、俺も、互いに目を丸くしてそこに立っていた。
「何か食べなくても良かったの?」
「いいんですよ。三日前にも来ましたし、お財布と相談して、来ない日をもう少し作ろうかと考えたほどですから」
「そうなんだ。すっかり常連なんだね」
覚えててくれたんだ。元気だった?
そんな再会を懐かしむ言葉が出る前に、少女は俺の手を引いて店を出ようとしていた。
会計が済んでいない俺は慌てて用意していた五百円をカウンターに置き、「お釣りはいらないですから!また来ます!」とそのまま少女に連れられていった。
コーヒーの値段をよく見ていてよかった。そして安くてよかった。
突然客を連行していった常連の少女に驚きつつ、店員はしっかり対応してくれた。
そんなこんなで、現在進行形で手をがっちりと掴んで少女は俺の先を歩いていく。
まさか再会して最初の一言を店員に発するとは思わなかった。
「ところで、どこまで行くの?」
「え?…あ、ごめんなさい!無理やり連れ出すようなことをしてしまって」
「全然いいよ。うん。意外すぎる行動に非常に驚いたけどね?」
「それは私もびっくりしてます。…そういえば」
少女が鞄をごそごそと探り、何かを差し出してきた。
それはあちこちに星が彩られた、小さなストラップだった。
少し考えて、それがかつての自分の持ち物だったことを思い出す。
元々は鞄に付けていたものだったが、何かの拍子に落としたのだ。
それを少女が拾ってくれて、ずっと保管していてくれたらしい。
「あの時の忘れ物です。返したかったんですけど、ずっと会えなかったから」
「もしかして、ずっと持ち歩いていたの?たった一度会ったきりなのに?」
「たった一度会っただけだから、ですよ。私があの喫茶店に通ってる理由は、これを返すためだから…と言ったら、納得してくれますか?」
「納得というか、ただただ感心するばかりさ。預かってくれてありがとう」
少女の手からストラップを受け取る。
他愛ない話をしただけの俺に会う為に、あの店の常連になった。
そんな少女が可愛らしくて、思わず口から笑い声が漏れる。
恥ずかしそうに少女がつぶやく。
「もう、笑わないでください!…あのお店から連れ出した埋め合わせをしますから」
「ごめんごめん。埋め合わせねえ。それじゃ、お菓子かイタズラか、どっちがいいかな?」
「あの時教えてくれたことですね?でも私は今お菓子を持っていないので、別のものしかあげられないんですよね」
「別のもの?」
「はい。『この街の案内』はどうですか?私が行けるところで、わかる範囲なら案内しますよ。どんな所に行きたいですか?」
「そういうことなら、喜んで。場所なら常連さんのお任せコースでお願いしますよ」
「はい、任されました!」
少女が案内したのは、駅からそう遠くない場所にある商店街だった。
年頃の女の子には珍しいチョイスだな。そう思っていたのが伝わったのか、少女は「ショッピングモールとかデパートとかは、割とどこでも同じものが見られますから」と答えた。
確かに俺はこの街の案内を頼んだ。
この街にはどんな人間がいて、どんな店があるのか。
それが色濃く見えるのが商店街だというのは、一理あると思う。
「この商店街は、最近来る人が少ないんですよ。駅から十分くらいのところに大きなショッピングモールができまして、客がそっちに流れつつあるんです。確かに便利なんですけど、商店街を利用するメリットだって大きいと思うんです」
「そうだったんだ。もしかして、あの喫茶店に人が少なかったのもその理由かな?」
「やっぱり気づきましたか。ショッピングモールにたくさんカフェが入ってまして…私はあの喫茶店が大好きなので複雑な気持ちです」
「僕もあの喫茶店は好きだよ」
「そう言っていただけて嬉しいです。あのお店には、思い出がたくさんありますから」
歩いていくうちにお腹が空いてくる。
さっきはコーヒーしか飲まなかったし、そもそもお昼ご飯を食べていない。
そのことを伝えると、少女は何かを思いついたらしい。
