「なんじゃこりゃ」
そこには文章が書かれていた。
メビウスの輪とは帯状の長方形の片方の端を180°ひねり、他方の端に張り合わせた形状の曲面である。数学的には向き付け不可能性という特徴を持ち、その形状が化学や工学などに応用されているほか、芸術や文学において題材としてとりあげられている。
「……なんだよ、これ」
「これが暗号のヒントなんですよ。キーワードは七文字だそうです」
「メビウスの輪、とか?」
「だったら試してますよ」
そりゃそうですよね。
とりあえずまだ文はある。読み進めていく。
三次元ユークリッド空間内の円筒C={(x, y, z)∈R^3|x^2+y^2=1, |z|≦1}を考え、C上の点(x, y, z)と(-x, -y, -z)を同一視して得られる商空間を考えるとこれもやはりメビウスの輪となる。
「……うんうん、たしかになあ」
「あっ、ここで終わりですね」
グミがそう言って指差した。画面にはこう書かれていた。
『文学における“メビウスの輪”』
文学作品においてメビウスの輪はしばしば無限の繰り返しを比喩的に表すものとして用いられる。前述のようにメビウスの輪は一周して戻ってくると向きが逆転しているという性質を有していることから、ループ構造を持つプロット(ループもの)や登場人物がなんらかの経験を経て考えをあらためて過去(あるいは元いた場所)に戻る際の比喩としてメビウスの輪が使われることもある。
ここでテキストデータは終わっていた。占めて六千七百文字。
「データはまだあります」
おい、さっき暗号って言ったじゃん。なんだよ、データなのかよ。
「……実際には暗号は最後に見せます。先にヒントと思われるデータを見せたほうがいいのではないかと思いまして」
「まあ、言い分は解る」
そう言ってグミは別のテキストデータを映し出す。
どうやら、それも何らかの資料だったらしい。
ヒステリシス (Hysteresis) とは、ある系の状態が、現在加えられている力だけでなく、過去に加わった力に依存して変化すること。履歴効果とも呼ぶ。
「ああ、磁性体のヒステリシス・ループとかあるよね……。たしか『加える力を最初の状態のときと同じに戻しても、状態が完全には戻らないこと』だっけか」
「ええ。……そして、テキストデータはこれで終わりです」
「えっ、これだけ?」
「ええ。最初は私も驚きましたが」
話者がVY1に移る。
どうでもいいけど弁当食べながら話すのは行儀悪いよ。
「……そして、これが暗号」
そう言ってグミはスマートフォンを操作していった。
そこには――こう書かれていた。
――
灯籠が地面を照らしていた。
栄(えい)という女性は江戸のとある呉服屋の前を通過した時のことだ。
「ああ、お前さん。ちょっと暇じゃないかね」
「間なんて空いてませんよ。何を言うのかね」
門の前から店の主と思われる人間が声をかけた。
「ごめんな、それでも手が足りないのだよ」
ろくでもないことをさせられるのだろう、と栄は舌打ちをした。
「……まともなことじゃ、これは解決できねえな」
――
――何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。
≪【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 7≫
「何が言いたいか、さっぱりわからないでしょう?」
まったく同じセリフをVY1は言ってきた。
「ったく、めんどくさいモノを残すものよね」
初音が言った。……ますます、僕が参加する意味があるのかな?
「七文字。それに恐らくあんたと私と、姉さんに関係のあることかな」
姉さん。今初音はそう言った。
ルカといったかな、彼女の姉さんは事故で亡くなっている――はずだった。しかし、初音に電話がかかってきている。ホラー現象でもないだろうし、即ちルカ姉は生きているのだろうか。
ルカ姉とは僕も家族ぐるみで仲がいい。あまりにも仲がいいからか(僕はそこまで思ってないんだけど、どうやらそれが仲がいいように見えるらしい)、よくグミに「早く結婚しろこのオタンコナス」と言われるほどだった。
彼女と、僕と、初音に関係のあること。七文字とは、いったい何なのだろうか?
「恐らく、前のデータであることは間違いないでしょう」
「そうなんだけどさー……何だろ。箱庭とか? 影神とか? ……弱音ハクとかはさすがに違うか」
「弱音ハク? あのベストセラーを書いた作家か?」
弱音ハクと言えば、『僕と彼女の不思議で滑稽な世界』を書いた作者で、それによって世界に名を馳せた大作家だったと思う。どこに住んでいるのか不明だけど、確かこの辺りに住んでいるって噂があるんだよな。
「まあ、そうだけども。私たちにとっても結構重要な存在よ」
「そうそう」
そんなことを頷いているけれど、ところで君たち暗号の答えは浮かんだのか?
「いやー、全然ですわー」
「死ね、業火に焼かれて死ね」
「これはひどい」
だって初音のやつ、ここまで時間引っ張って考えてくれたのかなーって思ったら考えてないんですよ! ひどいって思うのはこっちの方だ!
「……まあ、恐らくこれで合ってるんだろうけど」
そう言って初音はグミからスマートフォンを奪って、ある単語を打った。そして、それを僕たちに見せてきた。
「……『Team MGR』……?」
「そう、あんたは覚えてないだろうけどね。MGR団。ルカに、グミに、私に、神威の四人が揃ったグループのことよ」
MGR団。
聞いたことはある。
けど……それがどこでなのかは、思い出せない。
「ま、いいわ」
初音はスマートフォンの画面をスクロールする。
「これで箱庭はなんとかなったでしょ」
そして、画面に表示されている『Enter』ボタンをタッチした。
つづく。
【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 7
【暗号の解説】
文を全てローマ字にして、文頭の一文字目を縦読みすると、『Team MGR』と出てきます。
伏線ばら撒きました。
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足るを知る、足るを知れ
足るを知る者は富を得る
金があり、力もあり、...足るを知れ(人の物を欲しがるな)

凸凸卍凹
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