それはちょっと前のこと。お洒落をしたミクがこの家を訪れて、一緒に買い物に行こう、とグミを誘いに来たのだ。
「あれルカちゃん。こんなところにいたんだ」
家にいないと思ったら隣家の縁側でのんびりしているルカに驚いたミクを、今日は天気が良いから気持ちいいわよ、一緒に日なたぼっこしない? と自分の隣に誘ったのだが、今日は夏物の服を見に行く予定だからと断られたのだった。
「もう夏物?確かに暑くなっては来ているけれど」
「いやいや遅いくらいだよ。女の子たるもの季節を先取りしないとね。ルカちゃんに合いそうな服があったら一緒に買ってくるから、楽しみにしてて」
「じゃあ兄さん、行ってきます。……妹が留守だからってルカさんによからぬ手出しをしないでよね」
「そんなことをするわけがないだろうが馬鹿者が」
苦虫を噛み潰したようながくぽに、グミがにやにや笑いを向けてくる。
 ぐみが何やら意味深なことを言っているような気がしたが、それよりもまるでチェシャ猫のようなその笑顔のほうがルカにとっては印象的であった。そちらにルカが気を取られている間に、いってきます、とふたりの少女は軽やかに出かけてしまったのだ。
 二人がお買いものに行ったのは楽しそうで良いことだから、とても有意義な時間の過ごし方だと思う。そして自分がこうやって縁側でお茶を飲みながらの日向ぼっこをしているのも、とても有意義な時間の過ごし方だと思っている。それはそれでとても素晴らしいことだ。
 だがしかし、である。グミに用事があったというのに目的を忘れてのんびりとお喋りをして、目的の相手であるグミを行ってらっしゃいと見送ってしまったのはいかがなものか。いくら素晴らしい時間の過ごし方といえども、最初の目的を忘れてはいけない。
 ルカはぼんやりしている、と各方面から言われては、そこまでぼんやりしていないと思うけどな、と心の中でつぶやくルカであったが、今回ばかりは自分がぼんやりであることを認めなくてはならない。ぼんやり王決定戦をぶっちぎり優勝である。
「本当にぼんやりだわ」
はあ、と深い溜息をつくルカを慰めるように、がくぽが煎餅の乗った菓子盆をそっとルカの側に寄せた。これでも食べて元気を出せ、ということなのだろう。ありがたくその好意をいただくことにして、ルカは醤油煎餅を手にとった。
 ぱきり、と半分に割って小さい方の破片をばりばりと食べる。香ばしい香りがなんとも言えない。美味しいものを食べると誰でも元気になることができる。美味しいものって偉大だ。ばりばりと煎餅を食べて、ルカは小さく頷いた。
「うん美味しい」
そう言って、ルカは残り半分のかけらをばりばりと食べる。美味しいもので元気になるなんて我ながら単純だ。そう思いながらもぱりぱりと煎餅をかじっているうちに自然に気持ちが上向きになっていく。
 そんなルカに、よかったよかったと、がくぽは頷いて自らも煎餅に手を伸ばした。
「それでルカ殿。ぐみにはなんの用があったのだ?」
ばりばりとせんべいを噛み砕きながらのがくぽの問いかけに、ルカは一瞬固まった。
「……聞いてはいけないことだったか?」
「いいえ、……聞いちゃいけなかったのは私の方。でも聞いちゃったからにはどうにかしたいと思ったの」
そして、どうしよう、とルカは中空に目を泳がせた。
「……お願いするには話をしないとだけど、でも……ああ、そもそも、どうにかしたいって私が思うのは傲慢なのかな……」
うーんうーん、と困ったようにしばし唸るルカ。その横で、がくぽが無言で煎餅をばりばりと咀嚼し、ルカの考えがまとまるのをしばし待った。
 さわさわと吹く風は、爽やかでやさしく心地よい。
 がくぽが煎餅を食べ終えてお茶を飲んだ、しばしの後。ようやく意思が固まったルカが、ちょっと聞いて欲しい話があるのだけど、と改まった調子で口を開いた。