「手軽に食べられて満足できるランチにしましょう」
「へえ、そんな素敵なメニューがあるの?」
「ええ。裏メニューですけど。私のやること、見ていてください」
そう言って少女はパン屋さんに入り、バターロールを購入した。
レジで「こういう風に切ってください」と何かを伝えている。
注文通りの品が来たのか、袋を受け取ってすぐ隣のお店に入って行く。
店主にさっきの袋を渡して何やら話している。
数分経って、二つの包みを受け取った少女が一つを手渡してくる。
ハンバーガーのように包まれたそれは、開いてみると香ばしい匂いがする。
バターロールをバンズのように切って、中にハムカツを挟んだものらしい。
一口かじると、焼きたてで柔らかなパンとサクサクの衣が音を立てる。
少し目の粗いパン粉と分厚いハムが、ソースなしでも色濃く口内に味を残していく。
「なるほどね。裏メニューの意味がわかったよ。これは君が思いついたもの?」
「私ではないですね。クラスメイトがこうやって食べていたのを偶然見かけて、私もやってみたらとても美味しくて。別々のものを組み合わせないとできない味ですから、チェーン店では味わえないですよ」
「確かにこれは手軽に食べられるし、出来立てを楽しめるからいいね。スーパーとかで売ってる市販のカツサンドも悪くはないんだけど。個人的にはパンにソースが染みたやつも好きだなあ」
「そうだったんですね。ソースは自分で持ってきてかけるしかないですけど、さすがにソースを持ち歩く勇気はないですね」
「ソースを持ち歩く人は学生どころか大人でも珍しい部類に入ると思うけどね」
「確かに。では次は果物屋さんでカットフルーツを買いましょうか」
「さっぱりとしたデザートか。これは食欲が止まらないなあ」
満面の笑みに紹介の言葉を添えて、少女は俺の手を引いて様々な店に案内して行く。
新作のCDをイヤホンを分け合って視聴したり、店先のポスターを見ながら好きな物語について語り合ったり。
甘美な果実に舌鼓を打ったり、リニューアルしたばかりだという雑貨店に立ち寄った。
「そういえばあの時、僕の悩みを聞いてくれてありがとう。君が話を聞いてくれたから気持ちの整理ができて勉強に集中できた。志望校に行くことができたんだ。本当にありがとう」
「いえ、私はただ聞いていただけで。助言も何もできなくて、無力な自分が歯がゆくて」
「もちろん的確なアドバイスがほしくて相談をするときだってあるけれど、あの時の僕は違った。ただ横にいて、他の誰でもない、自分自身の話を真面目に聞いてくれる人は、意外といないものだよ」
「こんな私で役に立てたのなら、それは誇らしいことですね。あなたの望みが叶って良かったです」
会えなかった時間を埋めるように、いろいろなことを話し合った。
最近どんなテレビを見たとか、どんなお菓子がマイブームだとか。
学校ではどんなことが流行ってるだとか、こんな映画の宣伝が気になっているとか。
当たり障りの無い世間話だけではなく、より互いが見えてくる話をし続けた。
まるで親密な関係になったようで、制服姿で二人きり、午後の街を歩いて行く。
少女が好意から俺と一緒にいてくれるのなら、それは心から幸せなことなのに。
その考えは思い上がりでしかない。
俺たちは知り合ったばかりで、互いの趣味をわずかに知った程度の仲だ。
「次はオルゴールのお店に行きませんか?商店街からは離れてしまいますけど、落ち着いた雰囲気が人気なんですよ」
「オルゴールか、珍しい店があるんだね」
「はい。他にもたくさん素敵なお店があるんですよ。それで最後にあの喫茶店で、ハロウィンのケーキを食べましょう」
それでも少女が嬉しそうに笑うものだから、俺は錯覚してしまった。
少女もまた、俺を望んでくれるのだと。
菓子よりも甘いこの時間が、永遠に続くものだと。
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