「ここは殉教者のための病棟なのよ」

 彼女は今日もキャンパスに向かっていた。入り口に立った僕を振り向くこともなく紡がれる声だけが夕陽に照らされて耳に届く。廃墟に似た白い檻では木枯らしも届かないのだというのに、その声だけはひどく鮮明な赤色をしていた。

「人を生かすための施設ではなくて」

 ここは殉教者のための病棟なのよ。彼女はもう一度くすくすと笑いながらそう言った。僕は物語を望んだ少女を思いだしていた。夜の瞳の少年と倒壊する少女の世界。自らの神に殉ずる者の墓標だという意味では確かにその通りのようだった。僕は彼女の病気を知らないけれど、それはつまりそういうことなのではないかと頭の隅で考える。何となくやるせない気分になって小さく笑った僕を、彼女は見ることもないのだろう。
 彼女は今日も絵を描いていた。昨日まで描いていたのとは別の絵だ。別とは言ってもそれは赤い絵の具を塗りたくったような夕陽の絵だったので、正直昨日完成したそれと何が違うのかはよくわからない。何故絵を描くのか、と以前僕が問うたときには綺麗な赤い花の絵だったのを思いだした。「神様になるのよ、カンバスの向こうの世界で」と彼女はひどく楽しげに笑った。窓の向こうに沈む太陽が彼女の世界のものなのか僕の世界のものなのか、それももうよくわからない。

 そうして彼女はいつだって笑っていたのだった。赤いキャンパスに挑むような目をして、白亜の檻の殉教者。自らの運命を呪うこともなくただ届かない夏だけを小さな世界の向こうに待っていた。いつかその窓の向こうに墜ちていく炎ならせめて僕だけは彼女の隣で笑っていようと、思っていたのは。



 冬が終わったその日、彼女の保護者だと名乗った青年はひどく悲しそうな顔をして笑っていた。僕と彼は初対面だったけれど青年は彼女よりも僕に似ているような気がした。何かに挑むような目をした少女でした、と彼は言った。床に積み上げられたキャンパスは僕の身長を追い越していた。彼女の矮躯のどこにこれほどの炎があったのだろうと一番上のそれに手を伸ばす。彼女が最後に描いた絵だったのだと彼が教えてくれた。夕陽に照らされた世界のなかで、泣きそうになりながら微笑む少年の絵だ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

殉教者と赤い花束

真炎ランジェッタ(http://piapro.jp/t/KNwv)と倒壊(http://piapro.jp/t/CUeG)のイメージ的な何か。よかったら歌詞も見てやって下さい。何故今更なのかというと文字が書きたい気分だったからですすいません。この節もけしごむさんには大変お世話になりました(遠い目

閲覧数:197

投稿日:2011/04/03 14:13:06

文字数:926文字

カテゴリ:小説

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  • けしごむ

    けしごむ

    ご意見・ご感想

    いいですねぇ~
    これはいいですねぇ~

    その節はお世話になりましたー
    またぜひとも歌詞をいただければと思いますww

    2011/04/29 18:10:08

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