………
 それは三日前の夜の話。
 ルカはオトナ女子会に参加していた。オトナ女子会。その名のとおり大人の女子の集まりである。参加者はルカの他に結子とメイコ。開催場所は結子の家。平たく言えばただの家飲み会である。
 メイコはそのキャラクター通りにお酒好きであり、一見すれば落ち着いたお姉さんの風情である結子も、なんだかんだ言って酒を飲むのが好きな人種である。最初はメイコが夕食後に結子の家のパソコンを訪れて、二人で画面越しに一杯酌み交わすという程度のものだった。それがいつの間にかルカも参加するようになり。そして気がつくと、この集まりは三人とも成人女子であることからオトナ女子会と名付けられた。
 それなりに美味しいお酒やちょっとお洒落なおつまみや有名パティシエのデザートなんかを、それぞれに持ち込む。そして夜更けまでお喋りをしつつ、酒を飲みケーキを食す。怠惰であり有意義でもあり無意味でとても楽しい時間を過ごすのだ。未成年組には悪いが、自分は成人型でよかったと思うルカであった。
も っとも、ルカとメイコだけでなく、それぞれがそれぞれに「チーム短髪」とか「ミニスカ祭」とか「漢塾」などをあちこちで作って楽しんでいるのは余談だが。
 そしてこの日もまたいつものように、オトナ女子会である。ルカはメイコと共に、酒やケーキを持ち寄り結子のパソコンへ向かった。結子のパソコンにはメイコたちが過ごしやすいように、ソファやローテーブルなどが置いてある部屋が既に用意されている。そこにルカたちは訪れ持ってきたお酒やお菓子やなんかを並べつつ、既に置きっぱなしにしている愛用の薄いガラスで作られたビアグラスなんかを用意し、酒盛りの準備をするのだ。
 結子さん来たよ、とルカたちが来訪の意を伝えれば、繋がった向こう側で結子もまた、テーブルの上にとっておきのお酒やビールを、綺麗な細工の切子の洋盃や各地から取り寄せをした珍味などと一緒に並べていたりするのだ。
「結子さん、その日本酒……!」
その日、結子側のテーブルに恭しく置かれた日本酒のラベルを見てメイコが歓声をあげた。羨ましげに画面にへばりついたメイコを見て、結子がふっふっふと笑った。
「ほら先週、職場の人達とドライブに行ったって言ったでしょう?この酒蔵の近くを通ったから、ちょっと寄ってもらったのよ」
「今すぐ実体が欲しい。本当に欲しいと今、心の底から思った」
「メイコさん目が怖い。ホント怖いから」
「そのお酒、有名なんですか? こっちにもあるかしら。飲んでみたいな」
「こっち側にはないのよ、残念なことに。本当に残念なことに」
「だからメイコさん目が怖いから落ち着いて。これ辛口だからルカさんはちょっと苦手かもね」
和気あいあいとそんな会話から始まったオトナ女子会は、いつもの通りお喋りの花が咲き、そしていつもの通りメイコと結子が酒精を水のように飲み、つられてルカも好きなスパークリングワインをぐいぐいと飲み。
 そしていつものようにルカは三人の中で真っ先に眠くなった。ふわふわと心地よい酩酊感にルカはころんとソファの上に寝転がって猫のように丸くなる。
「ルカ、ルーカ……眠っちゃった?」
くすくすと笑いながらそう言って、メイコが横たわるルカの髪をさらりと撫でた。その細い指先が、子供を寝かしつけるような手つきでルカの頭を撫でる。その自分の髪を梳く指先の感覚が心地よくてルカは寝転がったまま甘えるようにメイコに擦り寄った。
「だめだ、起きない」
「そしたら一晩ここで泊まっていけばいいよ。私、明日は休みだし」
「結子さんのペースでひと晩中飲み明かすのは自殺行為なんですけど」
「それはこっちの台詞です。って、なんでずっと飲むこと前提なの?」
「そりゃあ私と結子さんとじゃあ、仕方がない」
くすくすと、アルコールの分だけ陽気な、けれど眠っているルカに遠慮した低声で、二人が笑う。
 眠かったけれど、寝るまでは至らない曖昧な境界線上で漂っているような心持ちだった。メイコがソファの端に用意しておいたブランケットを持ってきて、ふわりとルカの上にかけてくれた。結子のパソコンでこうやって酒盛りをしては一番に眠りこけるルカのために、ブランケットは常備なのだ。タオル地の柔らかなその感覚が肌に優しい。
 髪を切ろうか迷っているんだー。結子さん、あげはちゃんくらい短くするの?いや、あれはそうとう可愛い子じゃないと様にならないよ。肩くらい……かな。これか、これとか。どう?んー長さが違ってもあんまり今と印象変わらない気がする。これは? パーマはセットするの苦手なのよね。こっちの前髪を作るのは? 結子さんって斜め前髪の印象強いから、それ変えるだけでもかなり変わるよ。前髪かあ。あ、これいいかも。うん似合う。
 二人の他愛のない話や雑誌のページをめくる音が夜中のとろりとした空気をさやさやと小さく揺らす。その声をルカはうつらうつらした意識の中で聴いていた。
 囁き声の合間に、かつん、とガラスが重なる音が響いた。どちらが手酌で盃を満たしたのだろう。実体ができればルカが潰れても二人でお酌できるのにね。って姉さんと結子さんが前に言っていたなあ。なんてことを手放しかけた思考の隅っこでルカは思い出す。徐々にふたりの声が遠くなってきていた。
 そしてルカがもうほとんど眠りの海に沈みかけた瞬間だった。

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るかとがくぽの日向ぼっこ・2

閲覧数:193

投稿日:2014/01/24 22:51:46

文字数:3,809文字

カテゴリ:小説

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